2002/12/23法哲学ゼミ 『法と経済学』

 担当:池田・小栢・加藤・和田

第5章        不法行為法の経済分析

不法行為法とは・・・被害者と加害者の間に契約関係が存在しないような紛争を解決するための法制度


1 不法行為の要件


不法行為法の目的 他者による損害から身体上の利益や財産上の利益を保護しようとするもの

要件 @被告が原告に対して負っている義務の違反

    A原告に損害が発生したこと

    B義務違反と損害の間に直接的因果関係ないし相当因果関係が存在すること

 

A 義務違反

違法行為をした者の心理状態(故意によるのか過失によるのか)は問題としない

→被害者に補償する責任の成否には影響なし。

              

注意義務の違反があったかどうか、だけを考える

 

課題:どのように注意義務を判断するか

一般的なルール・・・潜在的不法行為者は合理的注意を払う法的義務を負っている

「合理的」人間の基準―「客観的な」基準

「注意」・・・合理的注意、通常の注意、特別注意

※法による明確化はなされていない。

どれだけの注意を払えば合理的と言えるかについての規定はなし。

経済学で法的基準とその基礎となる社会的規範の分析の体系的方法を得ることが可能。

 

B 損害

義務違反が算定可能な損害を惹起したことが必要―「カラの過失」の存在

・・・不法行為法と道徳との明確な相違点

 

<補償対象となりうる損害の範囲の拡張>

不法致死

  被害者の家族をはじめ一定の範囲のものが、加害者に大切な人を奪われたことによる損害(無形の損害)の賠償を求めて民事訴訟を提起すること

 

ex)1一家の父親の死によって受けた経済的損失の補償ある程度算出可能

ex) 2子供が死んだ場の損失補償

子供の死は遺された家族に何の経済的損害も与えない算定可能な経済的損失の不存在

 

無形の損失を裁判所はどうやって算定するのか。

補償的損害賠償・・・受けた損害と引き換えにもらってもよいと思う額の金銭

親にとって子供と引き換えにもらってもよい金銭という言い方は、冷酷非情ではないか。

 

この無形の損失の算定などいくつかの不法行為法上の問題に対して、経済学は解決案を示せないある程度合理的な正確性でもって解決法を提示することは可能。

*最近の新たな問題―医療過誤訴訟の危機

損害賠償額が莫大すぎて、その業界全体に悪影響を及ぼすこともある

 

C 因果関係

@事実的因果関係

「あれなければこれなし」の基準・・・答えが「イエス」なら事実的因果関係が認められる

<「あれなければこれなし」基準の問題点>

@ 損害に複数の可能な原因が存在する場合

ex)AさんがBさんを殴っていなかったとしても、Bさんが立っていた床板が腐っていて

  どっちみち怪我をしていた場合(仮定的因果経過)

                   

この場合、Aさんの行為は「あれなければこれなし」の基準を満たさない。

しかしパンチとBさんの怪我の間に事実的因果関係が存在することは明らか。

 

*日本の刑法

「あれなければこれなし」の基準によって因果関係を見るという学説を「条件説」と呼ぶ。判例も一応はこの立場をとっているとされる。通説では仮定的因果経過は考慮せず、その時点において現に発生した結果のみを問題にする。しかし、上のような場合の仮定的事情は過失の有無を判断するにあたって、問題とされる。

 

A原告が明らかに損害を被っていても事実的因果関係を証明することができない場合

=具体的に損害を惹起したのが誰であるかを証明することが困難かつ不可能である場合

ex)AさんとBさんが同時にCさんに発砲したが、どちらの撃った弾が当たってCさんが死亡したのかがわからない場合

 

@・Aのような問題が生じる原因・・・

「あれなければこれなし」の基準は単に被告の違法行為が原告に生じた損害の「必要条件」であることを述べているにすぎないため、「あれなければこれなし」の基準だけでは因果関係の範囲が広がりすぎてしまう

 

A相当因果関係

損害賠償の要件としての因果関係・・・被告による義務違反と原告の損害との間に、単に事実的因果関係があるだけでは足りない・・・相当因果関係の存在が必要

問題点・・・何が相当因果関係にあたるのか

確立した簡明な答えは存在しない

     日本の刑法

「あれなければこれなし」の基準の問題点を解決するために「因果関係の中断論」を用いるという学説もあるが、被告の行為時に(a)一般の通常人であれば認識することができたであろう事情と、(b)行為者が特に認識していた事情、を考慮したうえで相当性の判断をする説(折衷的相当因果関係説)が通説となっている。

 

D 不法行為の要件の将来と問題点

日常生活でわれわれがお互いに与え合っているリスクを制御するために、社会は合理的行動の基準を指示する規範を創り出した→不法行為法

不法行為法の要件のいずれか一つでも欠けている分野が多数存在している

 

