第４章 契約法の経済分析 ３～６３ 市場の完全性の仮定と契約法の構造の関係完全契約の前提①個人の合理性 ⅰ)順序づけられた選好 ⅱ)制約された選択 ⅲ)最大化 ②取引費用 ⅳ)第三者への悪影響がないこと ⅴ)完全情報 ⅵ)多数の可能な契約当事者 ⅶ)ゼロの交渉費用 →上の条件を満たすとき契約は完全となり、契約内容のすべてを適用することが望まれる. 条件のどれかが欠けると、その契約は不完全。 不完全な契約⇒契約内容の厳格な適用の必要性は弱まる（ただし排除はしない。）。契約条項の一部を、選択的に適用するほうが適切。 ⅰ 順序づけられた選好･･･安定し整序された選好をもつこと。効用関数で表すことができる。子供、精神異常者などはこのような選好をもたない。 ⅱ 制約された選好･･･意思決定者がその求めることの一部は実現できるが、すべてを達成することはできないような制約を受けていること。しかし、例外として ・ 強要･強迫→選択の際、受約者によって制約がもたらされていること。 ・ 窮状→選択の際、約束者が著しい困窮状態にあること。受約者以外が原因。 ・ 履行不能→約束そのものには問題ないが、いずれの契約当事者の過失にもよらず選択の自由が失われること。 ⅲ 最大化･･･意思決定者は、制約条件が許す最大限まで私的目的を追求する。（※後の数学的分析で活用） ⅳ 第三者への悪影響がないこと･･･第三者への影響は偶発的副産物にすぎず、契約法においては明確な取り扱いを受けない。不法行為法や所有権法でカバー。 ⅴ 完全情報･･･自己の選択の性質とその結果について、各意思決定者が完全な情報を有していること。情報が不完全な場合として ・ 詐欺→「相手方に嘘の情報を与えない」という消極的義務違反 ・ 開示の懈怠→「生じうる隠れた危険についても説明する」という積極的義務違反 ・ 契約目的の達成不能→契約の両当事者が同じ虚偽の情報に基づき契約締結 ・ 相互の錯誤→両当事者が互いに異なる虚偽の情報に基づき契約締結 ⅵ 多数の可能な契約当事者･･･需要側と供給側が十分に存在すること。各々取引の代替的相手方がいること。不十分な状態が独占や寡占。 ⅶ ゼロの交渉費用･･･通常、交渉にかかる費用は取引にかかる費用に比べ小さいため、ゼロと仮定して考慮にいれない。しかし、契約締結のための交渉や契約書作成に費用がかかりすぎることがある。 ※以上が、「どのような約束が強制されるべきか」という課題の答え ４ 契約違反に対する救済方法の経済分析(１)完全な契約⇒契約に違反したときの救済方法も、契約に規定されている「賠償額の予定条項」･･･違反の際の、損害の補償として支払われる現金の額のとりきめ ＊ かつては、損害賠償の額を決めるのは裁判所の特権と考えられており、当事者間で勝手に決めることは原則不可。契約違反の引き起こす損害が不確実だったり推量によるしかなかったとき、裁判所での証明が困難なとき、などの特別な事情がない限り損害賠償条項は適用されない。 裁判所による救済方法 ① 特定履行･･･約束者に、約束どおりの履行を命じるもの。現在ほとんど活用されていない ② 金銭賠償･･･生じた損害を、金銭によって賠償 損害賠償の種類 ① 補償的損害賠償･･･現実の損害と等しい額の賠償 ② 懲罰的損害賠償･･･現実の損害を超える額の賠償 通常、契約違反の被害者にその被った損害を補償するレベルの額を損害賠償として算定する。 この算定額は、完全契約において約定されたであろう損害賠償額と一致することが多い。 問題 4.8贈与→片務契約。一方当事者にのみ履行の義務が生ずる取引→双務契約。当事者は互いに義務を負う 「世界一周旅行をプレゼントする約束」＝贈与。甥の、旅行用品購入のための出資は、契約内容に直接関わるものではない。単なる副産物。本来なら、契約が守られなくても何ら損害は生じない。ただこの場合は約束を信頼したことで現に出資をしているため、その限度での補償が必要だろう。すなわち、（ｂ）の救済方法が最もよいと考えられる。 ５ 理論の精緻化：長期契約の経済分析は異なるか？長期契約⇒契約法のルール（＝公式のルール）による厳格な規整になじまない。警告や返報など（＝非公式のルール）で矯正しようとする。＜トピックス＞ エンド･ゲーム問題ゲームのルール・ 一分間かかるゲームを一時間にわたり繰り返し行う ・ 一分間にお互い一ドルの配分を協議 ・ 一分経過後、各自自分の欲しい金額（0,00ドルから1,00ドルまで）を記入 ・ 両者の書いた額が計1ドル以下なら書いたままの金額を、計が1ドルより大きいなら大きいほうの金額を書いた者がその額を受けとる ・ 両者が同じ金額を書きその計が1ドルを超えたときは、双方とも何も受けとれない 最も良い戦術＝互いに協力して0,5ドルずつもらい続けること ↓ 最後の試行で相手を裏切って「1ドル」と記入するとさらによいと双方が考える ↓ 最後の試行で自分が裏切られた場合、もはや仕返しの機会がない。