戦争犯罪論の現在

6月4日

                         担当  黒田 郁子

一、 はじめに

 国際社会で犯罪とICCをめぐる急展開が生じている。
     1998年、ICC(国際刑事裁判所)を設置するためICC規定採択。
  ↓
 ICC規程の意義・主な内容・戦争犯罪の解釈論を通じて日本軍による戦争犯罪を考えるための法的基準を明らかにする。

二、ICC規程の採択

1、ローマ会議
   1948年  国連総会でジェノサイド条約採択
   1950年  ニュルンベルク原則
    ↓ <冷戦の対立が厳しい、「侵略」の定義が一致しない、で中断>
   1990年代 冷戦終了、旧ユーゴスラビア・ルワンダによるICCの重要性の痛感等
    ↓
   1998年  ICC規定のための審議、全権外交官会議ローマで開催
※ 被告人たるべきものについてのICCの裁判権に承諾を与える国家はどこか?等の議論

2、国際法の展開…ICC規程作成までの歴史
(一)ニュルンベルク・東京…国際社会が戦争犯罪を放任しないという意思が明らかに。
  ニュルンベルク裁判条例(1945年)、東京(極東軍事)裁判条例(1946年)の戦争犯罪
  (a)平和に関する罪─侵略戦争の計画・準備・開始・実行・共同謀議など
  (b)通例の戦争犯罪─国際人道法(戦時国際法)違反の非人間的な行為、もしくは政治的または人種的理由に背く迫害
  (c)人道に対する罪─(a)(b)に関連してなされた「殺人、殲滅、奴隷化、強制移送その他の非人道的行為もしくは政治的または人種的理由に基づく迫害行為」
 ※「勝者の裁き」(管轄権・正当性問題)、遡及処罰などをめぐる批判

(二)ジェノサイド条約 → 今日の国際社会においてジェノサイドに関する基礎的な法原則を法典化したものとみなされている
・ジェノサイド(集団殺害)の罪は、もともと人道に対する罪の一部として考えられていた犯罪のうち特に大規模で重要なものを独立させたもの。
   ・1948年 国連総会がジェノサイド条約採択、1951年 条約発効
  (現在120の国家が批准。日本は批准していない。)

(三)ジュネーブ諸条約(1949年) → 国際人道法の飛躍的展開
  @戦地にある軍隊の傷者および病者の状態の改善に関するジュネーブ条約
  A海上の軍隊の傷者、病者および難船者の状態の改善に関するジュネーブ条約
  B捕虜の待遇に関するジュネーブ条約
  C戦時における文民の保護に関するジュネーブ条約
   ・ジュネーブ諸条約共通三条

(四)戦争犯罪時効不適用条約(1949年)
  → 戦争犯罪と人道に対する罪が国際法上最も重要な犯罪に属することから、これらの犯罪には時効が存在しないという原則を国際法において確認し、普遍的適用を確保する意図
 (国内法裁判例に明らかだが、西欧諸国では共通理解となっている。日本は批准していない。)

(五)ジュネーヴ諸条約選択議定書 → 現代の武力紛争が必ずしも国家間の戦争に限られず、国内の内戦等においても民間人の犠牲が絶えないため
   ・ジュネーブ諸条約を補完。

(六)旧ユーゴスラヴィア・ルワンダ
   国連安保理事会がICTYとICTR設置の決議と国際法廷規定を決定。

3、国内法の展開
(一) 各国の国内法
  ・ドイツ…ニュルンベルク裁判後、ドイツ刑法に人道に対する罪の規定。謀殺罪の時効も、1960年代に延長され、1978年に廃止。
  ・フランス…刑法に人道に対する罪を盛り込み、1964年にその時効を廃止。
  ・イスラエル…1950年にナチス処罰法を制定。
  ・カナダ…1985年に戦争犯罪法を制定。
  ・オーストラリア…1989年に戦争犯罪法改正。
  ・イギリス…1991年に戦争犯罪法を制定。
  
(二) まとめ
  @西欧諸国を中心に、戦争犯罪の国内法化がすすめられている。
  A遡及処罰禁止との関係。
  B各国国内裁判により戦争犯罪の解釈論が蓄積。
  C日本人自身による戦争犯罪の追及がなされてこなかったことに注目。

4、設立に向けて
ICC規定は60カ国が批准すると正式に成立することになっており、現在は各国の批准待ち。2000年9月22日現在、署名113カ国、批准21カ国。
NGOグループによる活動、CICC日本支部の活動、アジアネットワーク(ACICC)の発足(1999年)。

三、ICC規程の概要

1、 基本原則
  @「国際的な関心の対象となる最も重大な犯罪に関して裁判を行う権限(管轄権)」を有する。
  A各国の国内刑事裁判所が有効に機能している場合には介入しない。「補完性の原則」

2、管轄権
  @管轄を有する犯罪──ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略の罪(規程5条)
  A時間的管轄権──規程の発効後に行われた犯罪に関してのみ有する(規程11条)
  B管轄権行使の前提──締約国はICCの管轄を「受諾」する等(規程11条)
  ※ICCの国際法的性格をどうみるかの議論

 3、刑法総則(ICC規程第三部 刑法の一般原則)
 @罪刑法定原則(規程22条・23条)
 A遡及適用禁止(規程24条)
 B個人の刑事責任(規程25条)
 C上官の責任(規程28条)
 D時効不適用(規程29条)
 E刑事責任に関する心理要素など(規程30条・31条・32条)

