ハワイ大学マノア校での滞在
村瀬 洋一
研究課題名:米国における社会学研究とアジア研究の動向について
派遣期間 2011年3月14日 〜 2011年4月5日
受入機関名 ハワイ大学マノア校社会学部
立教大学の派遣研究員制度によりハワイ大学に滞在した。観光はほとんどしなかったが、いろいろな人と交流し、米国での研究動向や、大学の問題点、米国社会についてなど、いろいろと考えるところがあった。以下は、その報告書に少し加筆したものである。
1.派遣期間中の研究活動
ハワイ大学マノア校社会学部に3週間、訪問研究員として滞在した。真新しい椅子のある快適な研究室を1つ貸していただき厚遇していただいた。目的は、米国における社会学研究の中でも、とくに社会階層研究、アジア研究について、最新の研究状況を把握し、今後のために人脈を増やすことである。もともと、3月末にAssociation for Asian Studyの大会がホノルルで開催され、何人か知人が発表することは分かっていたのだが、立教の派遣枠に余裕があり、なるべく応募するように、教授会で案内があったのである。よい機会でもあるし、立教の制度を利用してハワイ大学に滞在することにした。毎日大学へ行って知り合いも増え、学内の研究会の他、教員住宅でのバーベキュー・パーティーや、夕食その他に参加した。最近の社会学の研究事情や、米国の大学の仕組みについて、いろいろとお話しを聞き、有意義な滞在であった。4日間の学会は朝から晩まで参加したが、多くの情報を得ることができ、米国やハワイ大学における研究の実態を把握するという目的は、十分に達成することができた。
ハワイ大学マノア校社会学部(Department of Sociology)には、様々な国の教員18人、Lecturer3人が所属し、アジア研究が盛んであることが一つの特徴である。教員は若手とベテランが多い。優秀な中堅を引き留めておくことは難しいようで、どこの学部でも、若手の有望株が目立つとのことであった。米国の場合、人材の流動性が高く、実績をあげると引き抜きも多いし、中堅をつなぎとめることが難しい部分もあるようだ。他に大学院生のティーチング・アシスタント(TA)がいる。何人かの院生と接したが、優秀な者もいた。米国の大学がすべて理想的なわけではないが、各教員の教授法(pedagogy)の技術がよいためか、学生の能力を的確に伸ばすことができるような印象を受けた。また、学内に有名なEast West Centerがあり、日本研究部門もあり、そちらも社会学に限らず様々な分野の国際的な研究を行っている。しかし米国はかなりの不景気であり、予算を大幅カットする案が出て問題になっているとのことであった。East West Centerの中にある、Center for Korean Study の青瓦のアジア風の建物は立派で目立ち、日本庭園もある。ただ最近は、日本に興味を持つ研究者は多くはなく、日本研究への資金補助も少ないし、今後の課題であろう。
今回は、ワイキキのホテルに3週間泊まり、ホテルのすぐ近くのバス停から4番のバスに乗ると、15分ほどでマノア校に着き、快適であった。バス停とスーパーが近くにあるホテルを選んだのが正解であった。4番バスを途中で降りると、ニジヤという日系人がよくいくスーパーがあり、日本食品は何でも入手できた。1月のバスパスは60ドルであり、これを買って行動したが、バスの便は多く便利であった。
ハワイの社会は、白人が少数派であり、日系人やハワイ人が多く、米国本土とは異なり独特な傾向がある。米国の社会学は、もはやデュルケムやウェーバーなどはまったく人気がないが、格差は深刻で、社会階層というと必ず人種と結びつくし、主流派の文化が何かが現実の社会において重要なため、ブルデューの正統文化の研究は、人気がある。しかし、日本でのブルデュー研究のような文献研究や理論の輸入ではなく、社会的地位の再生産に関する実証的研究が多い。社会学部の学部長はWood教授であり、専門は医療社会学や社会疫学、食糧についての社会学だが、まもなく引退するとのことであった。Patricia Steinhoff教授は、日本の社会運動が専門で、日本赤軍等にインタビューしたことがある。アメリカ社会学会では、Japan Sociologist Networkという会を主催しており、私も以前から知り合いである。しかし、日米とも、今や左翼的運動が盛んな時代ではないことも事実ではあるし、ごく一部の日本人と接する研究をもってして日本専門家というのも、私としては違和感があったが、地域研究というのは、様々な限界があるのだから仕方ないのかもしれない。韓国系アメリカ人のSun-Ki Chai教授は、次期学部長とのことで、合理的選択理論やシミュレーションの社会学で有名である。犯罪学や法社会学の国際比較が専門で日本語も堪能なDavid Johnson教授もいる。また、経済社会学や組織論、中国研究を専門とする中嶋聖雄助教授、理論や文化、グローバリゼーションを専門とする斉藤ヒロ助教授がいて、お2人とも優秀な人材である。私が2001年にウィスコンシン大学マディソン校に滞在した時に非常にお世話になった、木村恵人・あや夫妻は、当時は大学院生だったが、今は、恵人さんは政治学部、あやさんはWomen's Studies Programの助教授である。