合成(Make)・計測(Measure)・理論解析(Model)の3Mアプローチに基づいて、上記の研究を推進しています。
”ナノ物質合成”では、狙った光物理特性を示す配位子保護金属クラスターや有機・無機ナノ結晶の液相合成に取り組んでいます。新規な光物性・光機能性を有する有機色素分子の合成開発については、他大学との共同研究を推進しています。また、合成したナノ物質を構成要素に用いた光アップコンバージョン材料や増感型太陽電池の開発にも取り組んでいます。
”ナノ物質計測”では、当研究室で自作した分光装置を用いて、液相合成したナノ物質の光物理特性を明らかにするべく種々の計測を行っています。無数の分子集団を対象とした通常のアンサンブルレベルの計測から1分子(1粒子)レベルの極限的な計測までを行っています。ナノ物質では、サイズや組成・構造(形状)によって物性が大きく異なることがしばしばあるため、集団平均を排除した1分子計測の適用が有効になります。自分のたちが行いたい(行う必要がある)計測を可能にするための装置開発・改良も頻繁に行っていますので、そういったことにも興味がある人はぜひ一緒に装置開発を行いましょう。
”ナノ物質理論解析”では、ナノ物質の構造や電子状態に関する理論的な知見を得るために、量子化学計算や分光計測データの解析モデルの構築・シミュレーションなどにも積極的に取り組んでいます。
研究室に所属したメンバーには、上記のような3Mアプローチに基づくナノ物質の励起状態・光物性に関する研究を通じて、光化学やナノ科学に関する専門知識、原理の理解を伴った実験・解析スキル、データ整理術、プレゼンテーションスキルなど、理系の学士・修士・博士に求められる能力を習得していってもらいます。
優れた発光性や光増感特性を持つ配位子保護金属クラスターや有機・無機半導体ナノ粒子などの液相合成を行っています。様々な合成・分離技術(Hot Injection法、最沈法、電気泳動法、高速液相クロマトグラフィーなど)を駆使し、サイズ・組成・形状を制御したナノ物質合成に取り組んでいます。合成したナノ物質の光物理特性や励起状態(励起子)ダイナミクスの評価は、発光・光電流顕微計測装置やデフォーカスイメージング装置などの超高感度な分光計測装置を用いて行っています(下記参照)。また、合成したナノ物質を構成要素に用いた光アップコンバージョン材料や太陽電池デバイスの作製も行っています。 | ![]() |
1個の分子は,物質量にするとたったの1.66 x10-24 mol (1.66 ヨクトモル) しかありません。すなわち,1分子を観測するためには極めて高感度な計測法を用いることが必要です。現在,その最もポピュラーなものとなっているのが,光子検出によって1分子を観測する単一分子蛍光分光法(SMFS; Single-Molecule Fluorescence Spectroscopy)です。この方法では,1個の分子に光を照射し続け,1分子から次々と放出される1個1個の光子を時系列も含めて精密計測します。当研究室で開発したレーザー走査顕微蛍光分光装置では,実に13ケタ(数百ピコ秒~数百秒)に及ぶ幅広い時間スケールで起こる単一分子の挙動を明らかにすることができます。
1個の分子を観測することはもちろん容易なことではありません。しかし,1個ずつ分子(粒子)を測定することによって,いったいどのような利点があるのでしょうか?
その利点としては、
① 興味のある物理量(寿命や反応速度など)の統計分布(静的な不均一性の程度)を明らかにできる
② 物理量の時間的な揺らぎ(動的な不均一性)を観測できる
③ 複数の異なる物理量(多変量)の間に関係性(相関)があるのか否かを明らかにできる
などが挙げられます。
①や③からも分かるように、単一分子計測の研究では”1個の分子を測定すれば終わり”というわけではありません。単一分子の計測を何百個もの”異なる1分子”に対して根気よく繰り返し行います。このようにして通常の集団平均測定からは得ることはできない①~③の情報が得ることができます。
また、稀にしか起こらない現象(=レアイベント)を観測したり、サブナノ秒から秒という極めて幅広い時間領域で起こる現象を捉えたり、単一分子の存在状態(立体配向など)を可視化(イメージング)できることも大きな特徴です。
![]() |
"Single Platinum Atom Doping to Silver Clusters Enables Near-Infrared-to-Blue
Photon Upconversion" 研究内容についてはプレスリリースをご参照ください。 |
![]() |
"Photophysical and Thermodynamic Properties of Ag29(BDT)12(TPP)x (x = 0-4) Clusters in Secondary Ligand Binding-Dissociation Equilibria
Unraveled by Photoluminescence Analysis" 配位子保護金属クラスターはその組成に応じて物性が大きく変化するため、組成・構造・物性の相関を精密に理解するためには、単一組成のクラスターを対象とする必要があります。しかし溶液中の金属クラスターでは、クラスター間で金属原子あるいは配位子が交換する平衡反応の存在が見出されています。この事実は、溶液中における金属クラスターの物性評価では、このような平衡を考慮して行う必要があることを示しています。本研究では、TPP (= triphenylphosphine) 配位子の逐次的な結合-解離平衡が定性的に示唆されているAg29(BDT)12(TPP)4(BDT = 1,3-benzenedithiolate)クラスターに対して、独自に確立した発光解析を適用しました。その結果、動的な平衡状態にあるTPP配位子数の異なる全ての組成のクラスター[Ag29(BDT)12(TPP)x (x = 0-4)]の光物理特性(発光量子収率、発光寿命、吸収スペクトル)や熱力学特性(安定度定数、平衡定数)を決定することに成功しました。 |
