「興味ある固体物性を示す金属錯体の研究」

当研究室では,遷移金属錯体について,配位子場によって電子物性が支配される,すなわち,配位構造と物性の相関が高い物質群であるという視点のもと,興味ある固体物性を示す金属錯体の合成,結晶構造,物性(主に光物性)に関する研究を行っています.特に最近では,その物性が外部刺激に応答して変化する,フォトクロミック,ベイポクロミック,エレクトロクロミック金属錯体などを研究対象としています.

 

1)酸化還元活性ラジカル配位子白金錯体pH依存エレクトロクロミズム,その一電子酸化体の特異な非架橋二核構造の形成の原因解明,その特異な電子状態・スピン状態に基づく磁性の研究.

金属錯体が錯形成を保ったまま酸化還元反応を起こす場合,通常金属イオンのみ酸化数が変化します.しかし,酸化還元活性配位子と呼ばれている配位子から成る金属錯体は,錯形成を保ったまま配位子部分が化学構造を変えず酸化還元を担い,非常に特異です.このような金属錯体では,電気化学的手法などで電子を出入りさせると分子構造・配位構造を変化させることなく電子状態が変化し,色変化が起こります.研究室では,写真のようなエレクトロクロミズムを示す酸化還元活性配位子白金錯体のその反応が,一見反応式上関係のないpHにも依存して起こることを発見しました.なぜそのような反応が起こるのか,調べているところです.

 

2)ベイポクロミック銅錯体における有機溶媒分子の交換,脱着の仕組みの解明,ならびに,銅(II)錯体としては特異な色を示す相の構造解明.

さらした有機溶媒ガスによって色が変化する銅錯体で,アセトン蒸気にさらすと赤紫色になり,メタノール蒸気にさらすと青色,酢酸ブチル蒸気では橙色になります.非常に珍しい三色系ベイポクロミック物質です.有機溶媒分子が交換することにより,配位構造が変化することに伴って色が変わります.現在はその有機溶媒分子交換の機構について調べています.

 

3)白金錯体単結晶フォトクロミズム発現機構の解明と着色相における単核白金(II)錯体としては特異な青色の電子状態の解明.

無色の白金錯体単結晶に蛍光灯などのような室内灯程度の弱い可視光,あるいは,弱い紫外光を照射すると青色に変化します.白金錯体は通常青色を示さず,大変珍しい色を呈していることになります.他の多くの光異性化によるフォトクロミック物質とは異なり,光照射により着色した青色相の正体が明らかになっておらず,明らかにすべく探求中です.

 

4)混合原子価白金錯体液晶の構築と液晶相での集合状態に依存した外場応答物性の開発.

2価の白金錯体と4価の白金錯体を系中に含む一次元混合原子価白金錯体は,白金鎖軸に沿った2価白金と4価白金間の電荷移動相互作用により一次元的な混合原子価状態を形成しており,光との相互作用に著しい異方性を示します.そのため,一次元鎖軸に垂直な偏光では相互作用をまったくせず,透明に見えるのに対して,平行な偏光では相互作用の結果,非常に強く光を吸収します.この混合原子価状態を生み出している相互作用は,白金錯体の一次元的集合状態に依存しているので,液晶のように構造を柔軟にしてやると,温度や外的要因によって変化する性質を示すようになると期待できます.このように,集合状態に依存した応答物性発現を目指しています.

 

5)有機アクセプター-金属錯体ドナー電荷移動システムによる新規発光性固体の構築.

一次元白金錯体がd-p相互作用に基づいて発光するのをヒントに,d-p相互作用を電荷移動相互作用に見立てて,白金錯体に有機アクセプターを新しい化合物構成成分として導入し,新概念に基づく新しい発光性結晶を構築します.

 

 

 

写真は,導入した有機分子にアクセプター性がある場合(左の結晶)は発光し,アクセプター性がない場合(右の結晶)は発光しないことを示したものです.