第4章 契約法の経済分析 1〜31.序人々はいつも約束を結んで生活している。契約法には2つの基本的問題 ・どのような約束が強制されるべきか? ・強制可能な約束が破られた場合、どのような救済方法が認められるべきか? ・・・があり、契約紛争に裁判所が判決を下す際や、立法者が契約を調整するための法案を審議する場合これら二つの問題に答えなければならない。 ☆交換的取引理論(Bargain Theory)・・・契約法の古典的理論による解答 「どのような約束が強制可能であるか?」 ↓ 契約が交換の一環(申込み・承諾・約因)として結ばれたものであれば強制可能 ※申込み・・・契約を結びたいという意志を表示すること 承諾・・・契約を結びたいと言う相手の意志を受け入れること 約因・・・約束をした者が約束と交換に受け取るもの 「強制可能な約束が破られた場合、どのような救済方法が認められるべきか?」 ↓ 「期待利益の損害賠償」 ・・・被害者の状態が約束の守られていた場合と同等となるだけの金銭を、被害者は約束を破ったものから補償されるべきであるという理論に基づく救済方法 2.契約法の経済理論・個々の私人が約束を交換するのはなぜか?・法的に強制可能なルールによって、それらの交換の効率性が向上しうるのはどうしてか? 約束の交換は即時的取引と異なり時間のかかる交換や完結までに時間のかかる交換を問題としており、約束は約束者の将来の行動に制限をかけることである。 だから、合理的な意思決定者が自己の将来の行動に制約を課そうとするのは、この制約の費用よりも大きな利益が期待される場合のみである。 契約の成立とその履行との間に時間がかかる場合に発生する問題の中で最も経済学的に重要なものは ・偶発的事態のリスクを配分すること ・情報の交換 である。 ・・・契約法の経済理論は、リスクと情報を取り扱う適切なルールを提示し、契約当事者がその私的な目的を達成することを支援することが出来なければならない。 A.契約法とエイジェンシー問題「契約法の第一の目的は、解が非協力のゲームを、解が協力となるようにして人々が協力しあえるようにすることである」☆契約の戦略的側面について 約束の交換と履行との間に生じる時間がリスクを作り出してしまう ↓ <約束が強制されない場合> 売り手が約束どおりに目的の財を引き渡すのかどうかというリスクがともなう ↓ 買い手が現時点で金を払うことを阻害する <約束が強制可能な場合> 売り手が約束どおり目的の財を引き渡す可能性が高まる 目的の財が手に入らなかった場合でも「期待利益の損害賠償」がなされる ↓ 買い手が現時点で金を支払うことを促進する →約束を強制可能にすれば、交換と協力を促進できる ※買い手は売り手が契約を履行するインセンティブと、売り手の契約不履行の場合の救済方法を、強制可能性によって確保しようとする 売り手は約束を強制可能にして買い手にインセンティブをもたせることを望む (買い手の協力を得ようとする) エイジェンシーゲームによる考察・強制可能性のない契約を結んだ場合(図4.1)買い手が投資を選んだ場合 →売り手が協力すれば0.5の利益があるが着服すれば−1の利益(1の不利益) 売り手側 →買い手が投資を選んだ場合にのみ選択が生じ、協力することで0.5の利益を得るが着服すれば1の利益が得られる このような場合、売り手が最大の利益を得るためには「着服」の選択肢が有効であり、買い手が最も不利益を被らないための選択肢は「投資しない」ことである ↓ 交換と協力が阻害されている(この状況下では約束を守ることは「馬鹿を見る」ことである) ・強制可能な契約を結んだ場合(図4.2) 買い手が投資を選んだ場合 →売り手が履行を選んだ場合、0・5の利益があり、違反した場合には「期待利益の損害賠償」による損失補填があるため0.5の利益がある 売り手側 →買い手が投資を選んだ場合にのみ選択が生じ、履行を選択すれば0.5の利益が生じるが違反した場合には「期待利益の損害賠償」による−0.5の利益(0.5の不利益)が生じる このような場合、買い手が投資を選択した場合には売り手は履行を選択することが最大の利益となる ↓ 交換と協力が促進される(この状況下ならば約束を守る(守らせる)ことは最大の利益を生むことになる) 両方のプレイヤーの利得の観点からこれを見直すと、効率性の観点から利得の合計が最大になる選択をすべきであり、その解は買い手にとっては投資することであり売り手にとっては履行(協力)することである。 ☆ゲーム理論によって導き出される強制可能な契約が協力を促進するやりかた ・契約法によって課される法的責任の高い費用のために売り手が着服する機会が排除され、さらに他の当事者にそれが見える場合,それが「コミットメント(将来の機会を排除する)」を「信頼できるコミットメント」として成り立たせ,より交換と協力を促進させる機能となる ・・・A.での分析により締結時に双方の当事者が強制可能であることを望んだ場合、その約束は強制されるべきであるということがわかる B.