〜金野・山田〜 ――4年間を振り返って 終わってから言えることなんですけど、日頃の練習に対する気持ちをもう少し高めることが出来たんじゃないかなと思います。そうしてればもう少しいい結果が残せたんじゃないかなと、今となっては思います。 ――4年生としての1年間は さっきも言ったんですが、他にやれること、できることがもっとあったかなと思います。ちょっとそこは自分の至らないところだったかなと。もうちょっと考えて行動してれば、 いい結果がついてきたのかなと思います。 ――今季インカレを目標にしていた部分は大きかった? みんな口ではリーグ戦優勝とか結構言ってたんですけど、インカレ目指してる部分はあったので。行けないっていうのは結構ショックでしたね。しかも最後の年で。(ホッケー人生でも最後の年ですね)20年くらいやってきたので。 ――同期に向けて 特に…ないです。(本当ですか?)ないです。 (笑) ――後輩に向けて 自分たちはあんまり良い見本ではなかったですけど。だから、良いところは見習って、悪いところはちゃんと気づいて修正してくれれば良いチームになるかなと思います。ぜひ頑張っていただきたいですね。(笑)(期待の後輩は?)期待の後輩?未経験者の…うーん、いや…みんな!誰だと言われるとちょっとあれですけどね。(山中くん?)いや、もちろんそうなんですけど…まぁ、一人だけ頑張ってもしょうがないので、みんながちゃんと頑張ってくれればそれでいいです。これからどうなるか分からないんで。未経験者も経験者も心折れずにやっていければいいチームになるんじゃないかなって思います。 ――マネージャーに向けて …ないです。(笑)もう引退なのでお疲れ、とだけ。 ――どうして立教アイスホッケー部に 強い高校にはいたんですけど、自分はそんなに上手いほうじゃなくて、どっちかというと下手なほうだったので。上位のAグループのチームとか(に入るの)はどうかなって思ってて。そのとき先輩から立教ちょっと強くなってきてるらしいよっていうのを聞いて興味を持って、細谷監督とかとも話して。それで受けてみた、って経緯です。(入ってみたら)大変っちゃ、大変だったのかな。でも、どこに入っても大変だったと思うので。(部員が少ないことも)出れる時間が長くて良かったです。(笑) ――金野さん自身心が折れそうになったことは? うーん。なんだろう。(練習が夜遅いとか)そういう面は全然大丈夫だったんですけど…いや、まぁ、人一倍ホッケーが好きな分、みんなとの熱の差がちょっとどうなんだろうっていうか、あれ?ってときはありました。もっと真面目にやれやって思ってた時期はありました。正直言って。でも、学年があがるにつれてそれで逆に自分が悪いムードにしてもいいチームにならないしって考えて。ちょっとは大人になれたかなって思います。一生懸命ホッケーに打ち込んでいればいいのかなって結論に至りました。自分が真剣にやってればいいのかなって。 ――ホッケー人生で一番印象に残っていることは ? インターハイ優勝です。高校3年のときです。1年生のときは準決勝で負けたんだったかな。2年生のときは決勝の延長戦で負けて、それで悔しい思いをして。(どこに負けた? )……山田大河のいる高校だったかな。(笑)白樺っていうところだったと思うんですけど、まぁ、よく覚えてないです(笑) ――今後ホッケーは? まぁ、時間があれば。どこかの社会人のチームを探して会社で仕事しながら、時間があればやろうと思います。ホッケー好きなんで…(笑)(笑) プロフィール ――4年間で1番印象に残ってる出来事は? これ好きとかそういうことではないんですけど、大下が1回辞めたのにまた戻ってくれたのが本当に嬉しかったですね。 ――4年生という立場での1年間 Aマークをつけたことは高校ではなかったんですけど、このチームではそれをつけてプレーして今までにない責任感を覚えました。 ――同期に向けて 最初はまとまりも団結力もなくて、ひたすら個人プレーだったんですけど、4年になってからは、チームを引っ張れたなと。最後全員でリンクに立てたことはありがたいですし嬉しかったです。 ――後輩に向けて 来年がんばってとしか言えないですけど、やはり体育会なので勝負にはこだわってほしいですし、人間として成長してほしいです。 ――マネージャーに向けて 感謝しかないですね。個人的にけがが多かったので、いろいろと支えてもらった面が多くて。あと僕らの知らないところでたくさん働いて僕たちが支えてくれたので。 ――どうして立教を選んだ? 高校はアイスホッケーが強いという理由だけで選んで勉学の面ではおろそかにしていた部分があったので、大学では社会人になる一歩手前として文武両道が当たり前かなと考え、しっかりと受験がある立教を選びました。(その選択はどうだった?)全然悔いはないですね。立教に入ってよかったです。 ――大河さんのアイホ人生 スタートは年長かな?自分で言うのもあれだけど結構エリートで(笑)高校上がってからは全然でしたけど。大学も立教受からなかったら専門学校行こうとしてましたね。 ――いろんな人と関わった中で、1番感謝を伝えたい人は? 土永ですね。2年生の時に土永と泣きながらケンカしたこともあったんですけど、同期で初心者は土永だけで、しかもキーパーというとても重圧のかかるポジションを任せてしまったんですけど、最終的にあそこまでいいキーパーになってくれたので。 プロフィール |