 4、裁判所の構成
  @ICCの機関は統括部、上訴部、公判部、予審部、検察局、書記局(規程34条)
  A裁判官は18名、任期は9年、選挙は締約国の秘密投票 等(規程36条)
  B裁判官の独立(規程40条)
  C検察官は裁判所の別個の独立機関として設定(規程42条)
  D「被害者証人課」の設置(規程43条)

 5、手続き規定その他
   捜査や公判に関する詳細な規定…初めての国際刑事訴訟法規定

四、戦争犯罪とはなにか

 ICCが管轄権を有する犯罪(侵略の罪、ジェノサイドの罪、人道に対する罪、戦争犯罪)のうち侵略の罪については定義がまとまらなかったため当面は適用されない。

1、 ジェノサイドの罪
(一) 条文(ICC規程6条)
  ジェノサイドとは、国民、民族、種族、または宗教集団の全部または一部を破壊する意図をもって、次に掲げる行為を行うことを意味する。
@集団の構成員を殺害
A集団の構成員に対して、重大な身体的または精神的な害悪を加える
B集団の全部または一部についてその身体の破壊をもたらすことを意図した集団生活の条件をことさらに押しつける
C集団の出生を妨げることを意図した処置を課す
D集団の子どもを他の集団に強制的に移転する

(二) 成立要件
・ @からDに掲げられた行為のいずれか一つの実行等
 …「重大な害悪身体的または精神的な害悪」についての説明が明示されていない
・ その行為の対象としての特定の集団
  …具体的に何を意味するかは説明されていない
・ その集団の全部または一部を破壊する意思
  …条文の文言からも採択の経過からも決定的解釈を確定することはできない                                                         
 ※ジェノサイドの禁止は国際慣習法。
  (国際司法裁判所はユス・コーゲンス(強行規範)と認める。)
 ※文化ジェノサイド(ある集団の文化的属性を廃絶することを狙った行為。)
    ジェノサイド条約草案(国連事務総局案とジェノサイド特別委員会案)には文化ジェノサイドとして、言語の使用禁止、図書館、博物館、礼拝の場所、その他の文化的諸制度および物体の利用の破壊や妨害といった行為が含まれていたが第六委員会と国連
    総会での審議中に却下された。
    ←概念の適切な定義ができず、乱用や誤用をもたらすおそれ、等

2、 人道に対する罪
(一) 条約(ICC規程7条)
  いずれかの一般住民に向けられた広範な攻撃または系統的な攻撃の一環として、この攻撃を知りながら行った次に掲げる行為のいずれかを意味する。
@ 殺人A殲滅B奴隷化C住民の追放または強制移送…等
(二) 人道に対する罪の変遷
 ニュルンベルク・東京裁判…「犯行地の国内法違反であるか否かにかかわらず、本裁判所の管轄に属する犯罪の遂行としてまたはこれに関連してなされた、殺人、殲滅、奴隷化、強制移送その他の非人間的な行為、もしくは政治的または人種的理由に基づく迫害行為」  
  ↓
 ICTR規程
  ↓
 国際法委員会の「人類の平和と安全に対する罪の法典草案」
(三) 基本的性格
 意味内容は慣習国際法によってきた(今日ではICC規程がある)。
問題@国際法のもとでの人道に対する罪を明確にすること。
 A国際法のもとで個人の刑事責任を科す人道に対する罪の概念を確定すること。
…武力紛争との結びつき、人道に対する罪の発生形式、犯行の理由(動機)、国家行為の要否

3、 戦争犯罪
 (一)歴史的変遷
   ニュルンベルク・東京裁判条例…「通例の戦争犯罪」
     ↓
    ジュネーブ四条約(1949年)・二つの議定書(1977年)
     ↓
    ICC規程(8条1項)
  (二)ジュネーブ諸条約の重大な違反
@ 故意による殺害
A 生物学的実験を含む拷問または非人道的取り扱い
B 身体または健康に対して故意によって重大な苦痛を引き起こしまたは重大な障害を与えること
C 軍事的必要性によっては正当化されず、かつ、不法に恣意的に実行された財産の広範な破壊および領得
D 捕虜またはその他保護された人を敵対国の軍隊において強制的に使役すること
E 捕虜またはその他保護された人から公正かつ正規の裁判を受ける権利を故意に奪うこと
F 違法な追放もしくは移送または違法な監禁
G人質にとること

(三) 国際法の確立した枠組みの中における、国際紛争に適用される法規および慣例のその他の重大な違反

(四) 国際的性格をもたない武力紛争において四ジュネーブ諸条約共通第三条の重大な違反で、敵対行為に直接参加しない人に対して行われた次の行為のいずれか
@ 生命および身体に対する暴行等A人格の尊厳に対する侵害B人質…等

(五) 国際的性格をもたない武力紛争に適用されるその他の法規および慣例の重大な違反で、確立した国際法の枠組みの中にあるもの

論点・疑問点
@国際慣習法から条約を作成して強行規範とし、条約を批准しなくとも従わねばならないのはおかしくないか?(国内法との関係の問題)
A国際社会における戦争犯罪の位置付けは本当に正しいのか?
    ex)法的な現れとして、「勝者の裁き」(管轄権・正当性問題)、遡及処罰(事後法)、欠席裁判、時効不適用

◆私(黒田)の考え
戦争犯罪に対してのみ法律上特別な扱いをするのはどうしても納得できません。
筆者の言うところの「戦争犯罪を裁く法的な基準」は作成において不明確な点が多いように思えます。みなさんはどうお考えですか?


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