今回も、社会学部の教員を紹介していただき、何度か手料理もご馳走になり、またしてもお手数をおかけした。夫婦で同じ大学に所属というのは、米国の大学ではよくあることであるが、これは、お2人が優秀な人材で、ハワイ大としても人材を確保したいということである。あやさんは社会学部の兼任でもあり、彼女を通して、社会学部長のWood教授に受け入れ教員になっていただいた。中国系のWei Zhang助教授は、毎日大学に来ており、社会統計学や医療社会学が専門で優秀で人柄のいい人であった。他に、人類学部所属のChristine Yano教授は文化人類学が専門だが、日本のポケットモンスターやハローキティーが、どのように全世界で受け入れられていったのか等についての著作があり注目されている。
2.米国の大学の仕組み
研究中心の大学は、論文や著作などの研究業績を求められる。研究、教育、学内運営の3つの仕事が必要だが、研究大学では、査読付き論文のような研究業績が重視される。分野によっては著書があることも必要であり、これは、ただ出せば良いということではなく、出版社側の審査を通らなくてはならないので、日本より難しい。多くの場合、学会が出している査読付き論文の方が重視されるようだ。研究大学では、教え方が良くないことも、実のところ、それほど問題にされない。逆に、教育中心の大学では、論文があまりなくても、特段問題にされないとのことである。私が話した助教授は、週に3科目を教えるが、どれも履修者は30人以内の制限があり、なるべく討論中心で運営しているとのことだった。1科目は週に150分(75分のクラスを2回)で、これが3単位(3 credits)と計算する。
ハワイ大学の教員数は、ホームページによれば、Full-time facultyは1,209人、Student-faculty ratio: 14.1:1、Percentage of faculty with doctoral degrees: 85.3である。全学生数は20,337(学部生13,912、大学院生Graduate and professional: 6,425)人である。学生の人種構成は以下である。
* Asian: 41 percent
* White: 20.9 percent
* Native Hawaiian or other Pacific Islander: 17.1 percent
* Two or more races: 13.2 percent
* Nonresident aliens: 3.8 percent
* Hispanic/Latino: 2.1 percent
* Black or African American: 1.5 percent
* American Indian or Alaska Native: 0.4 percent
* Race and/or ethnicity unknown: 0.2 percent
授業料は以下の通りで、正規学生は、1セメスター(半年間)に4科目(12単位)は必要である。1単位は316ドルなので、1科目は948ドル、4科目は3792ドル(約30万円)の授業料で、州内生は年間60万円ほどの授業料となる。実際には、半年で5科目以上とる学生が多い。これは州立大としても良心的な金額であり、もっと高いところも多い。お金がない学生は、多くの単位は取れないので、パートタイム学生となる。米国はパートタイム学生が多い。普通、州に住む学生は優遇されている。州外生Nonresidentは年間で2万ドルを超える。サモアや北マリアナ諸島など、特定地域からの学生は、州内生に準じた扱いで、州外生ほど高くはないが、州内生の5割増しの学費となる。
Regular Tuition Schedule 2010-2011(1セメスター=半年間の学費)
Full-Time per student Part-Time per credit hour
Undergraduate
Resident $3,792 $316
Nonresident $10,512 $876
150% Resident $5,688 $474
Graduate (including post baccalaureate unclassified students)
Resident $4,980 $415
Nonresident $12,084 $1,007
150% Resident $7,470 $622.50
* 150% Resident; Students from American Samoa, Commonwealth of the Northern Mariana Islands, Cook Islands, Federated States of Micronesia, Kiribati, Nauru, New Caledonia, Niue, Republic of Palau, Republic of the Marshall Islands, Solomon Islands, Tokelau, Tonga, Tuvalu, Vanuatu, Wallis and Futuna.
