2章 錯覚と勘違い 〜ミステイクの心理学(抜粋)
この章ではミステイクと、それに関連する心理学的現象のお話をします。何度も言うように、ミステイクとは動作の計画段階や、そのもっと前の認識、判断における失敗です。見間違い、聞き違い、勘違い、錯覚、早合点、早とちり、思いこみ、などミステイクをあらわす言葉がたくさんあると言うことは、この種の失敗が多く、種類もバラエティーに富んでいることを示しています。
ミステイクはスリップよりも気づきにくいという特徴があります。スリップは「しまった!」と本人がすぐ気づくことが多いのですが、ミステイクの場合は、なかなか気がつかないんです。なにしろ、本人はそれでいいと思っているのですから。そのため、ミステイクをしてからずっとあとになって、失敗の原因となることもあります。
お茶の水女子大学で博士号をとったばかりの才色兼備の明日香さんは、十年以上前から「目の毒」という言葉を「見にくいもの」という意味だと誤解していたようです。最近、メンバーが百人以上いるクラシックギターのメーリングリストで、「次のコンサートにはドレスアップしてきてください」と男性会員が書いたのに対し、「私のドレス姿は目の毒ですよ」と応じて大恥をかいちゃいました。
かくいう私も、昔、どういうわけか「エキセントリック」というのがいい意味の言葉だと思いこんでいました。それで、国鉄の研究所に就職したばかりの頃、会議で「研究室長はエキセントリックな人ですから・・・」と発言し、出席者(当の研究室長を含む)の失笑を買ってしまいました。その場の雰囲気から「なんか失言したかな」と思い、帰宅してから辞書を引き、「エキセントリックな人」とは奇人、変人を意味することを初めて知った次第です。
ミステイクは、目で見たり聞いたりする知覚の段階と、知覚したものが何なのか、どういう意味なのかを認識する認知の過程、さらにもっと高次の精神機能である思考や判断のプロセスで発生します。知覚、認知のメカニズムについては、心理学や脳科学で、ある程度、解明されていますが、思考、判断となると一筋縄ではいきません。その人の知能や知識はもちろんのこと、周りの状況、人間が陥りやすい推理、推論のわな、人間関係や集団力学、組織や社会の風土まで、さまざまな要因から影響を受けるからです。
スリップは個人が一人でおかすものであるのに対し、ミステイクは組織や集団の影響が個人のミステイクを引き起こしたり、組織や集団がミステイクをおかしたりするという特徴も持っています。
スペースシャトル・チャレンジャー号が打ち上げ直後に爆発した事故は、NASAの判断ミスが最大の原因と言われています。異常に寒い気温の中での打ち上げが危険であると、ロケットメーカーのエンジニアが警告したのを無視して、打ち上げを強行したからです。なぜ、そのような間違った意思決定をしてしまったのか、事故報告書に詳しく書かれています。
複数の人間が合議して決定をすると、一人で行う判断よりも大胆な方向、リスキーな方向にシフトすることが知られています。また、多数派の意見に引きずられたり、一人で反対できない心理があります。これらのことについても、あとでお話ししましょう。
本章では、はじめに、憶測や錯覚がなぜ起きるのかを、知覚、認知のメカニズムに関連づけて説明したあと、人間の思考や判断に影響を及ぼすいくつかの心理現象をとりあげて解説します。
戻る