`02 瀧川ゼミ

不平等の再検討 〜潜在能力と自由〜
           by Amartya Sen

平成14年1月21日
担当 奥間 達

今期はウォルツァーの「正義の領分」を通して配分的正義という言葉をキーワードに「平等」というテーマに取り組んできました。今回は、「潜在能力アプローチ」という概念で「平等」に取り組んだインド出身の経済学者アマルティア・センのこの本を通してウォルツァーとは違った角度から検討してみたいと思います。

センは「人間は多様な存在である」という前提に基づいて、様々な「不平等」問題について「何についての平等か」を明確にしながら分析している。彼は自身の理論についてジョン・ロールズの「公正としての正義」に負うところが大きく、かなりの領域まで彼の論法に導かれているとしている。では、まずロールズの理論とはどのようなものなのか?

公正としての正義

ロールズは、著書『正義論』の序文でこう述べている。「ロック、ルソー、カントが提唱した伝統的な社会契約説を一般化・抽象化することにより、この理論の致命的な欠陥を克服し、功利主義にとってかわるべき体系的な正義論を提出する」としている。では、ロールズの理論とはどのようなものなのか?

1.社会契約説

「原初状態」つまり、そもそもの始まりにあったと想定される仮想的な平等の状態にあって、そこでは人々は自分が身分、地位、階層、信条などを正確に知らないまま<無知のヴェール>公平な社会について契約を結ぶ。その前提として合理的な生き方をする人であれば、全ての人が必要とするであろう財、すなわち「基本財」(平等な権利、所得と富など)を理論の中に導入する。そしてこの結果、次の「正義の二原理」が全当事者の合意に基づいて承認されるとしている。

2.功利主義に対する批判

功利主義は社会に帰属するすべての諸個人の効用を集計した総和が最大となるよう、主要な社会制度が編成されている場合に、当該社会は正義にかなっているというものである。これは、「正しさ」や正義から独立に望ましさや善を規定し、その善の最大化を目標とする「目的論的な理論」であって、功利主義では最大化された満足の総和が各人にどのように分配されるかが正しいかは問題とならない。

3.正義の二原理

第一原理 (平等な自由の権利)
各個人は、平等な基本的人権を保障する十分に適切な制度を平等に持つ。それは、「すべての人の自由を保障する制度」と両立可能でなければならない。
第二原理 (@格差原理<マキシミン原理> A公正な機会均等原理)
社会的・経済的不平等は、次の二つの条件を満たさなければならない。
 @)それらの不平等がもっとも不遇な立場にある人の期待便益を最大化すること。
 A)公正な機会の均等という条件のもので、すべての人に開かれている職務や地位に付随するものでしかないこと。
注)格差原理の意義は福祉の個人比較の客観的根拠、つまりどれほど多くの社会的基本財(平等な市民権と所得・富の分配)が入手できるかということを確立しようとするものである

ロールズが格差原理において(権利、自由と機会、所得と富etc)などの「基本財」の分布に注目するように「機会」の平等に焦点をおくアプローチを採用している。これに関し、センは人々が実際に享受している自由へと私たちの関心を向けさせるものであり、平等と正義の分析を、「達成された結果」から「享受している自由」へと軌道修正する効果を持っている評価している。一方、センは基本財の平等な分配だけでは不十分だとし、基本財を他の財への変換能力の差を考慮に入れるべきだとする。人間は多様な存在であり、同じ所得を得ていたとしても各人の性別、年齢、身体的特徴により達成可能な自由の水準には格差が生ずる。このように変換能力をも考慮に入れてその人が達成可能な成果の潜在的集合を人々の平等度を比較する際の焦点変数とするのがセンの「潜在能力アプローチ」である。

 ではここから、「不平等の再検討」に沿って具体的にセンの理論をみてみたい。

何の平等か

平等の倫理分析における二つの中心的な課題は
 @なぜ平等か
 A何の平等か ←重要
  なぜならAの中には@が内在しているのである
 そして時の試練に対し耐えて生き延びてきた社会制度に関するいかなる規範的理論もその理論が特に重要であるとみなしている何かに関する平等を要求しているのである。
  Cf)ロールズ(自由の平等と「基本財」の分配における平等)
    ドゥオーキン(平等なモノとしての扱い、資源の平等) 
    ノージック(リバタニアン的権利の平等)
※ 反平等的であるとされる功利主義でさえ、すべての人々の効用に対して全く等しい重要性を認め、最大化の定式化によって各人の効用の増分に対して等しいウェイトを付けることを求めているという点で平等主義的要素を内包している。