出典 http://www.catalog.hawaii.edu/tuitionfees/regtuition.htm
州立大といっても、州によりまったく金額はまちまちである。2007年までは、アジアからの学生を集める方針があり、アジアからの学生はハワイの学生と同じ学費だったが、最近は財政難もあり、そのような制度はなくなり、留学生は州外生と同じ金額である。
教員の業績評価は厳しく、助教授は5年任期であり、5年間で十分な業績を出せば准教授に昇進して終身雇用権(テニュア)を得る。5年目に昇進の審査がある。学部によっては、教育の評価を重視することもあるが、研究中心の部署の場合、論文数など研究業績を重視されることが多い。審査が通らなかった場合、あと1年の任期が与えられるので、計6年は在籍できることになる。その間に、次の職を探さなくてはならない。ハワイ大の社会学部では、准教授に昇進した前例は、それほど多くはないとのことで、助教授達は精神的プレッシャーもかなりある。ただ、米国社会は、日本人の想像以上に豊かな社会で、勤勉さや労働への考え方も日本とは違いすぎる。とくに若い人達は、米国のバブル景気やバブリーで派手な消費文化の影響もあるのだろうが、非常に快楽主義であり、長時間働くことや、苦痛を伴う仕事を極端に嫌がる傾向がある。日本と違って、人間関係も薄く、周囲の干渉もないので、厳しい制度がなければ、何も研究成果を出さない者も多くなってしまうだろうし、仕方がないのかもしれない。業績が悪ければ、3年目の契約更新の時に、更新されないこともある。最近も、更新されなかった助教授がいたとのことだった。3年目の更新なしならば、労働組合は何も言わないが、5年目で更新なしになると、何らかの問題になることがあるとのことだった。その一方、准教授以上は任期もなく、定年という制度もないので、ベテランに有利すぎるし不公平ではないかという意見もきいた。年を取って研究費を獲得することができないようになると、引退を即されるようだが、業績がないまま長期間居座っている人もいるとのことである。米国の場合、一般の被雇用者は、突然の解雇もあり雇用は流動的だが、大学教員は解雇の心配はなく、その分、研究に打ち込むことができるという制度である。日本と違い、米国の労働者は、法律上の雇用の保障が少なく、米国の労働条件は一般的には厳しい。
大学院生は、優秀ならばTAやRAに採用される。Teaching Assistantは、訳せば教育助手だが、院生で優秀な者がTAとして採用され、授業料が免除される代わりに、単なる教育補助でなく授業を実際に担当する。つまり、教員が優秀だと判断して、TAとして採用しない限り、院生は高額な授業料を自分で払うことになる。教員の権限は大きく、TAに採用されるというのは、奨学金をもらえるということを意味するので、非常に重要なことである。採用されれば、生活できる程度の賃金も出るし、パートタイム職員として健康保険も大学から提供され、職員住宅に入る権利がもらえることもある。ただ、学部の授業の場合、教授はほとんど教室へ行かないのが、日本の常識と異なる。とくに入門的な科目は、TAがずっと講義をすることが多い。試験の採点もGraderというアルバイトがやるが、これも院生を雇っている。これはつまり、成績を出す責任を院生が実質的に持っており、成績評価も院生にまかせている。優秀な院生は、実質的に助手や講師として大学に雇われているのである。院生に授業や成績までまかせるというのは、日本の常識では考えられないことだが、米国の大学では普通のことである。それらの仕事をすべて教員がやっていると教員の研究時間が減るし、米国の大学は、教員の研究時間の確保を徹底的に重視する。研究業績が少なければ、大学の評価に差し障りがある。それに、入門的な科目を若手に担当させてもとくに問題なく、むしろTAを使った方が良いという方針なのである。実際、多くのTAを使えばより少人数教育を実現できるし、熱心な若手TAと接すれば学生のためにもなる。基礎的な科目は大学院生でも担当可能である。どの大学でも、優秀な大学院生を確保することは、研究のためには重要とのことである。ただ、これは優秀な院生という人材がたくさんいることが前提である。また、見方によっては、学部教育を犠牲にしていると言えなくもない。
