2024年度租税法1(EX411)




期末試験解説 2024年7月25日(木)1時限実施

 配点は時間配分の目安であり、問題に関し租税法学上意味のある記述には配点を超える加点の可能性がある。抜粋されてない条文も関係しうる。抜粋されている条文が関係するとは限らない。抜粋されている条文が解答に関係する場合、条項号を記せ。計算結果が間違っていても過程に加点することがある。原則として日本の現行法令に依拠するが、消費税・震災復興増税・地方税・租税特別措置法は無いものとし、計算の便宜のため、年単位の計算とし(月日の考慮は不要とする)、相続税率は1000万円以下が20%、1000万円超が40%の超過累進税率構造であるとする。
 美形勇者空(HIMMEL)(以下「H氏」と呼ぶ)は第1年度に死亡した。H氏の相続人は凍(FRIEREN)(以下「F氏」と呼ぶ)・明(HEITER)・鉄(EISEN)の3人(何れも実子)のみであった。3人は限定承認をしなかった。H氏の遺産は5000万円の現金と時価1億円の剣(以下「T」と呼ぶ)だけであった。TはH氏の死の10年前に魔王討伐の為に1000万円(当時の時価)でH氏が購入したものであった。遺産分割協議の結果、F氏はTのみを相続し、残りの2人は現金を相続した。H氏の死後10ヶ月以内に3人の相続人は適法にH氏の死亡に係る相続税を申告し納付した。
 第2年度、F氏は強(STARK)(以下「S氏」と呼ぶ)と結婚した。しかし夫婦生活は上手く行かなかった。第5年度、F氏とS氏は離婚した。離婚の財産分与(狭義)のためF氏はS氏にTを渡した。不貞行為等はなかったのでF・S間で慰謝料債務は発生せず、Tの移転によりF・S間の離婚に伴う債権債務関係は解消した。Tの第5年度の時価は3000万円であった。
 第6年度以降S氏はF氏に養ってもらえなくなったので、S氏は柘榴石(GRANAT)伯爵(以下「G氏」と呼ぶ)の身辺警護をすることと見返りにG氏から金員を受ける生活を始めた。
 (1)(20点)税の存在意義(再分配を除く)を、「公共財」「非競合性」「非排除性」の語を用いて説明せよ。その際、「公共財」「非競合性」「非排除性」の説明もせよ。
 (2)(20点)H氏の死亡に係るF氏の納めるべき相続税額を算出せよ。第二次納税義務は考慮しない。
 (3)(40点)第5年度のF・Sの離婚に関し、誰の課税総所得金額に幾ら算入すべきか、所得税法の適用関係を説明せよ。所得税額は算出しなくてよい。
 (4)(20点)弁護士顧問料事件・最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁による事業所得と給与所得の意義を再現した上で、第6年度以降S氏がG氏から受ける金員が事業所得に当たるのはどのような状況においてか説明せよ。
[条文抜粋は省略]

【解説】
 (1)税の再分配以外の存在意義は、公共財提供のための資金調達にある。公共財は、非競合性及び非排除性のある財である。非競合性とは、消費が競合しない(追加の費用がかからない)ということである。非排除性とは利用する人を締め出すことが困難であるということである。公共財の例として日本の国防を想起すると、日本の国防の便益は日本居住者の数が増えても一人当たりの便益が変わらないし、日本居住者が増えても追加的費用がかからない、という意味で、非競合性を備えている。また、日本の国防の便益を特定の人に受けさせないことは困難であるという意味で非排除性を備えている。公共財は、市場任せでは過小供給になりやすいので、政府が提供する必要があり、その資金調達方法の一つが税である。
 (2)教科書268-270頁参照。相続税法15条の基礎控除を適用し、遺産1億5000万円から3000+3×600=4800(万円)を控除する。相続税法16条に従い、控除後の1億0200万円を3人が民法900条の法定相続分通りに相続したと仮定すると、1人3400万円を相続したと仮定することになる。これに超過累進税率を適用すると、1000×0.2+(3400−1000)×0.4=1160(万円)という1人当たりの相続税額が算出される。3人いるので総相続税額は3×1160=3480(万円)となる。相続税法17条に従い、F氏の相続割合は2/3(=1億/1億5000万)であるから、3480×2/3=2320(万円)となる。
 (3)名古屋医師財産分与事件・最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁(教科書115頁)によれば、離婚時の財産分与は分与者たるF氏が分与義務の消滅という経済的利益を得る有償譲渡であり、F氏は所得税法33条1項にいう「資産の譲渡」をした者として譲渡所得を得たものとして所得税法上扱われる。譲渡所得に係る総収入金額は、F氏の分与義務の消滅という経済的利益であり、その金額は分与時のTの時価である3000万円である。所得税法33条3項により総収入金額から控除すべき取得費は、原則として所得税法38条で規定されているが、本件ではF氏がTを相続(限定承認ではない)によりH氏から承継取得したので、所得税法38条の特則である所得税法60条1項1号に従い、H氏がTを取得した時の租税属性をF氏が引き継ぐ(教科書117-118頁)。即ち、取得費は1000万円である。所得税法33条3項に従い譲渡益は3000−1000=2000(万円)と算出される。譲渡所得は譲渡益から所得税法33条4項の特別控除額である50万円を控除した1950万円である。H氏がTを取得してからF氏の離婚まで5年超が経過しているので、Tに係る譲渡所得は所得税法33条3項2号の長期譲渡所得であり、所得税法22条2項2号により1950万円の半額の975万円がF氏の課税総所得金額に算入される。
 (4)弁護士顧問料事件・最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁(教科書121頁)は、事業所得の意義について「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」であると述べ、給与所得の意義について「給与所得とは、雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうか」を重視して判定すると述べた。本問でS氏の所得が事業所得に当たる状況とは、S氏がG氏と雇用契約又はこれに類する契約をしておらず、寧ろ独立事業者としてG氏の身辺警護を請け負う契約をしていたという状況が典型であろう。身辺警護であるから、S氏が空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に役務の提供をしていることが多いと予想され、これらの状況はS氏の所得が事業所得に当たると言いにくい状況であるが、例えば日フィル事件・最判昭和53年8月29日訟月24巻11号2430頁で楽団所属のバイオリニストの所得が給与所得であると判断された状況と異なり、楽団に所属しない楽器演奏者が或る程度空間的、時間的な拘束を受けて役務提供していたとしても事業所得に当たると判断される可能性はある。


【講評】
 (1)平均5.29点。授業を聴いていたか否かを判別する良問だったようです。授業を聴いていないと思しき答案の多くは、税についての非競合性、非排除性を説明しようとしていました。
 (2)平均4.36点。単純累進税率で計算する明らかに授業を聴いていない人をなくす方法、何かないでしょうか。
 (3)平均3.07点。財産分与のところ、力いれて説明したつもりですが、S氏の譲渡所得のつもりで書かれている答案が多かったです。
 (4)平均8.57点。期待通りに判例の規範が再現されていました。
 
 全体平均21.3点、標準偏差22.6点。最高73点。最低0点。平均点はさほど低くないのですが0点答案が多くて標準偏差が大きくなりました。今年度は明らかに授業を聴いていた人数より受験者数が多かったですから(念の為ですが、大学は学生の努力を評価する場所であるべきとは考えていませんので、授業を聴いていようがいまいが良い試験答案が書ければ良いと考えています)。なおStark氏との結婚相手がFern氏でないのは細い方が好みだからではなくてFrieren氏とFでかぶるからです。

 

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