1 無過失責任

(A)厳格責任

ある行為が他者に存在を惹起した場合、その行為が法的義務違反には該当しなくても、不法行為責任を負わなければいけない

ex)@建設会社が工事現場で発破する場合

  A消費者用の製品による傷害の場合

特徴 1 不法行為責任が道徳的非難の意味合いを持たないこと

    過失の有無を問わない。

    2 消費者の期待を保護することを目的としていること(Aの場合)

    製品の買手はそれによって傷害を被ろうなどとは期待していないから。

(B)救助しなかったことによる責任

ex)救助義務

コモン・ローの国々では救助義務は認められない。

例外:医者などの専門職業従事者

    海商法

 

現在の傾向

救助しなかったことによる責任を認める方向へ

→不法行為法の古典的理論では説明が困難

 

*日本の場合

例のような救助義務に関する不真正不作為犯が成立するには、その者が当然にその法益の保護に当たるべき地位(保護者的地位)にいることが必要なので、通りすがりの人間に対して救助しなかったことによる責任を認めることはできない。

2 懲罰的損害賠償

生じてしまった損害の費用を誰かが負担しなければならない法が過失による責任を問う理由

公平性の観点からして、違法行為者に損失を補償させるのがもっとも効率的

故意による不法行為ならば、現実損害を超える額を「懲罰的」に支払うことも可能ではないか。

―特に威嚇、暴行、不法監禁などの精神的苦痛を故意に与えるようなものは、過失で他者に

害をあたえるよりも道徳的に遥かに悪いことだから。

◎故意の場合以外に懲罰的損害賠償が認められるもの

         過失が重大である場合

         他者の安全に対する著しい無視があった場合   など

問題点:賠償額が予測不可能で莫大になりすぎる

 

3  因果関係なしの責任

自分自身に過失がないのに、違法行為者を特定できないというだけのために損失を自ら負担しなければならないこともある。

解決:両者に過失があるのなら、事実的因果関係を証明せずに責任を振り割る方式を採用

                              

                     因果関係なしの責任理論を創出

 

 

 

 

 

2 不法行為の経済分析の要素


A 不法行為法、所有権法、および契約法の間の区別

私的関係に介入する程度によって区別

・契約法

目的:個人が完全な私的関係を形成するのを支援すること

・不法行為法

目的:契約法を補完して損失の配分のルールを設定すること

適用状況:潜在的加害者と潜在的被害者が契約関係を形成することの費用が非常に大きい場合

明確な相違点:交渉費用の点で両極に位置

 

「契約法の諸ルールがその対象とするのは、事前の交渉費用が安価で、したがって、契約関係に入った人々の間の関係である。不法行為法の諸ルールがその対象とするのは、損害についての事前の交渉費用が高価で、それゆえ、契約関係に入ることのできないような人々の間の関係である。」

交渉費用を基礎として2つの法領域を区別することの利点

…契約法と不法行為法が不可避的に融合してしまう状況の存在

ex)@製造物責任

A黙示の契約(無意識の患者と医師)

交渉費用による区別が曖昧でどちらのルールで規正するべきかが争われている領域も存在

 

  因果関係と外部性

曖昧な因果関係の概念から厳密な数学的概念へ

=不法行為法における因果関係の考え方を経済学モデルの関数的関係に定式化し直す

 

<外部性を用いた定式化>

外部性・・・ある者の自発的行為が他の者にその同意なく与える費用

                     

       効用関数ないし生産関数の相互依存性

消費者から消費者への外部性」

 

「不法行為法において因果関係が存在するためには、経済学において外部性と呼ばれるような関数関係が存在しなくてはならない。」

 

C 損害と効用

不法行為法の損害の概念と経済学の損害の概念との関係付け

相互依存関係にある効用関数と生産関数の帰結を検討

 

5.1 損害と効用(p.350)

問題5.1

問題5.2

 

D 過失

古典的理論における不法行為は、不可避的に曖昧性が漂う。

しかし、不法行為法の経済分析では、被告に過失があるか否かを決定するための、もっと厳密な方法を提示できる。

 

不法行為法の経済分析における過失の概念

「記述的ないし実証的」側面

→法が潜在的不法行為者に課す注意義務のもたらす「行動上の帰結」をその主要な研究対象とす  る。

「規範的」側面

→明確に定義される経済的目標を設定し、それを達成するためにはどのような注意義務を課すのがもっとも合目的的であるかの観点から、原告に対して被告が「負うべき義務」の内容を決定する方法を提言しようとする。

 

