第3章 安全と福祉

      2001年10月29日 担当:黒田

成員資格と必要なもの

成員資格が重要なのは、政治的共同体の成員が相互に負う義務(安全と福祉の共同の用意―provision)のためである。相互に必要なものを供給せず、成員と部外者の区別を認めないなら、政治的共同体を形成し維持する理由はまったく無い。
用意のための政治的共同体と共同体のための用意は相互に働く。私たちは必要なものを用意するために集まる。お互いの用意が相互性を生む。
人々は離れて生きていくことができないが、一緒に生きていく=生存と福祉のためには或る共同の努力(神々の怒り、他者の敵意、等に対して)が必要である。都市はそれぞれに異なっている。さまざまな経験とさまざまな概念はさまざまな用意のパターンへと通じる。必要なものの性質は自明ではない。
共同の用意は一般的なものであり、かつ個別的なものである。(罪人の処罰以外)必要は一般的と個別の双方で作動する。
必要―needs について、人々は観念をもっており、優先順位と程度がある。それを決めることはできないとしても、必要の基準は一つの決定的に重要な標準であり続ける。

共同の用意

 政治的共同体は必ず、成員が認めている必要を用意する・用意しようと努めるが、それには必ず強制が必要である。そのため共同的用意は一団の公職者(聖職者、軍人、官僚)によって仲介され、彼らが安全と福祉の用意に従事している(公職の義務)。すべての成員は必要な負担を担うことに拘束されている(成員資格の会費)。
この義務と会費の共有された意識なしでは、いかなる共同体も、安全も福祉もない。
→すべての政治的共同体は原理上、一つの「福祉国家」である。
 どれほどの安全と福祉が必要か、どういう種類の安全と福祉か、どのように配分されるのか、代償はどのように払うのか。

↓ 具体的事例
@ 紀元前五世紀・四世紀のアテネ
 「古代ギリシャの市民国家は…全体としての市民の利益に配慮する処置はすすんでとったが、社会福祉とりわけ貧困者の手当に対しては概して無関心であった。」
 アテネにおける一般的な用意の範囲は非常に広く、防衛、食物、宗教、正義などがそうである。個別の配分も集会で正当と認められたが、きわめて少なかった。
個別の配分での主要な例外として、公職についている者、陪審に座る者、このような市民への公共的基金の配分は、個別の配分であっても一般目的…活力ある民主主義の維持

A 中世のユダヤ人共同体
 イスラム支配下のユダヤ人共同体は、自律した共同体であったが、主権を持った共同体ではなかった。社会的圧力が政治権力と同様によく機能していた。
 「囚われ人の身請けは貧者の衣食に先行する」…宗教的共同体
一般的な用意の主要な形態は宗教的であった。個別の配分は施しの形をとり、宗教的義務として受け取られていた。「貧しい者たちの必要を保護する形で貧者を助けなければならない。しかし彼らを金持ちにする義務はない」
     ↓
 ユダヤ人とギリシャ人は共に、共同的活動の範囲・その活動が共同的価値と政治的選択により構造化される仕方を示している。彼らは物質的財だけでなく道徳的・文化的財をも相互に強く必要とし合っている。(最小国家の主張は、通らなかった。)

公正な分け前・参加

 正しい分け前・参加とは何か―配分上の原理に関しての問い
貧しい者はその必要に応じて助けられねばならない、という格言は共通感覚だが、それは個人的な性質に応じてではない。必要と用意をしっかり結びつけるなら、配分過程を外的な要因から解き放つことができる。これは用意の内的論理、社会的・道徳的論理である。
 社会的に認められている必要は、社会的産出物に対する第一番目の請求である。しかし、必要は単なる物質的現象ではない。必要は、異なる文化条件の下では異なった形をとる。  
例;@ユダヤ人共同体での宗教的祝祭前日の食物の一般配分…儀式的必要
Aアテネでの扶助金支給資格の認定に訴訟が用いられたこと
B教育…社会的に価値を与えられた知識に関係している
 共同の用意が、共同の参加を目的とする場合にはすべての成員にとって同じである
一つの用意を勧告することは意味がある。

用意の範囲

 福祉と安全の領域における配分的正義は二重の意味を持っており、必要の承認と、成員資格の承認に関係する。貧窮している成員にその貧窮さゆえに財は提供されなければならないが、しかしまた財は成員資格を維持するような仕方で提供されなければならない。
共同体の文化、性格、共同の理解だけが「必要」を定義できる。そして市民は相互的用意の範囲について論じなければならない。だが、要求が競合している文化の世界では、普遍的に適用可能で単一の、平等な配分の公式は存在しない。
公衆衛生と社会的安全は私たちに政治共同体を「相互利益のクラブ」として考えることを促す。すべての用意は相互的である。
現に進行中の細部にわたる政治的決定に従いながら、成員の資源・財源を、彼らの必要に関しての共有された理解と調和させて再分配することへの同意
…社会契約の一層明確な存在理由。
人々は、生活自体だけでなく、良い生活をも必要のカテゴリーに包み込んでいる。

