社会福祉政策』 有斐閣 2001年11月

はしがき
序  章 社会福祉政策とはなにか

第1章 20世紀の福祉政策

第2章 福祉政策と市場経済
 
第3章
社会保障の体系と機能
第4章 公的責任の確立と生活保護
第5章 社会福祉の法と福祉サービス
第6章 福祉サービスの提供機関
第7章 社会福祉の費用と財政
第8章 福祉計画の進展
第9章 福祉改革の要因:供給体制
第10章 福祉改革の背景:財政問題
終  章 社会福祉政策の未来


はしがき

 本書を準備する過程で介護保険法が施行され、「社会福祉基礎構造改革」法が成立した。まさしく戦後体制から脱却し21世紀の新時代を目指す動きである。ここに至るまでには、とりわけ1980年代以降、社会福祉は度重なる制度改革を経てきた。教科書も出したとたんに内容が古くなる、といえるほどにめまぐるしい変化が続く政策優位の展開であった。本書ではそうした変化をフォローしたが、それをどのように理解し、いかにして全体像をつかむかは、われわれの等しく課題とするところであり、本書の目指したものもそれに尽きる。しかし、そうした目的がどれほど達成されているかは、読者のご批評に委ねざるをえない。

 本書は社会福祉政策と銘打ってはいるが、内実は社会福祉原論の教科書として執筆した。類書であまり触れられることのない福祉の経済理論の章を設けているとはいうものの、特別に理論的挑戦をしたものではなく、社会福祉原論に通常含まれるソーシャルワーク関連の部分を取り除いて政策現象の部分に限定して書いた普通の教科書である。大学の教科の中にはソーシャルワークに関するものが多数あるし、私自身が付け焼刃で発言することでもないのでそれは割愛した。若干の特徴としては、第1に、社会保障さらには政治経済の問題をつけたりに扱うのではなく、そうしたものとの関連のなかで社会福祉を位置付ける観点を大事にした。かつては別々のものとして発展してきた制度であるが、老人保健制度や介護保険制度の例にみるように両者の関連を問うことが政策面の要になりつつあると考えるからである。

 第2に、著者としてのメッセージも控えめながら織り込んではいるが、私自身の演説はなるべく避け基礎的な知識の記述に重きをおいた。私自身も受け入れ側の当事者としてそれに荷担しているのでよそ事ではないが、政治経済の基礎知識などは入試では役に立たないとか、日本史には力を入れたけれども世界史はちょっと、といった大学入試制度のもつ矛盾から、講義では思った以上にていねいにそうしたことを解説する必要がある。こんなことは高校で勉強してきただろうというのは思い違いであることが多く、本書では既知と思われることでもなるべく記述するようにした。もとより小さな本であるから不十分のそしりは免れないが、教育上の配慮としてはていねい過ぎるのも問題があり、主要なタームについては頻繁に宿題を出して理解を深めてもらうほかはない。

 そうした細かいこともさる事ながら、変化する社会の中に身をおいて自分と周りを冷静にみつめ、自分がどういう地点にいてどこを目指すのか、何が守るべき大切なことなのかを判断する材料の一つに小著を加えてもらえれば、著者としてはありがたい。しかし、そうした私の希望とは裏腹に、本書の内容は人に思想を与えることができるほどの豊かさには達していない。リチャード・ティトマスのような偉大な思想家の諸著作をひも解いて、本書の足らざる部分を補ってもらえればと願う次第である。

 本書の3分の2程度は、東京大学文学部(1998年度冬学期)と立教大学社会学部(1999年度前期)での講義を活用したものである。講義では用意した内容以外のアドリブが多く、学生が質問にきたとき自分がどういう話をしたか確認するために録音してきたが、今回このような形で役にたったのは思いがけないことであった。自由に何を話してもよい、という両学部の寛大なお申し出とともに、学生諸君が静聴に努め、質問を投げかけてくれたおかげである。1999年度の夏休みをテープ起こしに費やしてくれた立教大学コミュニティ福祉学部の田村充子、清宮泰司、山田悟郎の諸君にお礼を申し上げる。

とはいえ、実際の作業は話し言葉を書き言葉に変えるだけで済むというわけにはいかなかった。付け足す部分などがあり脱稿にはやや手間取ったが、ともかくもこうして形をなすことができたのは、有斐閣編集第2部の松井智恵子さんのやさしい励ましのおかげと感謝している。数十通に及ぶ往復E-mailを通じて、編集者として読者として助言をしてくれた彼女の支援がなかったなら、本書はもっと読みにくいものになっていた。また、お声をかけてくださった有斐閣アカデミアの千葉美代子さんにお礼を申し上げる。ワープロ三昧の無愛想な家庭生活で迷惑をかけた家族にはお詫びをしておきたい。