よって互いに自分が裏切られる前に相手を裏切ろうとする。 ↓ ゲームのすべての試行においてとるべき手段が「裏切り」になってしまい、協力ができなくなる 短期的契約 →一回限りの交換で終了。「しっぺ返し」されることがなく、裏切ったほうが得。 よって「公式のルール」で規整する必要性 長期的契約 →「しっぺ返し」を通じ、結局は互いに協力するほうが有利な戦術だというところに落ち着く。 交換を繰り返すために「非公式のルール」によって協力が維持される。 ＜トピックス＞ 人質交換の方法平和保持の手段として人質を差し出す。もし戦争を起こせば、人質として差し出したものは返還されない。Ａ国の王にとって、ダイヤモンドと自分の子供とはまったく同じ価値であるとき ① Ｂ国への人質としてダイヤモンドを出す ② Ｂ国への人質として自分の子供を出す Ａ国王において、①②どちらの手段をとっても戦争抑止効果はまったく同じ。 一方人質を差し出されるＢ国王においは、他人の子供よりダイヤモンドのほうが価値が高い。よって①は②よりも戦争抑止効果は弱いこととなる。 よい人質＝自分にとって価値が高く、相手にとってほとんど価値がないもの ↓ 長期契約の維持にも、自分は高く評価するが相手は評価しないものを選ぶのが効果的 問題 4.9→自社の経営手段そのもの（？）。たとえばひとつの製品を作るために必要不可欠な部品を下請会社から購入しているような場合、下請会社が部品を納入してくれなくなるとたちまち製品作りはストップ。一方下請会社も、その部品づくりのみを専門にやっていたならば、部品を買ってもらえなくなると困ったことになる。長期的契約における人質＝「契約を守らないと損害が生じる」という消極的意味をもつ 短期的契約における約因＝「契約内容が履行されると目的を達成できる」という積極的意味をもつ どちらも「契約内容の履行を促す」という点では同じ機能を果たすといえる 長期的関係の形成･維持 →コミットメント（＝誓約？）必要。友情、血縁、民族、宗教などが伝統的に用いられてきた。 契約における公式ルール、すなわち契約を規制する法律がきっちりそろっていればいるほど、伝統的コミットメントの役割は小さくなる。 逆に取引が法により保護されないような場面では、伝統的コミットメントは大変重要。 練習問題 （ｐ247）Ａ 第２節図4.1(ｐ211)のエイジェンシーゲームと、しっぺ返し戦略→①一回目の試行で第2当事者が着服する場合 第1当事者はただ損をするばかりで、投資するだけ無駄ということになる。つまり、このゲームでの最善の戦略は「投資せず」となる。ここでゲーム終了。第2当事者もこれ以降何も得られなくなる。 ②一回目の試行で第2当事者が協力する場合 当事者双方が0.5ずつの利得を得られる。第1当事者にとっての最善の手は「投資する」となる。続く二回目の試行で、第2当事者がまた協力すれば、あとは同じことの繰り返し。ところがここでもし第2当事者が「着服」を選択してしまうと、①と同じ結末となり、三回目の試行以降第一当事者は投資しなくなる。 第2当事者が協力しつづける限り第1当事者は投資する。そして、互いに延々0.5ずつ得ることができる。 つまり第2当事者は着服するより協力したほうが得。 Ｂ 当事者間での長期的関係形成を促進することが契約法の目的となることを効率性から説明 →契約法の目的＝約束を強制することで、私人がその私的目的を達成することを支援すること 長期的契約は短期的契約に比べ公式のルールに頼ることが少なく、当事者同士は関係を維持する方向に動く。したがって短期的契約のように裏切りが一般化することがなく、より私的目的が達成されやすい。また紛争解決の費用や、新たに契約を締結する手間も省けることとなる。 Ｃ 長期的関係の回復において、いかなる紛争解決手続きが効率性に合致するか ・親和的手続･･･和解 ・親和的でないもの･･･判決（損害賠償や特定履行の命令） →長期的関係の維持には、コミットメントと協力が重要であり、長期的関係における最良の戦略は「協力」。よって、判決よりも和解のほうが適している。さらには、判決に進んでしまうと訴訟費用がかかる上、敗訴した側にのみ訴訟費用の負担がかかってしまい、効率的でないと考えられる。 ６ 履行上の抗弁：どのような契約が強制されるべきか契約そのものは有効だが、成立後の事情変更によって履行義務が免除されるべき場合① 事情変更 ② 事業としての非現実性 ①事情変更・契約目的を破壊するような事情・契約の履行が物理的に不可能 ・事業として非現実的 契約が不完全でリスク配分が規定されていない時、生じたリスクをどう割り振るかが問題 裁判所の関与方法 ⅰ）黙示の契約条項 ･･･契約に明文で規定されていない事態が発生したとき、それでも契約を規定どおり適用することがある。このとき、その事情について規定しなかったのは意思に基づくものであるかのように解釈。 ⅱ）契約条項の欠缺 ･･･当事者間に、リスク配分についての合意や理解がないとき、裁判所は履行免除か否かをルールを適用して解釈。 そのルールは、「損失に対する責任を割り当てられるべき者は、契約目的の達成不能をもたらした偶発的事態に対し、より安価にそれを防止できる者、あるいはそれに対しより安価に保険に入ることのできる者でなければならない」というもの。 ＜トピックス＞ 書式に記入する：附合契約文書による契約＝標準書式による↓ ・契約条項の個別変更ができず、「同意する（＝書式の条項に附合する）」か「同意しない（＝契約しない）」の二つしか選択できない。 ・消費者の選択の自由を企業が人為的に制約して消費者の費用を増大させる。 ・業界を通じて書式条項が一定となっていると、競争が排除される。･･･などの批判 しかし一方では ・いくつかの点で競争が排除されても、残る何点かで激しい競争がなされればよい ・取引費用の節約という点で便利 ･ 完全競争市場には同一の契約条項で財を提供する売り手が多数存在するものという評価あり ②事業としての非現実性･･･契約成立後の事情変更により、事業者側にとって契約どおりの履行をすることが過酷であり、事業者としての生存を脅かされるような場合。＊合衆国統一商事法典2－615条 「その発生しないことが契約締結の基本的前提であったような偶発的事情の発生によって、合意された履行を実行することが現実的でなくなったばあいに、すべてまたは一部の引渡しを売り手が遅延し、または怠っても、それは売買契約上の義務違反とならない。」 不履行責任を免れるための要件 ⅰ）偶発的事態は予見不能でなければならず、当事者によって検討されたものであってはならない ⅱ）契約失敗のリスクは責任免除を求める当事者によって直接または間接に引き受けられたものであってはならない ⅲ）責任免除の根拠たる事情の変更は被告によって惹起されたものであってはならない 事例 ｐ２５７ ウェスティングハウス社、原子炉購入者に対しウランを1ポンド8～10ドルの安い固定価格で供給すると約束。しかしまもなくウランの在庫不足に陥る。この頃までに、ウランの価格は1ポンド30ドルを超えるまでに上昇しており、不足分を補おうとすると、ウェスティングハウス社は会社の総資産の半分以上にあたる額の損失を被ることとなった。 そこでウェスティングハウス社は統一商事法典2－615条に基づき「事業としての非現実性」を理由に責任を免れようとした。 結論：ウェスティングハウス社は責任を免れえない ・ ウラン価格の上昇は予見可能であるのみならず、「広く予見されていた」もの ・ ウラン価格の上昇に対するリスクは、ウェスティングハウス社が負うものと当事者双方とも知っていた、あるいは知るべきだった ・ ウラン不足が耐え難いものとなることを知った後も、その事態のもたらす不利益を軽減する努力を行わなかった →不履行責任を免れるための要件ⅲを満たすのみ 問題 4.10「秘密カルテルが、ウラン生産を制限して価格をつり上げたこと」について、ウェスティングハウス社は不履行責任を免れるための3つの要件を満たしていたかを検討ⅰ）偶発的事態は予見不能でなければならず当事者によって検討されたものであってはならない →カルテルによる価格のつり上げは、通常予見することはできないもの。よって満たすと考えられる。 ⅱ）契約失敗のリスクは責任免除を求める当事者によって直接または間接に引き受けられたものであってはならない →本文中の事例の通り、一般的なウラン価格上昇のリスク負担はウェスティングハウス社にあった。しかし通常の価格上昇とは異なり、ここでの価格上昇はカルテルによる予見風不可能なもの。よって、この要件も満たす。 ⅲ）責任免除の根拠たる事情の変更は被告によって惹起されたものであってはならない →本文中の事例同様、満たす。 以上より、ウェスティングハウス社の「事業として非現実的である」との抗弁は認められる |