5月14日 『ナショナル・ヒストリーを超えて』より記 憶 の 未 来 化 に つ い てヨネヤマ・リサ担当:卓 阿弥子 ◆はじめに 「忘却の政体」:日本帝国の植民地支配や、日本臣民の名のもとに行われた残虐行為を国民の一部と してあえて広く語ろうとしなかった戦争終結後の長い年月を支配してきたもの。 これまで隠されてきた歴史事実が発掘され、国家が過去に行った行為を「過ちとして認知せざるをえなくなったあとも、忘却を正当化する論理は伏在している →「忘却の政体」は、自由主義史観の提唱者たちの活動にひきつがれている。 日本の文化政治における記憶の状況は、1990年代の初頭をさかいにそれまでのものとははっきりと断絶した、あらたな歴史的局面に入っている。 それまで…記憶を否認し抑圧することで歴史を忘却しようとしてきた。 90年代以降…記憶の「再プログラム化」がなされている。 このような現状の下で、これまで行われてきた「反・忘却」の営みは、どのような位置を占めることになるのか? 過去の記憶が現実に思い出されるとき、それはどのようなかたちで、誰のために、何のために想起されることになるのか? ◆忘却と恩赦をもとめる想起 1990年代…これまで様々な場所で行われてきた無数のはたらきかけ(戦後補償や日本の植民地主義にかかわる問題を学習したり、日本軍の暴虐の生存者の証言に耳を傾ける機会をつくる、など)が、公的アリーナにおいてくり広げられることになった契機となる時期 ↓ 一方、歴史的記憶をめぐる文化政治が新しい局面にあることが、不当に扱われてきた人々の苦しみの記憶がじゅうぶんに理解され、償われることを意味するとはかぎらない。 ⇒1990年前後の広島における、韓国人原爆犠牲者慰霊碑の平和記念公園内への移設をめぐる議論 戦後日本における「反・忘却」の営み 現在の社会文化のあり方・世界の状況に関する疑問を生んできた。 文化批判の契機となった。 現在 国家に関する知の再編成 過去に反省的な省察をくわえることで、自らを赦し、またできることならば、自国が危害を与えた他者から赦されたいという欲望に裏打ちされた歴史的想起 また、国家の非道を明らかにしようという動きそのものが長い間、意図的に、ときには暴力的に抑圧されてきた事実をもまた葬り去ってしまおうとする。 「忘却そのものの忘却」 「自国民中心的な忘却的・恩赦的な想起」 記憶をあらたに再刻印することで過去が飼い馴らされていくような状況 ↓ 「反・忘却」の営みがマージナルな位置にあったからこそ備えていた批判的・変革的な性格までも清算し克服する。 テオドア・アドルノ 「過去の克服」(Aufarbeitung der Vergangenheit) ナチズムの記憶を想起することは必ずしも明晰な意識の作用によって過去の呪縛を解くという過去に対する真剣な取り組みであるとはかぎらない。それはむしろできることなら記憶から拭い去ってしまいたいという欲望に裏打ちされている。 ↓ 現在の日本で起こっている国家の歴史を部分的・選択的に抑圧から解き放つことで歴史に決着をつけようとする知のプロセスの問題を把握するうえで最も適切。 ミシェル・フーコー ○記憶をめぐるせめぎ合いが世界各地で繰り広げられる様々な闘争に決定的な影響を与える要素となる。 ○これまでに埋もれてきた記憶を思い出しているその瞬間に生じている権力。 その権力のあり方に注意を促している。 ○ようやく闇から回復された知が、別の新たな真実の政体の下で光を照射され、主体的位置を与えられることによって再び従属化されてゆく。 →埋もれていた過去を想起するとき否応なく伴われる危うさ。 知の空白を埋めつくすことができるかのように信じられているとき、そのナイーブな充足性にたいす る信頼が、現状に対する安息感や、既存の言葉や文化カテゴリーにたいする満足感をいっそう強め、全体性や普遍をよそおう真理に懐疑を牽制してしまう。 ある記憶を喚起することが、同時にその記憶が象徴の領域の外部にあったからこそ備えていた変革性を統御してしまう。 現存の秩序を支持するのでもなく新たな真実を裏書することもない「反・忘却」とは? ◆想起の弁証法と記憶の未来化 周縁化された位置から解き放たれ、公的アリーナで主流化されてもなお、批判的で、変革的な危うさを生み、わたしたちをとりまく状況を動揺させるような、そのような過去の思い出し方、記憶のあり方とは、いったいどのようなものか。 ヴァルター・ベンヤミン ●想起の手法 過去のある出来事を歴史上に復元できたからといって、その心理を把握できるわけではない。したがって、過去を並べあげることで歴史を再構成できると考えてはならない。大切なのは「危機の瞬間に閃く記憶をつかむ」ように、それをあたかも過ぎ去ってゆく歴史の流れから切断された写真のショットにおさめるように、過去を想起すること。 