教員は研究に打ち込むことが大切であり、業績評価は厳しい代わりに、研究時間が十分にあるというのが、アメリカの大学の良いところであろう。教授によっては週1コマか、学部の担当は0という人もいて、それだけ研究業績を求められている。研究業績が少ないと、大学の評価に関わり、研究費の評価も厳しく、大学の収入に影響するので、研究業績を出すことにみな真剣であることが、米国の大学の長所である。ただ、学生が教授から教育をあまり受けられないというのは、短所であろう。教育負担が少ない代わりに、教員の給料も、社会学に関しては日本ほど良くはない。一部の実力ある教授は、外部から資金を獲得し、自分の給料も特別な寄付講座から得て、高給を取ることもあるが、それは、ごく一部である。一般に、経済学部など、金融機関と人材獲得の競争をせねばならないところや、ビジネス・スクールやロー・スクールなど、よく金を稼ぐ部門は給料が高く、学部によっても格差がかなりある。また、研究に関して、業績数への評価が厳しいため、大学の外でじっくりデータを取って良心的な分析するというよりは、既存のデータを分析して、手早く論文を書かなくてはならない。現実の生きている社会から、あまりデータを取らないのでは、社会学の発展は望めないし、これは、米国の社会学における、根本的な問題と言えるだろう。
3.最近の社会情勢と住宅地を視察
期せずして、3月11日の大震災の後、14日に日本をたちハワイ行きとなった。14日は成田空港行きの電車がほとんどなく、自家用車で空港まで行った。首都高速道路と東関東自動車道は使えたが、東北道や常磐道方面からの車がないため、すいていて渋滞もなく、ハワイ行き飛行機の中は客が少なくてがらがらだった。大震災や津波、原発事故のニュースはハワイでも大きな関心を集めていた。しかし、ニュースはセンセーショナリズムを追いすぎで、かなり大げさであり、まるで日本全体が壊滅したかのようなニュースで、信頼できる内容ではなかった。原発のニュースなど、かなり感情的で不正確であり、アメリカのテレビニュースを見ていると、こんなにも低レベルなのかと思った。アメリカの記者達は現場を見ていないし、アジアについて詳しくはなく、日本語で取材できる人材も少ないのだろう。テレビニュースのコメンテーターが、原発にコンクリートを大量に落として埋めてしまうべきだとか感情的意見を言うのには驚いた。放射能を恐れ、ハワイや西海岸でもヨウ素剤を買い求める人が多く、薬局ではどこも在庫切れとなり、オバマ大統領が、日本の原発事故の放射能はアメリカには影響しないと演説する騒ぎとなっていた。日本全体が壊滅状態かのように、勘違いしている人が多く、人々の認識能力というのは、現代社会でも大したことはないことを実感できた。米国のニュースでは、福島原発の4号機こそが燃料棒が多く危険だとか、4号機のプールの水はもれており既に空であるとか、危機的なニュースが多かったが、結局のところこれらは事実ではなく、取材不足のまま不正確な情報を流していたのだった。このような米国における反応を見ることができたのが、一つの収穫であろう。しかし、多くの人々は、日本に同情的であり、さまざまなところで募金など行っていた。ハワイ大でも、追悼集会をやっていた。オアフ島では、北海岸に日本からの津波が来て、ヨットが壊れるなどしたとのことだが、人口の多いホノルル方面に津波被害はなく、私が泊まったワイキキを含め、ごく平穏だった。
2008年の不景気以降、やや持ち直したものの、依然としてハワイもかなり不景気である。大学の予算削減や、給与カットの話しも多い。最近も、住宅販売等が低迷しており、日本人の想像以上に景気の先行きも厳しく、ドルの価値も落ちている。円高なので、私個人に関しては生活が楽だった。人種や階級について言えば、ハワイでは日系人とハワイ人が多数派であり、白人は少数派である。白人が学校でいじめられる唯一の州とのことであり、学校での白人の子のいじめの話題を何度かきいた。中国人や黒人はそれほど多くない。ハワイ大の図書館は一般に開放しており、身分証がない旅行者でも誰でも入れるが、いかつい警備員がたくさん巡回していて、以前よく使っていたウィスコンシン大の方がかなり平和でのどかであった。ホノルルは本土よりかなり物価が高く、不景気の影響もあり、全般的に治安は良くないし、暮らしやすいとはいえない。最近はガソリン価格も高騰しており1ガロン4.3ドルほどだから、リッター1ドルを超えている。街ではアジア系やハワイアンをよく見かける。価値観は進歩的である。これは、白人が少なく、民主党が伝統的に強く、アメリカ的な保守的文化には馴染めない人も多いということだろう。保守的とは、伝統的価値観が好きということと、国粋主義、つまり自国中心主義である。貧しいものが国粋主義になることもあるが、これは、不安な人間は、強い国や強いリーダーにあこがれたり、強い者にすがりたがるという心理的傾向が、人間にはあるからだろう。
