田中治彦(立教大学)
2009年8月
2009年7月29日に法制審議会の部会が「民法の成年年齢を18歳に引き下げるのが適当である」という答申を出しました。ここでは「選挙年齢が18歳に引き下げるのであれば」という条件が付いています。8月の総選挙で18歳選挙権を積極的に推進してきた民主党が政権につく可能性が高まったことから、近い将来に成人年齢全体が18歳に引き下げられる見通しとなりました。
マスコミの論調も従来は「18歳成人に賛成か反対か」が論点であったのが、今回は「18歳成人が実現したらどのような課題があるのか」に力点が移ってきました。今回もいろいろなメディアから取材を受けましたので、それらの質問に答える形で、18歳成人のゆくえを考えてみたいと思います。
Q1.今回、法制審議会が民法の成年の規定を18歳に引き下げる方向で答申を出しました。成人年齢を18歳に引き下げることについてどう考えますか?
おおむね妥当な結論と思います。理由は3つあります。
第一に、18歳ですでに働いて経済的に自立し、納税している若者が3割はいることです。彼らは当然成人としての権利を与えられるべきです。18歳というと、大学生・専門学校生を思い浮かべがちですが、必ずしもそうではありません。
第二に、18歳を成人とすることで、芸能・スポーツ・インターネットだけでなく、若者が政治・社会・文化のさまざまな分野での参加の拡大することにより、日本社会の活性化が期待できることです。アメリカの大統領選挙などでも若者の政治参加による変革は記憶に新しいところです。
第三に、すでに日本も批准している「子どもの権利条約」は18歳未満を子ども、すなわち18歳を成人と規定しています。国際的には18歳を成人としている国が8割以上あります。
Q2.民法に先立って選挙権が18歳に引き下げられますが、この点で懸念や課題はありますか?
もともとこの問題は、安部内閣が憲法改正の手続きを定める国民投票法案を通すために民主党と妥協して、投票年齢を18歳に下げる、としたところから始まりました。民主党はマニフェストで18歳成人を公約していますので、もし政権交替が実現するようなことになれば、まずは選挙権年齢の引き下げが国会審議の日程に上がることでしょう。
18歳で政治的な判断ができるかどうか、という懸念の声はかなりあります。あるNPOが衆議院・参議院選挙の度に高校で模擬投票をやっています。そのときどきの高校生の投票行動は、一般の選挙結果と大きく変わるものではありません。高校生は一般成人と同程度の判断力をもちあわせていると言えます。
日本は過去2度、選挙権の拡大を経験してきました。一回目は大正時代の普通選挙法、二回目は戦後の婦人参政権の実現です。これらの2回に比べれば、今回のことは社会的な影響力はむしろ小さいです。
高校3年生の内に投票所に行く生徒が出てくることは、若い人たちの政治意識をいやでも高めることでしょう。とりわけ高校の「市民教育」の生きた教材にもなるはずです。今は大学などで2年間遊んでしまってから成人になるので、かえって投票に結びつかないのではないか、などと感じています。高校生の方がよっぽどまじめに考えるでしょう(笑)。
Q3.民法で18歳成人になった場合、審議会では消費者として契約の主体になれることを懸念しています。
おそらくこれが最も大きな課題でしょうね。18歳で契約の主体になれますので、悪徳商法やマルチ商法に巻き込まれる可能性が増えます。クレジット・カードの使い方などいろいろ学んでおかねばなりません。近々新設される消費者庁において若年層の消費者保護のことを検討する必要があります。また、学校教育においても知識だけではなく実践的な消費者教育が求められるところです。
Q4.その他にはどのような課題が予想されますか。
今年から始まった裁判員制度も18歳の参加は想定していなかったでしょう。これに対しては「20歳未満と70歳以上は辞退できる」というように年齢条項を付けるなどのくふうが必要でしょう。もちろん進んで裁判員をやりたい若者にはぜひ裁判員になって活躍してもらいたいです。
酒とたばこも別の法律ですので、どのように扱うか課題が残ります。高校3年生で飲める生徒と飲めない生徒が混在するのは生徒指導上困ります。かといって、新入生や新入社員の歓迎コンパで酒を出せないのも興醒めです。これについては「18歳になった日の次の4月1日から解禁」のようにすることで解決できると考えています。
少年法も大きな課題です。厳罰化の主張がある一方、18・19歳はまだ更生可能な年齢であるという声も大きいです。専門家と実際の現場を交えて、慎重に議論する必要があります。
いずれの場合も一斉に18歳にそろえるのではなく、経過措置や例外規定が必要になるケースが出てくることでしょう。
Q5.18歳成人になると高校教育が事実上、最終の教育機関となりますが、高校教育には何が求められることになりますか?
高校教育に求められるのは「大人になるための教育」です。私たちは市民教育と呼んでいます。確かに中学・高校では「公民」「政治経済」「現代社会」といった科目で、社会の知識は学んでいます。三権分立や国連機関の名前など、日本の高校生は知識では随一でしょう。しかし、実際に参加するための態度や技能面の教育はほとんどなされていません。参加型体験型の市民教育が必要です。
それは例えば、消費者教育であれば実際の契約の場面を想定してロールプレイするとか、政治教育であれば模擬演説、模擬投票するとかです。あるいは地域を歩いて回って課題を発見して、その解決策を考えるアクション・リサーチという手法もあります。地域課題解決のためのボランティア活動もそのひとつです。
Q6.そのような実践的な市民教育の事例はありますか?
いくつか事例が出てきています。高校に限らず「市民科」「世の中科」という科目をもうけた学校もあります。私が関わっている開発教育では、地球的な視野をもつ市民教育をめざしていて、最近『市民学習実践ハンドブック−教室と世界をつなぐ参加型学習30』(開発教育協会発行)を出しました。
高校教育はこれまでほとんど大学受験中心でしたが、18歳成人の実施によってようやく自前の教育目標をもつことになるのです。その意味で高校の現場も変わるでしょうし、変わらねば一人前の大人を世にを送り出すことができないのです。
(以上)