【第8回】レヴィ=ストロースの縁組理論

「家族は閉鎖された集団である」という私たちの家族観(思いこみ)から
出発していたのでは、実は、家族については、何も見えてこない。

今日は、インセスト・タブー(近親相姦の禁忌)を手がかりとして、
縁組がどのように行われるのかを見ながら、家族について考えてみよう。



親族の理論

<59~61ページ>

基本的な用語、概念を押さえよう。

親族集団
・個人(エゴ)を中心とした集団
・特定の祖先を持つ人びとの集まり

親族理論
・イトコ
    平行イトコ(parallel cousin)
    交叉イトコ(cross cousin)
・出自理論
・縁組理論

出自理論
出自 descent
単系出自
 父系出自
 母系出自
双系出自
リネージ lineage
クラン clan




インセスト・タブー
Incest taboo

近親者との性交渉(あるいは婚姻)の禁止


テレビドラマ
『高校教師』

(1993)


生物の教師として女子校に赴任した羽村と出会う。

羽村は、繭と父・
耕介との関係を知り、愕然とする。

やがて、羽村と繭は、新潟に向かう電車のなかで・・・

高校教師




タブー

なぜ、人間社会では、近親相姦(インセスト)が禁止されるのか?

*例外

古代エジプト、インカ帝国、ハワイ王国の王室においては、王は神聖なものとみなされ、兄弟姉妹の間などで近親結婚を行ってきた。

まずは、インセスト・タブーがなぜあるのかに関してこれまでに提示された幾つかの説明を見てみよう


①生物学的・遺伝学的説明

同系交配による
遺伝的悪影響の回避のため

<反論>

婚姻の社会的成立を遠ざけたとしても、
性欲そのものを回避することはできないし、

禁止の範囲が社会によって様々である
理由を説明することができない




文化進化論的説明
モーガン


人類初期の
「乱婚」から一夫一婦制へ移行する過程で、
性的権利と子どもの帰属が私有化され、インセスト・タブーが確立された。

【  乱婚 】 【 一夫一婦制 】
・相手かまわず性交渉
・子が誰のものであるかという所有観念なかった
・性的な接近権
・子どもの所有権



*インセストすると、
乱婚(未開)へと逆戻り


<反論>

過去に実質的な証拠はない




③心理学的説明


日常における近親者との親和的な「なれ」が性的な関係を押し留める

<反論>

「なれ」という不確定な要素(=本能的な嫌悪)では、
近親者とそうでない者との厳格な範囲を説明できないし、
社会的に禁止する必要はない




④機能論的説明
マリノフスキー


インセスト・タブーは、近親者による
親族名称(呼称)の混乱を防ぐ



<反論>

部分的には正しいが、説明のための説明となっている





これらに対して、誰と結婚するのかという視点から接近し、インセスト・タブーをつうじて、
社会の成り立ちを示そうとしたのがフランスの人類学者、
クロード・レヴィ=ストロース(1908-2009)である。







レヴィ=ストロースは、20歳を過ぎほどなく、ブラジルの新設サンパウロ大学で教授となる。

休暇を利用して、カデュヴェオ族、ボロロ族の地に足を踏み入れるようになり、
その後、ブラジルのナンビクワラ族やトゥピ諸族の現地調査を行うようになった。

ブラジルの旅や第二次大戦後のフランスへの帰国までの体験を綴ったのが、
『悲しき熱帯』である。






構造論的説明
(レヴィ=ストロース)


近親の女性と性交渉(結婚)の禁止は、
女性の他集団への移動を促進

【基本構造】


(1)限定交換




社会は二つの集団からなる
二つの集団でのみ婚姻が行われる

アメリカ先住民、メラネシア、
アフリカ諸社会、オーストラリア



(2)一般交換

男性から見て、母方交叉イトコ*という結婚規則が存在する場合、

女性は、
A→B→Cという順に、循環的に交換される。

*交叉イトコについては、60頁参照。



父系出自集団が外婚単位、東南アジア山間部、東インドネシア

そこでは、WGはWTの子孫の繁栄や豊穣を祈願/WGはWTを呪詛可能




こうした縁組ルールは、女性を
他集団へ送りだし、
自集団
他集団の女性を迎え入れるという交換である。

=自集団だけで性交渉(結婚)していたのでは、
やがて、集団は閉じてしまう(社会環境は成立しなくなる)。

別の集団の間で性交渉(結婚)を行うことは、
人類にとって、最も重要な次世代を生み出す

女性の確保と交換
を行う社会環境を成立させる。

「結婚は女性の交換である」


インセスト・タブー
は、社会を閉じて消滅させる不利な行為を禁止し、
社会環境を人類社会にまで発展させることを可能にした。

いいかえれば、
インセスト・タブーの原理こそが、人類社会を成立させたのである。

家族とは;

はじめから交換する主体として家族があるのではない。

禁止することによって、交換する主体としての家族がつくり出される。



もう一点、見えてくるポイント

婚姻規則によって組織化されたその出自集団は、
近隣の家族・親族集団と友好な関係を結んで、
経済的資源の獲得をめぐって起きる争いを
未然に回避し、平和的な秩序を維持しようと努める。





いや、なんかちがうんじゃないか、という人がいるかもしれない。

そういったルールで、性交渉や結婚は語れないのではないか、と

男女の性交渉は、愛の結晶である。

その意味で、レヴィ=ストロースは、性交渉と結婚を混同していると。

そのことが正しいかどうか別として、それでは、
とは何か?

愛は、心の問題、心理学の課題だと思われるかもしれない。

しかし、それは、人間探究としての人類学においても、巨大かつ重要なテーマである。


ヘレン・フィッシャー
 人は、なぜ愛するのか?



ヘレン・フィッシャー
『愛はなぜ終わるのか:
結婚、不倫、離婚の自然史』
草思社


「恋は盲目」
「恋とはある異性の他の異性との
違いの過大評価である」・・・

しかし、やがて、その熱い恋心は覚める。

恋愛の賞味期限は3年とも4年とも言われる。

「愛」とは何か?

一組の男女の恋愛関係は、遺伝子を残す点ではメリットがある。

それは、生まれた子供が独り立ちできるようになるまでの期間
人に与えられた一時的な特性であった。

愛をはぐくむ感情とはそのようなものであり、
それゆえ、男女の愛は4年ほどで終わる。

と、ヘレン・フィッシャーは言う。




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