個人間の不平等を評価するために所得、富、効用、資源、自由、権利などの変数によって評価することができる。そして、焦点変数が複数存在するため、「評価空間」の選択(センの場合は機能空間)は、不平等を分析する際に決定的に重要な意味を持ってくる。
この結果、ある焦点変数を中心に据えると、周辺部分の領域の不平等となるが受け入れなければならないとする。

成果、自由、資源

平等を評価するとき以下の区別が重要である。
 @達成度 ←成果のみに注目
 A達成するための自由 ←ロールズ、ドゥオーキンらによる評価
   ⇒成果から成果を達成するための手段(資源)への注目。自由の重要性へと目を向けさせる。だが、センはこれでは不十分とする。

機能と潜在能力

センは個人の福祉は、その人の生活の質、いわば「生活の良さ」として見なし、生活は相互に関連した「機能」(ある状態になったり、何かすること)の集合体であるとする。

基本的な機能
l 適切な栄養を得ているか
l 健康状態にあるか
l 避けられる病気にかかっていないか
l 早死にしていないか など
複雑な機能
l 幸福であるか
l 社会生活に参加しているか
l 自尊心を持っているか など

潜在能力は人が行うことのできる機能の組み合わせを表している。従って、潜在能力は「様々なタイプの生活を送る」という個人の自由を反映した機能のベクトルの集合である。
言い換えると、機能は福祉の構成要素であり、潜在能力はこれらの構成要素を追求する自由は反映している。

(批判)潜在能力を個人比較する際に、すべての潜在能力が同じ土台に立っているわけではないので比較するのは困難である。
これに対し、センは様々な機能に与えられるウェイトの値に基づいて与えられる共通の評価をするものだけを取り出す「共通部分アプローチ」を使って議論を展開する。つまり、福祉も、不平等も幅広く、かつ曖昧さを含んだ概念であり、逆に完全で明確な順序付けをしようとすることはかえって危険であるとする。

自由と福祉

人は自分自身の福祉の追求以外の目標や価値を持つ。
「エージェンシーとしての側面」と「福祉のための側面」を区別しなければならない。
    ↓
その人が追求する理由があると考える目標や価値ならばそれがその人自身の福祉に直接結びついているかに関わらずそれを実現すること。
◎自由と福祉は対立するものである。
  ex.)ある貧しい国に出かけて働こうとする医師。
    エージェンシーとしての自由、福祉を追求する自由の向上、福祉の達成度の低下。
◎あるタイプの選択の幅が拡大することが、それから直接予想されることとは反対の効果を引き起こす。
 つまり、自由が拡大することにより、しなければならない選択が増え、そのための時間と労力が必要となり、結果的に不利益が生じる可能性がある。

このように自由と福祉の関係は複雑であり、自由の増加が福祉の向上に必ずしもつながるわけではない

多様性と潜在能力

基本財という形の「手段」と目的の「達成」との関係に差が出るのには二つの原因がある。
 ●目的の違い、すなわち、人々が善に関して違った考え方を持っている。・・・@
 ●資源と、目的を追求する自由の関係(変換能力)が人によって異なる。・・・A

@はロールズの「正義の政治的構想」によって示される「寛容の原理」で説明される。
Aは(@)どのような目的を持っているか、(A)基本財をその目的の充足に変換する能力を追求する自由をどのくらい持っているかの両方にかかっている。

結論として、人間は多様であり、しかも様々な形で多様なのである。多様性の一つは目的や目標の違いに関するものである。もう一つの多様性は、すなわち資源を実際の自由に変換していく能力の多様性がある。

諸目的を追求する自由の平等は基本財の分配の平等によって作り出すことはできない。基本財から目的や目標を追求する潜在能力に変換する能力の個人間の多様性こそが検討されなければならないとし、センはロールズの理論を発展させた独自の理論を主張している。

<参考文献>
アマルティア・セン「不平等と再検討」(岩波書店)
川本隆史「現代思想の冒険者たち23」(講談社)
後藤玲子「アマルティア・センの潜在能力アプローチと社会保障」   http://www.rengo-soken.or.jp/dio/No149/k_hokoku1.htm
池本幸生「貧困をどう捉えるか:A・センの潜在能力アプローチ」 http://www.icc.u-tokyo.ac.jp/~ikemoto/yamaguchi.htm
のりこんぐ島HP http://www2u.biglobe.ne.jp/~norichic/rawls.htm
SYUGO.COM http://www.syugo.com/germinal/review/0051.html


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