不法行為責任のルールは、予防費用、事故費用、そして運用費用の合計を最小化するように構成されなければならない

 

以下では、規範的理論を詳しく扱う。

 

法的注意義務の経済分析

5.2 (テキストp.354)

不法行為者の費用の第一要素:予防費用wx(ただしwは予防にかかる単位あたりの費用であり、定数である)

第二要素:不法行為者の行為が他者に与える費用=期待外部費用p(x)A(ただしAは他者が被るであろう費用、pはその費用が実現する確率)

 

《仮定》

(1)事故の起きる確率は不法行為者の予防のレベルの減少関数である。

(2)事故が発生した場合に他者が被る損害の額は不法行為者の予防のレベルの減少関数である。

 

社会的費用SC=wx+p(x)A

 

社会的費用が最小化されるのは、行為者がwx+p(x)Aをできるだけ小さくするような予防レベルを選択した場合→x*

 

無責任ルール

 自己利益を追求する合理的意思決定者は直線wx に従ってのみ行動する。

 →適切な予防レベルを選択するインセンティヴが得られない。

  =「事故の件数が過大になり、他者に与える外部費用も非常に大きくなる」

 

過失責任ルール:図5.3(テキストp.358)

 ある特定の量の予防を講じることが義務として課される。

 =予防の法的基準が設定される。

  予防のレベルが許容区域と禁止区域のふたつに分割される。

  法的基準以上の予防(x≧x*)をする意思決定者は他者に与えた損害に対して責任を負わずに済むが、法的基準よりも少ない予防(x<x*)をする意思決定者は他者に与えた損害に対して補償的損害賠償をしなければならない。

 

 自己利益を追求する合理的な人にこのルールはどのような影響を与えるか?

 →私的費用を最小化するような予防のレベルを選択するであろう。

  =法的基準x*をちょうど満たす程度の予防を講じて責任を逃れようとするであろう。

 

 このモデルから導かれる最も重要な点

→完全賠償の仮定(x<x*のときの法的サンクション=惹起した現実損害)は、社会的費用最小化レベルの予防x*を講じるインセンティヴを行為者に与える上ではあまり本質的な重要性を持たない。

むしろ本質的なのは法的基準x*を遵守するとき、行為者の私的費用が最小化する程度にサンクションが十分に大きいという点のみ。

*図5.4(テキストp.359)

x*でグラフが最低となるかどうかが決定的に重要。

 

法的予防基準が予防の社会的費用最小化レベルx*一致しているという仮定を緩めたらどうなるか?

→過失を犯すより過失に陥らない方がはるかに安くつくので、法的基準の変化はそれに対応する変化を潜在的不法行為の予防にもたらすであろう。

 =社会的に効率的なレベルx*よりも法的基準が高かろうと低かろうと、潜在的加害者は法的基準の方を遵守しようとするであろう。

 

E 過失責任ルールの形態

《前提》

A:潜在的加害者

B:潜在的被害者

「両方の」当事者とも事故の起きる確率と損害の大きさを軽減するための予防を講じることができる。

Aのする予防:x(法的基準x*)

Bのする予防:y(法的基準y*)

 

単純過失:図5.5(テキストp.362)

 加害者の予防が法的基準より低い場合にのみ、加害者に事故の責任を課す。

被害者側の予防のレベルは全く問われない。

 x<x*→加害者に責任あり

 x≧x*→加害者に責任なし 

     よって被害者が事故費用の責任を負担することになる(残余責任)。

 

寄与過失:図5.6(テキストp.364)

 両方の当事者の予防的行動を法的基準に照らして評価する。

 寄与過失の抗弁(原告にも過失がある場合には、全く損害賠償を認めない)を認める。

x<x*かつy≧y*→加害者に責任あり

x≧x*またはy<y*→加害者に責任なし

 

*単純過失ルール・寄与過失ルールともに、たとえ両方の当事者に過失があっても、当事者の一方のみが事故の「すべて」の費用に対して責任を負う。

 

過失相殺:図5.7(テキストp.365)

 一方当事者のみに過失がある場合には寄与過失と一致する。

 しかし両当事者に過失がある場合には、それぞれの過失が事故に寄与した程度の割合に応じて、事故の費用を当事者で分配する。

 x<x*かつy≧y*→加害者に100%責任あり

 x≧x*     →被害者に100%責任あり

 x<x*かつy<y*→過失の割合に応じた責任

 

 過失割合をどのように算出するかが実践上困難となる。

 →当事者の現実の予防レベルと法的注意基準との差の割合、つまり(x*−x)/(y*−y)を計算する方法が簡単で、一般的。

問題5・3

 

さまざまな形態の過失責任ルールがあるが、効率性の点で違いはあるのか?

