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2018.7.2(月)

【学内向け】2018年度スカラシップ採択結果

審査結果

2018年度立教大学映像身体学科研究会スカラシップの採択結果は以下の通りです。

【研究部門】

小松いつか  フリーダ・カーロが描く、剥き出しの臓器と生命循環の思想

三宅隆司  「映画人」ビクトル・エリセにおける〈記憶〉の研究––その映画研究養成所における映画作品と『往復書簡』における子供時代の主題から

山本祐輝  〈初期ロバート・アルトマン映画〉における音声のナラトロジー的研究

【制作部門】

石田智哉  「表現」への思考〜「しょうがい者」との対話〜(仮)

田中夢  『Our Arts and Births』女性芸術家の芸術活動と出産・育児との関係を見つめる

審査経過

2018年度スカラシップには研究部門、制作部門の両部門あわせて8名の応募がありました。一次審査は研究部門、制作部門の両部門をあわせて審査し、二次審査は部門毎に審査を行いました。

【一次審査】

【研究部門】
一次審査では、3名から3名とも選ばれ、二次審査に進みました。
【制作部門】
一次審査では、5名から4名が選ばれ、二次審査に進みました。
[一次審査審査員]
篠崎誠、田崎英明、松田正隆、万田邦敏

【二次審査】

【研究部門】
二次審査で3名を審査した結果、3名とも選ばれました。
[二次審査審査員]
大山載吉、加藤千恵、田崎英明

【制作部門】
二次審査では、4名から2名が選ばれました。
[二次審査審査員]
砂連尾理、万田邦敏、山田達也、山本尚樹

講評

各審査員からの講評は以下の通りです。

【研究部門】

大山載吉、横山太郎

今年度の研究部門の二次審査は三件であった。三件とも博士課程後期の在籍者からのもので、本研究の成果を提出予定の博士論文の一部に組み込む予定であるという点で一致していた。とはいえ、奨学金の使途に関しては、それぞれの研究の特色に応じたものとなっていた(ある映画監督の海外現地でしか見られない初期映像作品の上映料や、映画における詳細な音声研究のためのヘッドフォンなど)。海外現地調査を行う研究以外の二件は、人文学研究の基本となる図書資料への使途が多くを占めていたが、具体的な資料名が合わせて詳細に挙げられており、それらが研究計画との齟齬もなく、かつ博士論文をより高度な形で充実させる資料であること、合わせて、海外現地調査の研究の方も日本ではその映像作品について論じられた研究は皆無であり、今回の調査を行うことで博士論文を国際的な水準に押し上げるものであると見込まれたことを確認し、三件とも採択することで審査員の間で意見が一致した。

【制作部門】

砂連尾理

今回のスカラシップ選考に際して、私が重視した点は彼らの取り組み、また作品が社会とどう関わり、そしてどの様に応答しようとしているかという点を先ず基準にしました。そして社会の様々な局面においてパラダイムシフトが起きている現状を踏まえ、それにどう呼応し、どのようにして社会に新たなメッセージやアクションを喚起させ得ることができるか、そんな可能性にチャレンジする実験精神を重視し審査に当たりました。

田中夢さんの取り組みは自身の出産・育児の経験から見えてきた未だ日本社会に根強く、そして根深く残る男性中心主義社会に対して、同じような経験をしてきた先人の女性芸術家へのインタビューや対話を通して、女性やアート表現に携わるものだけに関わらずマイノリティーな者たちがどうやってサバイブしていくか、そんな新たな生き方の可能性を探る取り組みとして高く評価しました。ただ今後の取り組みとしては、自身の経験してきたリアリティーが強く感じられるが故に、それを信じ過ぎず、そこからきちんと距離を取って如何にクールに向き合えるかが重要なポイントになってくるように思います。今後はクールになるための技術、その開発とその鍛錬に是非とも励んでもらいたいと思っています。石田智哉さんの取り組みに関しては個人的には悩みどころでした。提出された書類を読ませて頂き、彼の物事を深く考察する姿勢には何ら疑問の余地はありませんでした。しかし、それをどのようにして映像というメディアに変換していくのかの具体的な方策がなかなかイメージしにくかった点は選考する上で随分と悩むポイントでした。そんな中、最終的に彼を推すことになった点は、ご自身が障がい者でありながら、今回の作品タイトルに敢えて、「しょうがい者との対話」という文言を使用することで、世間が抱いている障がい者イメージを逆手に取って、それを利用することで良い意味で我々を裏切り、障がいや障がい者の新たなイメージ像、その可能性を生み出したいのだという強い意志を彼との面談の中で感じ取ったからです。表現に至るまでの技術や全体のマネージメントなど、石田さんが今回申請した取り組みを可能にするには乗り越えなければならない点はいくつかありますが、彼のしたたかさがそんな私の心配をひっくり返してくれるのではないかと期待しています。