![]() ![]() |
"Excited-State Symmetry Breaking of a Symmetrical Donor-π-Donor Quadrupolar Molecule at a Polymer/Glass Interface" 励起状態における構造緩和によって分子の対称性が低下する現象は、"励起状態対称性破れ(Excited-state symmetry breaking)"として知られ、これまで溶液中における研究が主として行われてきました。本研究では、単一分子蛍光分光計測と量子化学計算を駆使して、中心対称構造を有するD-π-D型四重極子色素(左図)が、固-固界面においても励起状態対称性破れを起こすことを初めて見出しました。この事実は、四重極子色素を有機ELデバイスなどの固体界面環境で活用する際には、励起状態対称性破れの効果も考慮するべきことを示しています。 |
![]() |
|
“Understanding photoinduced charge transfer dynamics of single perylenediimide
dyes in a polymer matrix by bin-time dependence of their fluorescence blinking
statistics", M. Mitsui,* A. Unno, S. Azechi, J. Phys. Chem. C, 120, 15070-15081 (2016). 高分子膜や半導体界面などの不均一環境下におかれた分子は、環境中に存在する電荷トラップサイトと電荷移動反応を起こし、蛍光の明滅(=蛍光ブリンキング)現象をしばしば示します。このような電荷移動に基づく蛍光ブリンキングでは、数ミリ秒から数百秒におよぶ長い off-time が観測され、その統計分布は”べき乗則”であると長らく解釈されてきました。本研究では、ポリメチルメタクリレート(PMMA)ポリマー薄膜中においてペリレンジイミド(PDI)誘導体が示す蛍光ブリンキングの解析を、統計学的にrobustな手法(MLE-KS法)を用いて行いました。とりわけ、蛍光ブリンキング統計の光子積算時間依存性を考慮してMLE-KS解析を実行することにより、PDIとPMMAポリマー間の電荷移動過程のみに由来する(真の)on-timeおよびoff-time分布を明らかにし、それらが本当はべき乗則に従っていないことを初めて立証しました。このような正しい解析から得られた定量的情報に基づき、この系における励起状態ダイナミクスの全容を明らかにしました。 |
![]() ![]() |
“Correlations between photovoltaic characteristics, adsorption number,
and regeneration kinetics in dye-sensitized solar cells revealed by scanning
photocurrent microscopy”, M. Mitsui,* Y. Kawano, K. Mori, N. Wakabayashi,
Langmuir, 31, 7158-7165 (2015).
|
![]() |
“Enhanced photostability of an anthracene-based dye due to supramolecular
encapsulation: A new type of photostable fluorophore for single-molecule
study”, M. Mitsui,* K. Higashi, R. Takahashi, Y. Hirumi, K. Kobayashi,
Photochem.& Photobiol. Sci. 13,1130. (2014).Selected as Front Cover 静岡大学の小林健二教授らが開発した二光子吸収材料や蛍光プローブとして有望なアントラセン誘導体をゲストとした超分子カプセル錯体[1] に対して単一分子分光を行いました。その結果、アントラセン誘導体ゲストのπ共役部位がカプセル化によって保護されることにより、ゲスト分子の項間交差速度定数の不均一性が抑制されることと光安定性が10倍程度向上することを明らかにしました。さらに光退色量子収率を評価することにより、この錯体が代表的な蛍光色素であるローダミン6Gよりも30倍以上安定であることを証明しました。この論文は、左のように掲載された巻の表紙を飾る研究に選ばれました |
![]() 9,10-bis(phenylethynyl) anthracene(BPEA) |
“Photophysics and photostability of 9,10-bis(phenylethynyl)anthracene revealed
by single-molecule spectroscopy” M. Mitsui,* Y. Kawano, R. Takahashi, H.
Fukui, RSC Adv. 2, 9921-9931 (2012). 「研究設備」のところで最初に紹介しているレーザー走査顕微分光装置を立ち上げて最初に報告した論文です。非常に発光性が高く、光アップコンバージョン(PUC)の発光体や一重項分裂(SF)を効率よく起こす色素として注目を集めているアントラセン誘導体 9,10-bis(phenylethynyl)anthracene(BPEA)の単一分子分光の報告です。このような高発光性(無輻射過程の量子収率の極めて小さい)色素の励起三重項状態の光物理パラメータの定量評価は難しいのですが、蛍光ブリンキングの統計解析を通じて、項間交差(ISC)効率や励起三重項状態の寿命を決定しました。これらはPUCやSF研究に対して有益な情報となります。 |