一つの時代が終わろうとしている。 自転車競技部の絶対的エース・渡辺洋平(社4)。ついに彼が立大を去る時が来た。これまで数多くの金字塔を打ち立て、文字通り部の「黄金時代」を担ってきた。彼がいたから今の立教がある。 その渡辺も引退、卒業を迎えた。自転車漬けだったこれまでを振り返り、自身ではどう感じているか。すると彼はこう答えた。「僕、自転車競技には感謝しているんです」。 ――いや、全力で自分と向き合ってきた、と言い換えよう。 高校時代は先輩どころか指導者がおらず、練習の方法すらわからなかった。だが立大で自転車競技部に入部し、先輩や他大の選手たちと出会う。それが刺激となった。「強くなるための練習」を確立し、多くのレースに出て経験を養った。「出る試合は全部勝ちたい」。渡辺の心に強い意志が芽生えたのもこの時期だ。 しかし、練習をいくら重ねても勝てないことがあった。3年次、彼は満足のいく結果を残すことができずに苦しんだ。「これ以上練習しても意味無いんじゃないか」。そう思うことさえあったという。それでも渡辺が自分を捨てなかった理由は、強くなりたかったからだ。自転車を降りたくなるたびに自分の気持ちを見つめ直し、改善・向上のために試行錯誤した。その過程で彼は、自分なりの「答え」を見つける。 確かに「全部勝つ」ことは理想だ。しかしオフシーズンが無く、勝負運も結果を左右する自転車競技でそれを達成することは、とても難しい。そこで考えた。ここぞの場面で自分自身を100%発揮する方法を。ぶち当たった壁の乗り越え方を。 「練習で自分の適当さを許容することが大事なのかな」。渡辺は言う。「精神力だったり、頑張る気力っていうのは有限なのかなと思うようになって。それをどこで発揮するのかっていうマネジメントが一番重要かなと。1年中毎日死ぬ気で練習できるわけじゃない。ちゃんと長い目で見てどこを頑張ればいいかっていうのをちゃんと見極めて、やるところは妥協しないでやる、というのが大切なのかなと思いますね」。 そうした苦難を経て結果を残してきた。だから彼は感謝している。自分を知るためのチャンスを与えてくれた自転車競技に。 しかし、その一方でこうも思っていた。「ラストでなんだかんだ良い仲間が集まったと思っているので、みんなで楽しみたいと思います。それで良い結果が出れば最高です」。 2年生の頃から主将を務めてきた彼は、長きにわたってチームをけん引し続けた。部員たちの意識を向上させ、全員で結果を求める主将として。だからこそ、チームとして結果を出すことには誰よりもこだわりがあった。そう、彼にとってはこれが最後の大舞台。結果を出したい。だけど、楽しみも味わいたい。その願いは今まで誰よりも悩み、努力してきた男の境地だろう。気負いは無い。やるべきことをやる。それだけだった。 自信があった。昨年は戦力に対する不安だらけの中で何とか記録更新を果たしたが、今回は違っていた。メンバー全員が強くなり、練習時の感覚から新記録達成は確実。ならばこの風の中でどこまで伸ばすことができるか。それだけを考えた。 スタートの合図が鳴る。4人がペダルを踏みだす。「それ行け!」と立大側から声がかかる。目標ラップタイムは22秒だが、前半はそれを1秒上回るペースで走っていく。「立教頑張れ!」 先頭を走るたび強い風が直撃する。しかし、ペースを落とすわけにはいかない。「粘れー!」 後半になって風がさらに強みを増した。削り取られる体力。落ち始めるラップタイム。ラスト1周の鐘が鳴った。「立教ラスト!」 前しか見ていない。少しでも早くゴールラインを――越えた。 記録は4分37秒388。昨年の記録を1秒以上も上回り、歴史は塗り替えられた。 「みんなで力を出し切って走れた。成功だったと思います」。充実の表情を浮かべた渡辺。最後のチーム・パーシュート。存分に楽しんだようだ。 この日の大会では六大学のうち、立大は最下位に沈んでしまい、渡辺は後輩たちの今後を少なからず心配している。彼が抜けることで、もしかしたら立大は一つの節目を迎えるのかもしれない。しかし、それなら新世代が新しい時代を拓けばいい。チームとして再びスタートを切ればいい。渡辺自身もそれを望んでいるはずだ。 自分と向き合い、周りを刺激し、いつも全力で走り抜けてきた。新たな歴史を作ったエースは「自分の22年間の中で、自転車競技は結構ヒット商品でした」と笑う。そして、最後にこう付け加えた。「これから引退して他のヒットを見つけたいと思います」。 自身の競技生活に別れを告げ、今、笑顔で自転車を降りた。 Fin.
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自転車競技部の皆さま。
まずは、記事がこの時期まで遅くなってしまったことをお詫びいたします。 3年間取材させて頂き、本当にありがとうございました。 自転車の知識はほとんど皆無だった私ですが、 初めてレースを見たときの興奮(お台場クリテリウムでした)は今でも覚えています。 もっと近くで見たい。もっと選手たちの話を聞きたい。もっとこの興奮を伝えたい。 私にあったのはそれだけでした。だから遠くの会場までお邪魔させて頂きました。 取材に押し掛けても、嫌な顔一つせずインタビューに答えて下さったり。 たまに差し入れまで頂戴してしまったり…。 本当に感謝の言葉しかありません。 今後とも後輩たちを、そして「立教スポーツ」編集部をよろしくお願い致します。 立大自転車競技部のさらなる活躍を祈り、筆を置かせて頂きます。 (3月28日・小野錬)
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