最後に今回の書類審査と面接を通して感じたこととして、最終選考に残った4人の作品、取り組みはいずれも意義があり、表現に対する真面目で真摯な態度にはとても好感を持ちました。しかし、敢えて一つ注文するとするならば、その真面目さと同時に遊び心や様々な文脈を横断する軽やかさ、そして時に破茶滅茶になるデタラメさも是非とも身につけて欲しいなと思いました。それは例えば、グラフィティーのバンクシーや映画監督、舞台演出家、パフォーマーでもあるクリストフ・シュリンゲンジーフのようなアーティストと言えば良いのでしょうか。パラダイムシフトが起きている現状だからこそ、一つの文脈に収まらない変幻自在な表現を身につけ、安易にシステムに回収されることのないしたたかでしなやかな表現を模索してもらいたいと思いますし、その為にもより一層の実験精神を持って表現の旅を冒険していって欲しいなと思います。

万田邦敏

前年度と同様に映像製作部門については、意識的にしろ無意識にしろ、企画の具体的な内容が他者との関係性に触れているかどうかを審査の第一基準にした。石田くんと田中さんの企画は、自分自身の問題を他者へのインタビューによって見つめ直すというものだと思う。じつは企画には、インタビューする者とされる者との関係性の変化については触れられていない。しかし面談では、両者ともにその点(他者へのインタビューが自分自身を壊す)に気付いているようだった。インタビューの過程で壊れる自分を、インタビューされる者との関係性の変化において再構築する努力をぜひ希望したいし、そのことの記録としての完成作品を期待したい。でなければ毒にもクスリにもならないただのNHKのドキュメンタリー番組になってしまう。
身体表現部門についても前年度同様に、身体性がどれだけ表現される企画なのかを検討したが、残念ながら強く推したい企画に出会えなかった。

山田達也

〇石田智哉「表現」への思考~「しょうがい者」との対話~(仮)

スカラシップに合格した訳ですが、今後もう一度見直してもらいたい事があります。少し優等生的な内容ではありましたが、もっと自分に引付けてもらいたいという事です。障害者が障害者を撮る意味とは何なのか、そして石田君だからこそ撮れる、表現出来る事は何なのか。もっと石田君やご家族が自身の作品に入り込んではどうでしょうか。また、今回の企画を進めるには石田君を全面的にバックアップしてくれるスタッフ(仲間)が不可欠です。まずは手となり足となり協力してくれる仲間を是非獲得してください。

〇田中 夢『Our Arts and Births』女性芸術家の活動と出産・育児との関係を見つめる

インタビューを主軸にしたドキュメンタリー映画制作と上映、観客や専門家からのフィードバックの報告書全体が企画内容ですが、私は田中さん自身(ご家族を含め)の生活が描かれれば良いなと思います。観客や専門家というよりインタビューを通してそれぞれの生き方を知る事で、田中さんとお子さんとの関係性や自身の活動(俳優)と日常がどのように変化していくのかが主軸になった方が意味深い試みになると思います。
撮影のボリュームとしてはかなり大変だと思います。インタビュー映像自体はそんなに使えるものではないし、もたないと思うので、それぞれの日常や活動が映像として撮れてインタビューの肉声とうまくつながると良いと思います。また、ゲストを招いたアフタートークや観客とのディスカッションも撮影して作品に入れ込めたら良いですね。予期しないさまざまな発言や意見も出るかもしれません。そんな構成になると面白いと思います。
素材が多くなると思います、撮れたものから再構成するのもありだと思います。

山本尚樹

今回スカラシップの制作部門に応募された企画を審査するにあたって、次の3つの点を考慮しました。①企画が制作者の個人の動機にきちんと根差しているか。②企画が大なり小なり社会的な意義をもっているか。③企画としてどれだけの展開可能性があるか。

何かを創る、しかもそれをある水準のものにするのには多くの時間と労力が必要とされます。その点で、制作する上での動機がきちんと自分の中にないと、作品の水準としても低いものになるでしょう。また、やはりそうした動機がしっかりとあるものは作品として訴えかけるものが強くなるかと思います。このように個人の制作の動機が必要とされる一方で、ただそれが個人の中で閉じているものであれば、それは他者が受け取る作品たりえないでしょう。趣味でやるなら別ですが、表現者として制作する以上、作品をどのような文脈に位置づけ、どのような意義を持っているかということもまた考える必要があるかと思います。個人の動機と社会的意義、これは一見相反するようですが、どちらも制作には必要とされるかと思います。

①と②を考慮し、最終的な制作物がどのようなものになるのか、またそれが実現可能か、説得力を持って書くことが一般的に企画書には必要とされるかと思います。その一方で、あまりにも最終的な制作物がどこかで見たもの、既に結果の見えているようなものであれば、教育的側面の強いスカラシップにおいて制作支援をする必要がないのでは、という思いもあります。制作援助をすることによって、その学生が新たな一面を見せること、また社会的にも大なり小なり新たな一歩に踏み込んだ作品が見られることが期待されます。田中さんの企画は、①と②を満たし、企画としてもある程度実現可能性を持ちつつも、そうした可能性をも含むものであったと考え、一番に推薦させて頂きました。その他の企画はどれかが欠けていたように思います。しかし、3つのバランスがとれていれば良いというものではなく、どれかが突き抜けていれば、採択されるということもあるかと思います。今回の石田さんの企画はそうしたものであったと考えます。

採択、不採択はあくまでも今回の審査者の判断した結果であり、ある視点からみた1つの意見です。別の制作支援の公募であれば結果も異なっていたでしょう。あくまでも他者の一意見として受け止めたうえで、今後も制作を続けて欲しいと思います。