ワイキキより東のエリアは比較的恵まれた住宅地であり、とくにカハラ地区は高級住宅地である。西のワイアナエ地区は貧しく、サモア人、ハワイ人、フィリピン人、ポルトガル人が多い。ポルトガル人は歴史的に、農業労働者としてハワイに来た者が多いそうで、今でもハワイでは、他の白人とは違う扱いであり、労働者として見られることが多い。本土からの中国人はあまりいないが、都市部での底辺労働者にはいる。黒人は少ない。黒人が働くような工場地帯が、ハワイにはないからであろう。日系人は、経済的に成功している人が多く、勤勉なため尊敬されているが、現代日本人というよりは、精神的に昔の日本人に近い者が多く、彼らが考える日本とは大正時代くらいの、古風で義理人情を重んじ、思いやりがあり控えめな日本人である。性格的には、白人より、口数が少なめであり、地味で真面目であり、勉強や勤労を重視する。ただし閉鎖的であり、シャイであり、社交性に乏しい。白人は、性格的にはせかせかすることがなく、のんびりしているが、汗を流す労働を嫌がる傾向が強く、口数が多いため、日系人とは気質が違い、学校ないでのいじめの原因になるようだ。
現在のハワイでは、多様な人種間での結婚が多い。日系人は、ワイキキより東のカハラなど、高級住宅地で治安がよいところに家を買う人が多い。サモア人は労働者階級が多い。ハワイの他、サモア、グアムは米国領であり、他の諸島は、ミクロネシア連邦など、他の国になっている。日本で有名な小錦も、両親は純粋なサモア人であり、子供の教育のためにハワイに移住して、西のワイアナエ地区に住んだとのことである。昔のハワイ王国時代には、ハワイ人の階級があり、サーフィンは王族のスポーツだったそうだが、今はもはや、そのような階級はなく、社会の不平等という点では、人種が重要な要因である。日本で問題になるような職業差別の文化や、汚れた職業という概念も、とくにない。もちろん中国人も、本土に長く住んでいる者は、経済的に成功している人も多い。しかし、アジア系で長く住んでいるのは日本人が圧倒的に多く、すでに4世や5世の時代である。中国人や韓国人は、そのような者は多くはない。
オアフ島にも西端などに貧しい住宅地があるとのことで、社会階層の実態を見るために、レンタカーで何カ所かを見に行った。オアフ島の中でも、中心部のホノルル市は、さほど大きくはなく、空港から街の中心部まで10キロほど、タクシーなら15分、さらに10分弱でワイキキに着く。ワイキキから少し東へ行ったカハラ地区が高級住宅地である。街の中心部は、宮殿や市役所などがあり、デパート、中華街もあるが、中華街は昼間もホームレスが多く、やや治安に問題があるし、中心部のデパートも、以前と比べやや寂れつつある。富裕層は郊外のカハラ地区やマノアに住んでいる。カハラはワイキキから東に数キロで、ワイキキの北や東は、比較的恵まれた住宅地である。カハラや、ダイヤモンドヘッド周辺の住宅地を、車で様子を見てみたが、それほど豪華な家が並んでいるわけではなく、米国では普通の一戸建てが多かった。ただ、環境が良いので地価が高いということのようだった。大学があるマノアも高級住宅地であるが、普通の一戸建ての住宅価格は普通に100万ドルを越えるとのことであった。現在のレートでは8千万円くらいであるし、最近は不景気で値下がりしているようだが、普通の人が購入するのは厳しい。マノアの高級住宅地の中には、緑の中の静かな職員住宅があり、教員達も住んでいる。実に恵まれた環境に見えるが、今週また泥棒が入ったとのことで、仕事も契約更新がどうなるか分からないし、理想的なことばかりではない。2LDKの職員住宅の家賃は月1700ドルとのことであり、民間の家賃相場よりは安いとのことだった。ワイキキのすぐ北がマノアであり、ワイキキのすぐ西にアラモアナと、ホノルル中心部がある。そのさらに西には空港や軍の施設があり、真珠湾周辺は、軍関係の労働者などの人口も多く、人口密度が高い。さらに西端はワイアナエであり、地価が安い住宅地であり治安が悪いといわれる。オアフ島の東端のワイマナロも、曙の出身地だが、貧しい地区とのことだった。