 

2000年9月

追記) 社会福祉では統計データなどによる動向把握が重要である。本書のコラム企画「図説社会福祉」その他の数表は、随時改訂の上下記のホームページで提供している。
 http://sakata.rikkyo.ac.jp

 


序章 社会福祉政策とはなにか

 社会福祉政策とはなんだろうか。社会福祉という言葉、そして政策という言葉に込められた意味を検討するのがその入り口だろう。特に社会福祉は、国よっても、人によっても、時代によっても意味が変わるやっかいな言葉なので、それを理解しておくことが最初に求められる。しかし、それだけでは社会福祉政策の意味をつかんだことにならない。政策は目的と手段によって形作られるものだから、その両方についての考察が必要になる。また、社会福祉は政策として行われるばかりでなく実践活動でもある。資源配分の面では一般の経済市場でのやりかたとも違っている。さらに、社会福祉以外の公共政策との違いは何かなど、考慮すべき点は多い。               

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1章 20世紀の福祉政策

 社会福祉政策の変化を大きくとらえたものに、残余的福祉から制度的福祉へという考え方がある。社会の片隅の付け足しのような状態から、やがて社会に組み込まれた不可欠の制度になるという意味である。こうした変化は20世紀になって生じたもので、人類の歴史からみれば非常に新しい出来事である。それは、社会主義化を脅威と考えそれに対抗するために資本主義国家が打ち出した政策として始まった。その後、大恐慌を経ると、資本主義の再生のための積極的対策へと福祉政策の位置づけが変化し、第2次世界大戦後は福祉国家が目指された。しかし、20世紀最後の20年間になると福祉政策消極論が席巻するようになる。                                        

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2 福祉政策と市場経済 

 本章では、経済理論からみた福祉政策の意味合いをさぐる。現代資本主義国家では、経済政策とならぶ重要性を確保した福祉政策であったが、やがて逆にやっかいものと扱われ、19世紀の自由主義時代に逆戻りするかのような情況が現れてきた。「政府の失敗」を指摘して、福祉分野に市場経済を導入しようとする方向性である。それは、福祉政策の根拠を「市場の失敗」に求めた伝統的経済理論とは矛盾する。市場も失敗し、政府も失敗するのなら、福祉政策はどこに活路を求めればよいのか。しかし、「情報の失敗」の理論からすれば、政府が失敗したから市場に戻すという教義は、福祉サービスの劣化をもたらす短絡した考えではないかと疑う余地がある。   

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3 社会保障の体系と機能

 日本国憲法25条の生存権保障のために設けられた制度全般を社会保障制度といい、社会福祉はその中の一制度である。ほかには、社会保険、公的扶助、公衆衛生・医療がある。社会保険が一般所得階層を対象とする防貧機能、公的扶助が貧困階層を対象とする救貧機能を果たすのに対し、社会福祉は低所得階層を対象として所得や医療の保障だけでは対応困難な生活問題を解決する方策と位置づけられた時代もあった。時代が進み社会福祉が対象とする問題は低所得階層だけに現れるものでないことがわかってきた。その典型は介護保障であり、年金、医療、保健など諸制度の相互乗入れが進むと各制度の区別が曖昧になり、社会保障の再定義につながった。   

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4 公的責任の確立と生活保護

 歴史を知ることは現在を理解し未来の展望につながる。第2次世界大戦後、占領軍の支配下で、その指導を受けて社会福祉政策の基本枠組みが、公的責任の原則として形成された。これを受けて生活保護法が立案された。本章では、この原則がわが国の過去の救貧制度とどのような点で違うかを検討している。過去の制度に比べると、保護の請求権が国民に無差別平等に与えられ、不服申立て制度によってその権利が守られていることが大きな特徴であることがわかる。公的責任の原則は、生活保護以外の児童・障害者・高齢者などの福祉制度にも応用されたが、これらの制度では請求権が認められていない点に大きな違いがある。                      

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5 社会福祉の法と福祉サービス

 法律を作り出すプロセスで様々な論議が行われ、それを通じて社会福祉政策の考え方も変化する。1950年までに成立した生活保護法、児童福祉法、身体障害者福祉法の三法時代と、65年までに成立した知的障害者福祉法、老人福祉法、母子及び寡婦福祉を加えた福祉六法時代の思想にそれほど変化があるわけではないが、低所得階層対策からの脱却という要素が若干加味された。この体制はしばらくの間は大きな変更なく続いてきた。しかし、福祉改革の時代といわれる80年代半ば以降になると改正が相次いでいる。それらは、社会福祉の普遍化、一般化、地域福祉重視への対応と特徴づけられ、ついには保険技術の応用へと福祉も様変わりした。          

