ボート部
〜ボート部女子クルー〜 連載第三回「インカレで微笑を」
今シーズン出漕したどれよりも、落ち着いて自分たちのリズムを守り抜いたレースだった。スタートで蛇行したことを除けば、中盤で先頭を行く岡山大を差し返したこと、そのまま終盤でもペースを落とさず追い上げてくる各艇を振り切ったことなど、要所々々で見事な力漕。そこには今まで後塵を拝してきた試合「後者」としての面影は無く、力強く先陣を切る試合「巧者」に転じたふたりの姿があった。
コースの水辺にはいくらかの涼風が吹くものの、まだまだ残暑の厳しい8月24日から27日にかけて、戸田漕艇場で全日本大学選手権大会が開催された。その初日、久しぶりにコンビを組んだ川田と多胡は、女子ダブルスカル予選においてトップでゴール。三日目の準決勝に艇を進め、インカレという大舞台で順調な滑り出しを見せた。
「気持ちだけは負けたくない」。準決勝に向けての意気込みを多胡はそう語った。日ごろの練習不足が否めなかった女子クルーたちはこの夏はじめて合宿を敢行。日に焼けたことを差し引いても、ボート漬けの日々は彼女の表情を一層精悍なものに変え、そこには合宿を乗り切ったという自信と充実感を窺い知ることができた。その顔つきを目の当たりにして、そして予選の漕ぎを思い出しても、次レースへの希望は膨らむばかりだった。
そんな抑えがたい期待感を胸にむかえた準決勝。「よーい、ローッ」の声で各艇が一斉に水上を滑りはじめる。スピーカーから響くその合図をはるか2000M先のゴール地点で聞き、予選のような展開を頭に描いて艇がくるのを待ち構えていた。しかし、残り500Mを切ったあたりで目に飛び込んできたのは、あきらかに大きく水をあけられた本学の艇だった。ふたりの呼吸は乱れ、リズムは悪くスピードにも乗り切っていなかった。予選での好漕はそのなりを潜め、結局最下位でフィニッシュ。インカレ最終日への進出は来年以降に持ち越され、彼女たちの夏はここで一応の結末をむかえた。
川田は「中盤でのレース運びにまだ改善の余地がある」と自分たちのレースを振り返った。「気持ちが空回りして呼吸が乱れて、それを修正するのに気を取られすぎた」とは多胡の言葉。そして修正できなかった原因がインカレがもつ独特の雰囲気に呑まれたことも否定しなかった。具体的な改善策を訊ねると、「メンタル面を強化する必要がある。それに脚蹴りがまだ甘いから、走り込みを増やしていかないといけない」と多胡は言葉をつづけたが、そんな反省の弁の中にも彼女は女性らしさを垣間見せる。「また脚がたくましくなってしまう...」。
次のスケジュールは岐阜県で行われる全日本新人選手権大会。川田は新調した艇を駆ってシングルスカルで出場し、一方の多胡は一年生と組んでダブルスカルで挑戦する。戸田を離れ、慣れないコースで奮闘することもまた、彼女たちにとってはいい経験になることだろう。彼の地で得た何かしらの収穫を持ち帰ってほしい。
大会が終わってしばらくして、電話で多胡にインカレの感想を訊いてみた。「自分を含めた周りの人間がすごく緊張していて、終わった今はホッとしている。(去年は出られなくて)見ていたインカレと出場したインカレではやっぱり違う」。その声が安堵に包まれていたことは、受話器越しにも素直に伝わってきた。そして最後に笑いながら「自分で言うのもなんだけど」」と断わってこう付け加える。「それでもあの雰囲気を楽しめたし、自分としては少し成長したように思う」。多胡は自分が着実にステップアップしていることを実感しているようだ。
電話を切ってからこう思う。願わくは、来年の夏、最終日に満面の笑顔を湛えたふたりの姿があることを。そして願わくは、それが表彰台の上で笑う彼女たちの姿であることを。
(黒川)
ボート部
〜ボート部女子クルー〜 連載第ニ回「自信」