西端のワイアナエまでは、ワイキキから直線距離で40キロほどだが、高速道路と一般道を使って1時間ほどで着いた。ワイアナエをキーワードに検索すると、いくつかの文章が出てくるが、貧しい地区といっても、ハワイはのどかである。本土の大都市と比べて、それほど問題はない。貧しい地区に車で行くといったら、シカゴにいた人には、かなり心配されたのだが、実際に行ってみると、数年前にたまたま見た、シカゴ大学周辺の貧困地区等と違ってのどかであり、統計的社会調査の実施も十分に可能のように思われた。貧しい地区は、サモア人やフィリピン人が多いとの話しだったが、質素な一戸建てが多く、見かけた人は、そのような人種が多いようだった。貧しい家もあるが、東京の標準的な一戸建てと比べれば、どこも十分に大きいように見えた。米国では貧しい地区といっても、フィリピン人などは移住前より良い生活になったのかもしれない。不動産業者が再開発したらしく、真新しい一戸建てが並んでいる地区もあったが、この不景気では売れ残っているのだろう。サモア人は体が大きく目立つが、あまり良い職を得ていないし、底辺労働者という評判がある。フィリピンも、アメリカが一時期占領していたような歴史的経緯もあり、つてを頼ってハワイに移住してくる人が多い。日系人が経営しているTamuraというスーパーがあったが、現在では、この地域には日系人は少ない。人口密度は低く、人気がない場所も多いし、海はとてもきれいだった。島の西端まで行くと車が通れる道はない。砂浜で人々が遊んでいるが、所々、砂浜沿いにテントがあり、ホームレスのようなビーチピープルも住んでいるとのことである。
アメリカのバブル後の不景気とは、日本と同様であり、金融不安と消費不振が問題である。不景気の原因は、金融緩和と称してバブル政策を取り、ドル札を印刷しすぎたということだが、そのため、とくに2003年以降は、毎年、不動産が値上がりしていく状態であった。私は2001年以降、毎年8月にアメリカ社会学会に参加しウィスコンシン大学へ行っているが、2004年や2005年頃は、とにかく早くマンションでも買った方が良いという話しをよく聞かされた。バブル経済を経験した日本人の私にとってはまったく馬鹿げた話しに聞こえた。米国人はバブルの怖さが分かっていないし、愚かなことだと思った。不景気の原因を分かりやすくいえば、とくに不動産について、今後も売れ続けると予測して、全米で多くの住宅や高級マンションを作りすぎたのである。2007年頃から、全米で売れ残りが出始めた、サブプライム問題の影響もあったが、その時点では、まだ今後の不動産相場については強気な見方が多かった。しかし、いくら何でも作りすぎたのが問題なのである。2008年のリーマン・ブラザーズ倒産の頃以降は、不動産市況も厳しく、今では、全米で売れ残った物件が大量に余っている状態である。しかも多くの人が、無理なローンを抱えた状態で、賃金カットや解雇となり、生活が苦しい。米国の景気は、日本で想像する以上に深刻であり、オバマ政権も、これに対応するために、またも金融緩和と称してドル札を大量に印刷しているが、これは、一時的に株価を押し上げる効果があったとしても、破滅の政策である。ドル安政策や通貨安競争という言葉がニュースでもよく使われるが、要するに、世界中の多くの人々が、アメリカドルを信用しなくなっている。バブル経済というのは恐ろしいもので、日本でも、長期間の不景気が続いたが、今後ますます米国の景気は深刻化するだろう。
米国は全般的に税金が安く、とくに富裕層は優遇されているが、その分、公教育や健康保険は貧弱であり、公共交通機関にも興味がない人が多い。ハワイでは財政難のため、2009年にはfurlough Fridayとして小学校は金曜も休みになり、その分、教員の給料を削減するということまでおきた。米国の予算削減は大胆だが公教育を軽視しがちである。貧弱な公教育についての批判を度々きいた。その一方、オバマ大統領の出身校として有名なプナホウ・スクールや、イオラニ・スクールなど、年間2万ドル近い学費をとる小中高の私立校もある。オバマはハワイ出身ということもあって、ハワイ大の中では人気があり、オバマ図書館を誘致する運動も学内であるとのことだった。米国の大統領は、引退後にその名前がついた図書館を作ることが多いが、大方の見方では、オバマが講師を務めたことがあるシカゴ大に、いずれオバマ図書館ができるのではないかとの噂である。オバマは新しい健康保険制度を成立させたものの、公務員や大企業勤務者は、もともと健康保険は恵まれており、失業者や貧困層にとっては、おそらく良い影響があったのだろうが、中流以上の人には関係ないとのことだった。この政策に関して、多くの支持を得るのは難しいようだ。
