「何のためにそこまでやるのか。」
本学ボート部でコックス(艇上で舵を取る人、舵手ともいう)を務める梅澤(法4)を見ると、この問いが何度も頭の中を駆け巡る。なぜなら、梅澤は4月20日に行われた第47回日立明三大学レガッタに向け、過酷なまでに自分を追いこむ減量をしていたからだ。外見からもその過酷さがうかがえるほどである。公式戦とは異なりこの定期戦にはコックスに体重規定がない(公式戦は55kgという規定がある。満たない場合は重りを乗せる。重りは動くので生身の人間のほうが好ましい)。梅澤は自分の体重を落とすことで漕手の負担を減らし、いかに日大、明大との差を縮めるかということに重点をおく。(日立明で本学はここ数年連敗を喫している。)そして最終的に40kgまで落とすことを目標に食事制限を続けた。これは梅澤自らが設けた数字だ。身長が165cmと小柄ではあるが、この体重は尋常ではない域に達する。しかもラスト1週間は絶食状態に入り、水とビタミン剤だけで過ごすという。
絶食も佳境に入った大会3日前、冒頭の問いを本人にぶつけてみた。その答えは「最後の日立明にかけている。自己満足かもしれないが今までの体重の記録(大学2年時の44kg)を破りたいこともある。それに減量している自分を見て漕手が頑張ってくれれば」と返ってきた。そしてほかのどの言葉より力をこめ「勝ちたいね」と語った。
身を削るほどの努力をしてまでも、勝利を欲する梅澤の原点とはどこにあるのか。それは大学1年の時の初試合であった全日本新人戦にある。結果は惜しくも準優勝。この時のことを梅澤は「ものすごく悔しかった。自分がこいでなかったからさらに悔しかったし、自分の未熟さを実感した」と振り返る。悔しさはアスリートのバネになる。負ける悔しさを知った者こそ勝利の難しさを知る。この時から常に目指しているもの、それが勝利なのだ。
勝利と減量。梅澤の中でこの二つはつり合う。梅澤の好きな言葉の中にある先輩が言った「限界は自分で作るもの」というのがある。つまりは「作らなければ限界は存在しない」ということなのだが、減量をする梅澤の姿にこの言葉が理解できる。己に勝たなければ減量は成功しない。梅澤も今回の減量の中で何度も「限界」が頭をかすめたことだろう。しかし己に負ける事はなかった。己に勝つことは、時にどんな勝負よりも過酷な場合があるのだ。
そして日立明当日を迎え、体重は40.5kgにまでおちた。頬は3日前よりもさらに半分くらいにこけおちているように見えた。試合の結果は残念ながら3着と振るわなかったが、ゴール手前、目の前を艇が進む時わたしの耳にコックス・梅澤の声が聞こえた。その声に私は紛れもない梅澤の鼓動を聞いた気がした。
(江幡)