拍手の中、賞状を小脇に表彰台から降りてきた彼女は、少し恥ずかしそうだった。うつむき加減の表情は、照れ臭そうにはにかんでいた。
6月17日と18日に、戸田漕艇場で行われた東日本学生選手権大会。女子シングルスカルで川田が2位の成績を収めた。予選、決勝ともスタートからゴールまで終始安定した漕ぎを見せ、見事表彰台を射止めることができた。
川田自身シングルスカルには初参戦。けれど、レース前に「(初めてだからと)悲観的にはなりたくない。むしろプラスに考えて好結果を残したい」と話してくれた。有言実行。ゴールした瞬間、彼女の意志は現実のものとなった。
大会終了後、そのヒロインに「おめでとう」と声をかけると、にこりと微笑んで「ありがとう」と素直に喜びを表現してくれた。けれど、すぐ後にこう付け加える。「小さな大会だったし、これに満足せずさらに上を狙いたい」。表彰式で見せたあの表情は、一部で彼女のこういった向上心が生んだものかもしれない。そんなに誉めないでよ―。僕には周囲の人にそう訴えているようにも見えたからだ。現状には決して満足することがない。そこに川田あゆみの強さがある。この言葉を聴いたとき、そう思わずにはいられなかった。
ダブルスカルではパートナーとなる多胡も、今回はライバルとしてシングルスカルに出場。惜しくも表彰台に登ることはできなかったが、4位という堂々の成績を残して大会を終了した。「ボートを始めてまだ一年の私には十分」とはレース終了後の話から。レース前には「自分ひとりの力でおもいっきり漕げるから楽しみ」と話し、レース後には「接戦だったから嬉しかった」、「レースを楽しめた」。多胡は自分自身が結果に満足している証拠としてこの手の言葉をよく紡ぐ。レースの駆け引きや辛さを楽しみに変えることができる。これは多胡良美が持つ魅力のひとつなのかもしれない。
今回二人が挙げた成績は、それぞれにとって自信という今後の飛躍に必要な要素をもたらしたに違いない。技術や体力など、他クルーに比べてまだまだ未熟な部分があることは否めない。しかし、大会に出場して、そこでの経験を積むことが重要な現段階においては、とても有意義な結果となった。
女子クルー最初となる川田の賞状は、合宿所の壁に飾られるそうだ。そこにはボート部がこれまでに挙げてきた数々の賞が誇らしげに並んでいる。小さな大会で得た大きな自信と共に、また一枚の賞状が加わることになった。
(黒川) (写真=東日本学生選手権女子シングルスカルで2位になった川田あゆみ)
ボート部
〜ボート部女子クルー〜 連載第一回「挑戦と積み重ね」 「ひとりでやっていると戸惑うことも多くて。だからとても心強い」。昨年11月、ボート部女子クルーに新しく川田あけみ(コミ福2)が加わった。それまでの半年間を手探りで進んできた多胡良美(文2)にとっては頼もしいパートナー。そのうえ川田がボート経験者とくればなおさらだ。「これまで毎日が楽しかった」とは言いながらも、孤軍奮闘してきた多胡から素直にこぼれたその一言は、身近な支えを得た嬉しさを窺わせるものだった。これによって女子クルーは、文字通り二人三脚で今シーズンのスタートを切った。
彼女たちの開幕戦は、4月23日に戸田漕艇場で行われた日立明三大レガッタだった。種目は女子ダブルスカル。距離2000m。これまでシングルスカルで頑張ってきた多胡はもちろん、インターハイ舵手付きフォアにおいて8位の実績をもつ川田にとっても、ダブルスカルで2000mに挑戦することはまったくはじめてのことだった。「強豪揃いだし、まずは完走できれば...」。レース前の川田のコメントからは、このレースに結果を求めるのではなく、あくまでその内容から課題を見出せばよしとしているように思えた。