全般的に、ハワイでの生活は快適であった。雨期が終わった時期で、日中28度、夜は20度くらいの日が多く、ワイキキのコンビニでは日経新聞$3.5や朝日新聞$3が売っていて、路上には多くのフリーペーパーがあり、中には日本語の『日刊サン』もあり、日本語でのニュースに困ることはない。日本人がよく行く店には、ハワイ在住者のための生活情報誌として、月2回発行の『Lighthouse』も置いてあるが、特集で「苦しむ前に知っておきたい 個人破産の基礎知識」と題した記事があったり、現地での不景気を感じさせるものがあった。しかし求人情報もたくさんあり、儲かっている飲食店も多い。ただ、今後は大震災の影響で日本人観光客が減るだろうし、景気も、一時期と比べ少しは持ち直したのではないかという意見もあったが、今後の不景気を予測する議論が多かった。ホノルルでは、空港と街を結ぶマス・トランジット(高架高速鉄道)の建設が始まったとのことだが、総額55億ドルの計画で、批判も強い。ハワイの産業は、軍と観光業の他は、小売や不動産くらいしかないので、軍の予算が縮小傾向にある今、鉄道建設は、景気対策としての公共事業の側面もあるのだろうが、財源があるかどうかは難しい。ワイキキ周辺だけは、日本語がよく通じるが、もはや日系人も3世か4世の時代であり、日本語はすたれつつある。日本語の本屋も街中にあり、今回は行くことができなかったが、シカゴやニューヨークの日本語書店と比べても、あまりたいしたことはないそうだ。
アメリカ社会は、全般的に快楽主義的である。life is for fun という考え方が強く、苦痛を伴う仕事を嫌がる傾向がある。アメリカ車は新車でも故障だらけであり、労働者の質が高いとは言えない。日本人の感覚から見ると勤勉さに欠けており問題が多い。とくにハワイは、のんびりした雰囲気であり、大学院の卒業など、10年前後かかる人もいるが、あまり気にしていない。学部生も、卒業後すぐに真剣に仕事を探すわけではなく、卒業後は、しばらく世界を放浪するなど、のんびりしたゆとりある人生を送る人が多いが、それでも周囲に非難されることもなく、それで問題なしとされている。しかし、これはバブル景気に浸ったアメリカ人の怠慢さでもある。そんな余裕がある人達だけではないし、厳しい訓練を避けて、のんびりしているだけで、仕事が得られるわけではなく、アメリカでも有能な人はよく努力する。しかしながら、多くのアメリカ人の価値観は、日本人の考え方からすると、あまりにものんびりしすぎである。アメリカのすべてが良いわけではない。しかし、このような雰囲気に慣れてしまった日本人留学生は、日本に戻った時に適応できないことも事実であり危険である。アメリカの大学が勤勉だというのは誤解であり、決していいことばかりではない。
4.アジア学会の様子
3月31日〜4月3日の日程で、Association for Asian Studiesと、International Convention of Asia Scholarsの合同の形で、大規模な学会大会がホノルルのコンベンション・センターで開かれた。部会には、Session 1 から765までの番号がついていて、とても大規模である。朝7:30からの部会、夜7:00からの部会もあり、とても全てを見るのは不可能だった。米国の社会学では、日本に興味ある人は、もはやあまり多くないのだが、アジア研究者の中では、日本研究は伝統があり、人材も多く、最近は中国研究の方が多いとは言っても、日本研究はまだまだ十分に多いようだ。もともと、アジアの文化や歴史の研究が多いのだが、最近は、社会科学的な研究も増やそうとしているとのことだった。多くのセッションがあるので、全体像を把握するのは難しいが、オンラインでプログラムを検索できるので、事前にいくつか、見たい部会に目星をつけて、4日間すべて参加した。朝8時半からの部会でも、30人ほどの聴衆がいることもあり、熱心で勉強になる発表もあった。