5章 右よし!左よし! 〜鉄道に学ぶ安全システム(抜粋)

 前の章では、誰もがユーザになり、オペレータにもなる台所用品を中心に、もののデザインにみるミス防止対策を調べました。この章では、もっと大きなシステムにおける失敗防止策をとりあげたいと思います。ここでは、ミスの予防もさることながら、人がミスをしても、あるいは機械が故障をしても事故にならないような対策がとられています。化学プラントや原子力発電所を例にとって説明してもいいのですが、私がよく知っているし、みなさんも利用者としてならよく利用する鉄道を舞台に、システムの安全性を高める工夫を解説しましょう。
 遊園地の乗り物はさておき、人間の移動手段として、日本の鉄道ほど安全な乗り物はありません。少なくとも乗っている人間にとっては、道路を歩くよりも安全なのではないでしょうか。
 鉄道が自動車を中心とする道路交通より安全なのは、ドライバーが全員プロで、適性検査に合格し、厳しい訓練を経て免許をもらい、その後も定期的に教育・訓練を受けている点があげられます。あらかじめ決められたダイヤどおりに運転されている点も、自動車とは違います。
 いっぽう、もう一つのよく利用される交通手段である航空に比べると、何と言っても、トラブルがあったら止まればいいという利点があります。飛行機は止まったら落ちてしまいますからね。列車は地上を走っているのが断然強みです。地上を走っているため、速度や位置の情報をつかみやすく、それに基づいた運転指示を正確に列車あるいは列車のドライバーに伝えることもできます。航空の場合、機体は最先端技術の粋ですが、運行指示は管制官とパイロットの間の言葉によるコミュニケーションに頼っています。
 そうはいっても、鉄道が昔からずっと安全な乗り物だったわけではありません。マンチェスター・リバプール間に世界で初めて鉄道が開通したその日から、人身事故を起こしているくらいですから。日本でも大きな鉄道事故が頻発した時代がありました。しかし、ここ三十年間では、北陸トンネルの列車火災と、信楽高原鉄道事故以外、二桁以上の死者を出した事故はありません。新幹線は一九六四年の開業以来、乗員・乗客が死亡する事故を一度も起こしていません。この安全性はどこからくるのか、調べてみましょう。


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