「危機の瞬間に閃く過去をつかむ」 過去が「現在そのものの関心事」でなくなってしまうその瞬間から過去をつかみとり再び記憶にとどめること。 ↓ 過去の出来事を現在にとって極めて切迫した問題・関心と変えてゆくような記憶の弁証法としての社会実践 ●再記憶の手法 過去の出来事を、起こったとおりに並びあげてゆくのではなく「起こりえたかもしれないこと」「起こりえた過去の可能性を摘みとってしまったもの」を描きだしてゆくもの。 「現在」とは異なる「今」へと歴史を導いたかもしれない、過去の危機的瞬間を探り当てようとする アシス・ナンディ 過去を知る作業が、現状肯定に陥らないために「未来志向の記憶」について考えることが欠かせない。 過去を放棄するのでもなく、それにあやつられることもなく、たえず新たな意味づけを担う「今」として歴史を位置づける。 記憶に未来志向性が付与されることによって、過去を知ることが、現状を肯定するのでなく現在を積極的に変革してゆく批判的な歴史的想像力を養うものとなる。 ◆越境する記憶 戦後日本の反・忘却のうごき…ある特定のナショナリズムを批判するいっぽうで、ナショナルな言説を同時に再生産してきた。 →歴史認識の批判が、既成の国家の制度の枠組みのなかで長く追求されてきたことによる。 イアン・ブルーマ 国家を批判することが、国家とのさらなる自己同一化をうむ。 国家による謝罪と補償を求める日本での動き ナショナルな枠組みと民主的な公共空間をすきまなく合致させることにより、日本人という国民的同一性をいっそう強固にする結果となっている。 これは国家補償や謝罪の要求がどうしても、統合された国民の歴史という、共有された単一の歴史的時間性のなかで語られてしまうということにもよっている。 反・忘却のディスコースが、日本人の過去を日本人が日本の未来のために思い出すという視座からうまれているとすれば、他のアジア諸国やかつての日本の植民地支配にあった人々は、日本人の謝罪― そして、赦されたいという欲望―を投影する対象として、い まふたたび日本人という主体を補完す る従属的な他者としての位置を与えられることに なってしまう。 →このような補完的な他者との関係が、ナショナルな自己を揺るがすことなく、むしろナルシシスト的な自己肯定へと陥ってしまう。 「反・忘却」のはたらきかけのなかで再生産されるものは国民国家のカテゴリーだけではない。 (ex)従軍慰安婦制度の批判 トランスナショナルな想起の共同体を生み出してきた一方で「女」という自然化されたカテゴリーを再生産するという別の危険をともなってきた。 普遍的な「女性」の歴史をつくりあげてしまう可能性をはらむと同時に、「女性」というカテゴリーを生み出す様々な差異や力関係を意識化させるきっかけともなっ てきた。 →日本政府による謝罪と補償を求めることによって、国民というカテゴリーを記憶と責任を引き受ける主体として一方では見据えつつ、同時に、そこに回収されてしまわない国家以外の様々な制度や権力を問う、複眼的な批判的位置を生んできた。 従軍慰安婦制度の記憶が「現在そのものの関心事」との切実な関わりのなかで思い出され、語られてきたから。 過去の記憶を思い起こすことが、既存の知の秩序に回収されてしまう危険をつねにはらんでいるのは 国家やエスニシティー、ジェンダーといった物象化された文化カテゴリーからなる、既に入手可能な 言語や表象手段を避けて語ることができないからである。 過去を思い出し、歴史を知る作業を通じて、わたしたちが過去を語るさいに用いてきた言葉や、文化の諸カテゴリーをも同時に疎遠にしてゆく。そのことによって、これまでごく当然のように思い描いてきた未来のイメージをも変えてゆく。 ◆むすび 「記憶」について語ることで、いったい何をあらためて明らかにし、語ることができるのか。これまで何度も直面してきた歴史的知の問題を、あらためて「記憶」の問題として置きかえることによって、これまで問われてこなかった何を探ることを可能にしてくれるのか。 ☆論点☆ どのようにすれば「反・忘却」の営みが、日本の植民地支配や数々の非道によって困難に陥れられた人々の苦しみに言及し償うことになるのだろうか。 「日本人の過去を日本人が日本の未来のために思い出す」ということによって自己肯定に陥ってしまうのなら、過去をどのように想起すれば自己肯定に陥らないのだろうか。そもそも、日本人として過去を想起する時点で自己肯定になってしまうのでは? 瀧川からのコメント:筆者のモチーフである「記憶の未来化」と「ナルシシスト的自己肯定批判」は矛盾するのではないか。例えば、加藤典洋や新しい歴史教科書を作る会の主張は、ナルシシスト的自己肯定」でありつつ、記憶の未来化を実践しようとしているのではないか。 |