タイの民主化に関する部会も見たが、民主化や不平等に問題が、非常に深刻で、みな真剣に討論していた。もちろん、正確な社会調査を行うことが困難な国もあるが、最近は、統計的な社会調査が可能な国も増えている。朝早い部会は、発表者以外はほとんど人がいない部会もあったようで、気の毒だったが仕方ないだろう。ただ、国際学会は、個人的つてで運営することが多く、人脈が多くないと、審査を通過してセッションに入りにくいとか、部会を作ってもあまり聴衆がいないという評判があることも事実である。日本人研究者のように、人脈が少ないと、なかなか厳しいかもしれない。もっとも、優れた発表ならば、意外と反響があることもあるのだし、あまり気にせず、積極的に発表すべきだろう。夜7時からの、不平等に関する部会を見に行ったら、発表者5人中3人しかおらず、聴衆は私を含めて2人ということもあった。しかし発表内容は、なかなかおもしろいものもあり、普段は接することがない情報も各種あったから、参加することは重要だと思う。会場は、各種出版社の展示も多く、知らなかった文献を手に取ることもあり勉強になった。
5.まとめ
今回は、米国における実証的な社会学の、最近の研究動向を把握し、人脈を増やすことを目的としていたが、3週間の滞在とはいえ、大規模な学会もあり、ある程度の成果はあった。現地の様子をみて、ハワイ大での知り合いも増え、有意義な滞在だった。今後の学問の発展のためには、人脈を増やし、日本で国際派を増やすことに貢献することが大切であろう。今回は、観光らしい観光もせず、数日間のレンタカーで、いくつかの地域を見たくらいだが、現実社会について幅広く情報収集することは、社会科学の発展のためには大いに意味がある。米国社会の格差と不景気の現実を見て、社会学部の研究者と交流し、地震ニュースの実態とアメリカ人の反応も見たことは、貴重な体験だった。
アジア学会に4日間出て、アジア研究者ともいろいろと知り合うことができた。日本専門家を含めたアジア研究者は、観察やインタビューを元に研究を進める人が多く、的確な分析法を持っていない人も多い。日本といってもごく一部しか見ていないような所もある。米国の社会学は、計量分析がとても盛んであり、統計ができないと、あまり高く評価されないことも事実である。地域研究者は記述的研究のみで分析法がなくデータも限界が多く、軽視されがちである。日本でも、東南アジア研究者やインド研究者などの需要が多いわけではないが、今後は変化するかもしれない。学問の世界の中でも、記述的な研究者と、計量研究者の間には、微妙な対立があるようだ。そのような実態を見たことも、有益だったと言えるだろう。ただ、日本政府や学会としても、もう少し、海外における日本研究や、日本語の普及のために、力を注ぐべきではないかと感じた。
大学教育に関していえば、米国の教育はかなりのんびりしており、日本のような詰め込み勉強は好まない。大学にしては教育内容が初歩的と言ってもよい。学部生は、どこかの学部に所属するわけではなく、幅広く学ぶことを重視するし、4年間が教養部である。米国の大学は、単位認定は厳正だが、教育内容は日本の高校のようなレベルも多い。多くの大学生はかけ算の九九もできない。幅広く学ぶことを重視するが、米国の学部生が常に勉強家というわけではなく、最近は、かなり快楽主義的な部分がある。仕事はさまざまな面でずさんで、事務手続きは遅れることが多く、車はよく故障することで有名だし、日本人は、あまりのいい加減さにあきれることも多い。米国は、日本人の想像以上に豊かな社会であり、勤勉さに関する社会的な圧力も少なく、大学卒業後しばらく仕事をせず趣味を楽しんだり海外旅行などをする人も多い。豊かな社会なので、それでよしとされている。この辺りは、日本ではかなり誤解されているが、教育に関して、常に厳しいわけではない。要するに、米国では時間をかけて教育を行うだけの、豊かさや余裕がある社会だとも言える。日本の大学はいろいろと問題があるが、日本でも、少しはノーベル賞も出るようになったし、アジアでは日本以外に、そのような大学はないのだが、米国の大学は、日本とは比べものにならないくらい充実している。ただ、2008年の金融危機以降の米国は、あまりにも不景気であり、今後、大学の環境も変わっていくだろうし、今後の動向に注意しなくてはならない。なお、今回の滞在中の写真を以下に掲載した。
ハワイでの写真
村瀬研究室ページ
[総カウント]