完全競争と完全契約「完全契約」の定義・・・強制されるならば約束者と受約者の両者が各自の目的を達成する上で理想的となるような約束☆完全契約とはどのような状況のもとで達成されうるのか? <経済学による解答>完全競争のモデルと言う取引の理想的状況のもとで達成しうる ・・・完全競争市場は効率的な生産と効率的な配分をもたらす(近代厚生経済学) →完全競争市場で結ばれた契約は生産においても配分においても効率的である この結論は契約法にとって基本的重要性を持つ →完全競争下で結ばれた契約か厳格に適用されなければならないことを意味するため なぜこのような意味を持つか? もし、契約の一部を選択的に適用すれば・・・ ・将来の契約当事者に余分な費用(非効率に高い費用)を払わせる結果となるからである ・・・契約の一部を選択的に適用することによって完全契約のバランスを崩せば,どちらかの当事者に不利益になることと、当事者が契約の一部を選択的に適用されようと知って契約をやりなおそうとする交渉費用がかかること ・・・価格以外の点での契約条項を調整することで受約者がその権利を獲得する可能性と、約束者が約定価格を増加させることで利益をあげることの二つを阻害すること よって、 ・完全な競争市場では完全契約が締結されるのであり、 ・完全契約は効率的なので, ・完全契約は、その条項の規定どおり厳格に適用されなければならない。 C.契約の失敗☆法の経済分析の一分野である契約法の経済分析は、完全契約だけでなく不完全契約も説明できなくてはならない完全競争モデルが「市場の失敗」を政府が規整するときの経済分析の原理となるのと同様に、完全契約モデルは契約の適用の経済分析のための原理となる ・・・完全契約モデルは約束が厳格に適用されるべきための諸仮定を特定する (契約の結ばれる状況がこれらの仮定をよりよく満たすほど契約の厳格な適用がより強く要請される) →裁判所は契約の不完全をもたらす原因を特定し,矯正することによって不完全契約を完全契約にすることがもとめられる D.完全契約の前提する諸仮定不完全契約の経済分析を進めるための2つのこと・不完全契約を識別するための指針を見出すこと ←完全契約が前提とする諸仮定を明らかとしなければならない ・裁判所が不完全契約を再構成する方法を提示すること ←様々な不完全性に対する対応策を個々に特定する必要がある (1) 個人の合理性 個人の行う意思決定の合理性が前提とする3つの仮定と個人の合理性に関する経済学の理想像 ・意思決定者は安定した選好を持つ ・意思決定者はその選好の追求において制約を課されている ・意思決定者は制約条件が許す最大限までその私的目的を追求する ・・・これらの条件が満たされるならば、契約の各当事者は所与の制約によって規定される確実性の下でその効用の最大化を図っている、とされる。 (2) 取引費用 競争モデルの取引費用についての4つの仮定 ・契約の当事者以外の者(第三者)に何らの損害ももたらさないこと (第三者への悪影響が存在しない) →契約法はその他の法が充分に第三者の保護を果たしていると前提している ・各意思決定者が「自己の選択の性質ならびにその結果についての完全な情報を有している」という事 ・現実の当事者ならびに潜在的当事者双方を含め,充分に多くの買い手と売り手が存在し、それゆえ各自には取引の代替的相手方が存在すること ・取引交渉を実行する過程には費用がかからないということ 3 市場の完全性の過程と契約法の構造の関係2のDの(1),(2)で述べた仮定について具体的に検討する。(1)個人の合理性の仮定について ・意思決定者は安定した選好を持つ ・・・契約当事者が安定し整序された選好を有していなくてはならない ・意志無能力である場合の契約は無効である ・「取引上の無能力」(契約意志に瑕疵のあること)の場合は無効である ・意思決定者はその選好の追求において制約を課されている ・・・意思決定者がその求めることの一部は実現できるが全部は達成することは出来ないような制約を受けているということ ・・・契約の相手方によって課されたり,契約の状況から生じたりした選択への制約が過酷である場合には、契約は拘束しないという契約法の原則 ・強要ないし脅迫 ・履行不能(いずれの当事者の過失にもよらずに選択の自由が失われた場合) ・窮状(相手が困窮していることにつけこんで過酷な内容の契約を結んだ場合 ・意思決定者は制約条件が許す最大限までその私的目的を追求する ・・・意思決定を数学的に分析できるようにする (2)取引費用について ・契約の当事者以外の者(第三者)に何らの損害ももたらさないこと ・・・契約法においては,受約者やその相続人以外のものが契約違反によって被害を被ったことの証明は不可能に近いので,第三者への影響は契約法においては明確な扱いを受けていない ・各意思決定者が「自己の選択の性質ならびにその結果についての完全な情報を有している」という事 ・・・虚偽の情報に基づく約束である場合の契約違反を許している ・詐欺 ・開示の懈怠 ・契約目的の達成不能 ・相互の錯誤 ・・・他方,自らが収集した情報に基づいて契約を結んだ場合、その情報に誤りがあっても契約上の義務は免除されない ・現実の当事者ならびに潜在的当事者双方を含め,充分に多くの買い手と売り手が存在し、それゆえ各自には取引の代替的相手方が存在すること ・・・これが満たされない場合,「独占」という状態が発生し「完全競争における完全契約」という状態がくずれる ・取引交渉を実行する過程には費用がかからないということ ・・・費用がかかることによりリスクの配分が規定されないで契約が結ばれる危険性がある ☆「どうして規定しなかったのか?」ということの二つの可能性 ・その事象が起こる事が稀で、明示に考慮するための費用が高すぎる場合 →裁判所が「完全契約だった場合のこと」を考えて判断しなくてはならない ・その事象は予見可能性が高く、交渉費用も安価で本当は考慮すべきだった場合 →双方の間で契約を修正する可能性が高い →何らかの理由で当事者同士で修正できない場合,やはり裁判所が判断する |