日大、立大、明大の三校がしのぎを削るこの三大レガッタは、昭和29年に第一回を開催。今年で44回目をむかえ、春を告げる風物詩として愛されてきた伝統の一戦だ。大学ボート界で上位を占める名門校同士が展開するレベルの高い争いには、毎年多くの注目が集まっている。レース当日は絶好のボート日和。漕艇場には新緑が薫り、開幕戦にふさわしく空は穏やかに晴れ渡っていた。ふたりとも万全のコンディションでこの日をむかえ、腰を痛めて昨年の新人戦を棄権するなど、ケガに悩まされてきた多胡も心配はなさそうだった。これが大学デビュー戦となる川田だが、「いろんなことに気を配るのに精一杯。緊張している余裕などなかった」と話す通り、初舞台に動じることなく普段と変わらない様子でレースに臨んだ。
スタート。三艇のクルーが一斉に漕ぎ出す。立大も二校に先陣を切られることなく「最初にしてはまずまず」(川田)の出足だった。スッと水上を滑っては緩まり、また滑り出す。ひと漕ぎひと漕ぎがリズムとなって、緩急をつけて進んでいくボートを見ていると、アスリート競技の美しさをあらためて痛感させられる。ふたりの艇も序盤はリズムよく進み、二校と接戦を演じていたものの、「500mくらいから離されて、呼吸が乱れ始めて」(川田)ずるずると後退。中盤以降「ふたりのリズムを修正するのに気をとられすぎた」(多胡)ためにふたりのペースによる漕ぎを見せることができず、結果三位でゴールラインを通過した。
「とにかく悔しかった」。レース後ふたりが口をそろえた言葉に多少の戸惑いを感じた。競技者である以上結果を追求していくこと、そしてふたりもその例外ではないことは重々承知していたものの、レース前に話を訊いた時点では予想もできないコメントだったからだ。「序盤がよければ最後まで競ることができた」と川田はつづける。事実、中盤でのタイムを二校と比較するとまったくひけを取ってはいなかった。主将の杉山(理4)も「今後女子クルーが一番期待できる」とふたりをねぎらい、その飛躍を確信しているようだった。「良いところはひとつもない。反省点ばかりが目立った」とレースを振り返った多胡だが、川田と組むこと、ダブルスカルでのエントリー、2000mという距離、すべてが初めてだったことを考えると、これからにつながる十分な内容だった。
クルー個人の体格差は無いに等しい。技術面の向上と「力をオールに素直に伝える感覚的なもの」(多胡)を磨いていくことが、このレースで得た今後の課題だ。次の舞台は6月14日の全日本選手権。それまでどれだけ修正できるかに、レースを占ううえでの重要なカギがある。今回の三大レガッタを見る限り、ふたりが短期間で急成長することも何ら不思議ではない。「悔しいレースはもうしたくない。自分の漕ぎをしたい」。川田は三大レガッタでの自分の不甲斐なさを清算し、すでに次のステップへと目を向けているようだった。6月の展望を話してもらう中で狙っている具体的な順位を訊ねると、ふたりは顔を見合わせ、ニヒルに笑ってこう答えた。「できることなら、ねぇ...」。
シーズンは4月に開幕。彼女たちの艇もまだ岸を離れたばかり、といったところか。話を訊こうとしてもあまり多くを語ろうとせず、競技者としてはいくぶん物静かなふたり。しかし、それはただ「おとなしい」という印象ではなく、むしろ心の内に手強い感情を秘めている静けさだと思った。秋の終わりまでつづくシーズンのなかで、またそれから先の競技生活のなかで、彼女たちがありのままの感情を表現し、開放する日を心待ちにしている。
艇庫の前に立つ桜木が花を落とし、新緑で青く青く輝いていた。女子クルーのふたりが、普段よりも「らしく」なれる季節の到来を告げていた。
(黒川)
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