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 6 福祉サービスの提供機関

 福祉サービスの供給体制は、2000年の「社会福祉基礎構造改革」法の成立により、根本的に改革された。また、国と地方自治体の関係を主従関係とみなす機関委任事務制度も全廃され、戦後体制が終焉したといえる。従来の体制である措置制度は補助的位置づけに変わり、利用(契約)制度が新体制の中心となる。2003年度から新体制に移行するが、この章では、旧体制を中心に福祉サービス提供機関の解説を行った。というのは、旧体制を知らなければ新体制の意義を理解するのが難しいからである。措置制度は何かを述べたあと、福祉事務所などの専門行政機関、社会福祉事業の運営体制を解説し、その上で新体制の予想される影響を考えている。          

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7 社会福祉の費用と財政

 社会福祉の費用の大半は公費で負担されている。国税として集められた資金が、財政のしくみを通じて地方自治体に移転され、これに地方税収入を加えて自治体が事業を行う。行財政改革により国の負担割合は低下した。社会福祉法人などの民間事業者には、施設設備費や措置の委託費として公費が支払われる。入所者一人当たりの委託費は施設種別ごとに同額である。介護保険では、給付費用を公費と保険料で折半しており、給付額は要介護度ごとに違う。両制度の違いが福祉サービスの効果・効率に及ぼす影響を考えてみることが重要だ。自治体財政は千差万別であり、福祉の地域格差の原因になっているが、近年財務が悪化している自治体が増えている。     

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8 福祉計画の進展

 法律があるだけでは、社会福祉の充実が保証されているわけではない。予算要求を突きつけ、一歩も譲らない姿勢で頑張らないと、資金はほかの部門に行ってしまう。ほかの部門もそれぞれ要求を出してくるので、戦いの激化を避けるために、皆が一定率の増額を確保できるインクリメンタリズムが根づくようになる。これでは、過去からの施策を維持するのが関の山で政策の目標が見えてこない。計画には、バラバラの施策を相互に関連づけ体系化する機能の他に、長期的視点で目標を掲げ資金を引き寄せる機能がある。90年代に進展した福祉の個別分野の計画もそうした機能を果たすものだが、やがてはそれらを総合化した地域福祉計画が求められる。        

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9 福祉改革の要因:供給体制

 福祉改革は政治経済動向やイデオロギーの変化などを遠因としながらも、直接的には福祉供給体制を作り上げている内在的な諸要素が福祉問題の変化に対応できなくなり、それが深刻化して起こると考えられる。福祉供給体制は、供給の主体、対象、デリバリーの方法などを要素として成り立つものと考えられる。それら個々の要素にはいくつもの選択肢があるから、選択肢の選び方によっては違った供給体制ができあがる。その選択の方針を決めるのが社会福祉政策である。その方向づけは、公的供給の限界、現金給付の優位という社会保障全体の変化とコミュニティ中心主義、福祉ニーズの一般化、消費者主権という福祉サービス内部の要因によって与えられた。

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10 福祉改革の背景:財政問題

 福祉改革は、福祉制度に内在する諸要因の変化ばかりでなく、国家財政の困難を背景として進められてきた。しかし、世界有数の経済大国であるわが国であれば、必要な資金を社会保障に振り向けることぐらい何でもないではないか。よしんば、財政が苦しいとしても、無駄な資金を削って社会保障に回せばよいではないか、との意見がある。その反対に、社会保障を充実させたことが原因となって財政が困難になった、との逆の意見もある。こうした意見がぶつかりあう政治過程であるはずの財源対策も、データを検討すると、インクリメンタリズムという予算編成慣行が働いて、社会保障内部での資金の奪い合いに矮小化されている事実が浮かびあがる。

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終章 社会福祉政策の未来

 社会福祉政策学の確立者ティトマスは、生前最期の講義で次のように述べた。「社会は、選択を決断しなければならない。すなわち、もっと政府に望むのか、あるいは、市場に望むのか。ほかの人々の自由を犠牲にして、一部の人々の自由を広げたいのか。ほかの人々の自由を小さくして、一部の人々の社会正義を望むのか。」この講義の直後、1973年に彼は死んだ。それが時代の分かれ目でもあったかのように、ティトマスの理想とは異なって、福祉国家は市場要素を導入した多元化によって危機から再生を目指す方向にある。社会福祉政策が、弱き人々を犠牲にしてその自由を奪って成り立つのであれば、私たちは異議を唱えなければならない。

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