アメリカの福祉国家

 <アメリカ>のような社会にふさわしい共同的用意はどのようなものであろうか。

 三つの一般的原理…「政治的共同体は成員が必要を共同的に了解するとき、成員のその必要に関心を向けなければならない。配分される財は必要に応じて配分されなければならない。配分は成員資格の基礎をなす平等を認め、支えなければならない。」

 この原理は階層制的に組織化されている共同体には当てはまらないが合衆国には当てはまる。市民たちは相互にどんな義務を負うのか。(配分に関する正義についての議論)
 刑事裁判において被告はその必要に応じて保護されるべきだが、事実は違う。アメリカの法廷において金持ちと貧しい者は異なって取り扱われている。→用意の内的論理であり、複合的平等の事例に関連。法律的援助を提供する制度の論理に従う共同体の準備が問題。
  ↓

・医療看護―medicareの場合
(アメリカの制度が遅れており共同的関与が重要な領域)
アメリカ政府もしくは諸々の公共団体の役割としての、研究への助成金支給、医師の養成、病院と設備の提供、任意保険制度の規定、高齢者治療の査定。これらはすべて「人間の必要なものを提供する人間的知恵の工夫」である。たとえ文化的に形作られ強調されているものであるとはいえ、共同体全般にとっても必要なものにほかならない。
*医療看護の配分の唯一の適切な基準は医療上の必要であるというバーナード・ウィリアムズの主張と、それに対する反論として、ロバート・ノージックは「理髪サービスの分配のための妥当な基準は理髪の必要性だけ」ということになぜならないのかと問う。
共同の備えはそれがひとたび始まると、道徳的拘束に服する。だが、適切で一貫性がある取り扱いに対して依然として貧困が重大な障害になっている。今日の合衆国では、市場は安全と福祉の領域の主要なライバルである。
三つの一般的原理は、浸透している優越のパターンから、安全と福祉を解き放つ方向に働く。どの必要が認められるべきかについての先験的な規定はありえない。用意の適切なレベルを決める先験的な仕方もない。共同の供えの形は過去において変わったきたし、将来も変わり続けるであろう。その変化は常に政治的議論、組織、闘争の問題である。

慈善と依存症についての覚書

共同の備えの長期的効果―売り買いの範囲だけでなく、慈善の贈与の範囲をも抑制
 私的な施しは個人の依存性を生み出し、一方における服従、受身、卑下、他方における尊大さを生み出す。共同的な備えが成員資格を尊重するのであれば、それは克服されるべきである。救済はそれ自体では自律を生み出さないので、共同的な活動への参加、成員資格の具体的な実現を目的とした、共同的用意の計画が必要である。困窮に対する闘いは、貧しい者、それほど貧しくない者、裕福な者、こういった多くの市民が当然参加すべき活動の一つなのである。 

・血液と金銭の事例
ティトムスによる血液採取方法の研究で、買い入れと自発献血(献血)という二つの
方法を取り上げる。ティトムス…「私的な贈与には一つの徳目がある。」
授与の行為は連帯感と共同的な能力を作る。
現在の政治的共同体の規模・必要とされているサービスの範囲を考えれば、官僚制は避けられないが、専門の世話人と無力な被保護者という完全な二元主義は、民主主義にとって根本的な危険を招く可能性がある。贈与は市民の結びつきに具体的な意味を与える一つの方法である。福祉・安全への市民の積極的な参加は、政治権力の優越によって貨幣の優越がとってかわられないことを明らかにしようとする。

論点


・ 安全と福祉が成員資格の無い者には保障されないとするのは妥当か。
・ 安全と福祉という共同の用意は、必要から導かれるとして、その範囲(領域)はどこまで認めるべきか。
・ 平等な配分とは?

参考:日本の生活保護制度
 収入が、最低生活費(世帯の構成・年齢・住居地など、厚生大臣が定める保護基準によって計算)を下回る場合、その不足額が保護費として毎月支給される。

平成13年・横須賀市の基準額
・ 標準3人世帯(夫33歳・妻29歳・子供4歳)の場合
月額156,585円 (別途家賃実費月額59,800円まで支給)
・ 高齢者単身世帯(主65歳)の場合
月額78,036円 (別途家賃実費月額46,000円まで支給)

平成13年7月・大阪市の統計
生活保護受給世帯:54,941軒
受給人口:72,069名
生活保護支給総額:137億8384万3250円


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