法的基準が効率的予防レベルに設定されているならば、すべての過失責任ルールは効率的予防を講じるインセンティヴを潜在的被害者にも潜在的加害者にも与える。

 その理由…

自己利益を追求する合理的意思決定者が自己利益を考慮すれば、いかなる過失責任ルールの下においても法的注意基準を選択することになる。

 つまり、被害者であれ加害者であれ、ほかの潜在的事故当事者は法的注意基準の要求するような効率的予防を講じる選択をするだろうと、自己利益を追求する合理的意思決定者は仮定する。この仮定を前提にすれば、合理的意思決定者自身のほうも効率的予防を講じることが合理的となる(ナッシュ均衡)。

問題5・4

 

裁判所や立法者、あるいは行政庁が法的基準を設定する際に、本当に効率的注意レベルを認定できるのか?

裁判所の適用するコミュニティの規範や法的合理性の基準が、どの程度効率的レベルと一致しているのか?

→ある裁判官が、法的注意基準を設定するに当たり、予防費用・便益分析を明示で行っている判例:合衆国対キャロル曳船会社事件(テキストp.369)

     艀の沈没とその積荷の滅失の責任は、タグボートの所有者にあるのか?それとも艀の所有者にあるのか?

     *L.ハンド裁判官

      「責任の有無は、適切な予防の費用負担Bが、艀が係留から離脱する確率Pと離脱した場合に与える損失の大きさLの積よりも小さいか否か、すなわちB<PLか否かで決まる(ハンド・ルール)」

問題5.5

 

F 厳格責任の経済分析

厳格責任・・・予防の程度に関わらず、加害者側に起こった損害の費用を負担させること。

予防の法的基準は、費用割り当ての際問題とならない。

つまり、どんなに注意を払っていて過失がなかったとしても事故が起こったときは責任を免れ得ないということ。

このようなルールの下で効果的予防を講じるには?

 

条件   ・損害賠償が「完全補償であること」

・加害者と被害者の間に「予防の一方性」の状況が存在すること

 

@     完全補償的損害賠償

→事故がおきなかった場合と、事故が起きたが補償的損害賠償を受けとった場合とで、両者が被害者にとって無差別となるようなレベルの損害賠償

   (事故がなかった時の状態=事故による被害+補償的損害賠償)

 

     厳格責任の下では、補償が「完全的」でないと潜在的加害者に非効率なインセンティヴを与えることとなる

 

A     予防の一方性

→事故に対する予防については、一方の当事者のみが問題となる

 

     厳格責任ルールでは、加害者の側だけ一方的に予防することとなる。よって、効率的予防が双方的である場合には、効率的予防のインセンティヴを与えられない。(被害者側に非効率なインセンティヴが生ずる。)

過失責任ルールの下では、被害者側の注意も必要。両当事者それぞれに注意基準

が設定される。お互いが一定の責任を負うインセンティヴに予防を講じる。

 

結論:厳格責任ルールの下では、損害賠償のレベルをどう調整しても、両当事者に効率的なインセンティヴを与えることができない。

唯一効率的といえるのは、完全補償レベルに設定されている際の、加害者に対してのみ。

問題5.6

問題5.7

 

G 過失責任と厳格責任の比較

     厳格責任・・・「追加予防の費用=責任を負う事故費用」となるとき、私的費用最小化

     過失責任・・・予防が完璧なら事故費用はゼロ。よって予防費用と事故費用はつり合わ

ないのが通常

 

 

<トピックス>

結論:ふたつの目標をひとつの変数で同時に制御することは不可能。

   ふたつの政策目標を達成するには、ふたつの制御要素が必要。

 

その他注意すべき点

     厳格責任は、事故の損失軽減のための開発努力を促す

     過失責任ルールでは、訴訟において過失の存在まで証明しなければならないのに対し厳格責任ルールでは、因果関係のみでよいため運用費用が安くつく

 

※これらの運用費用は社会的最小化の計算においても算入されなければならない。

問題5.8

 

H 曖昧な基準と不確実性

これまで見てきたルール→輝線ルール

現実:法的ルールは曖昧、予測不可能

◎法的不確実性に対して人々が自己の予防をどのように調整しているのか?

裁判所は純粋にランダム(無作為)な過誤を犯すと仮定

「純粋にランダム」とは、プラス方向の過誤の確率とマイナスの過誤の確率が同じだけあって、過誤の平均を取ればゼロとなるという意味

 

@賠償算定における過誤

→加害者にとっての期待賠償額には変化をもたらさない

理由:過大評価と過少評価の平均をとれば相殺しあうから。

よって期待費用最小化を追求する加害者は自己の予防レベルを賠償算定における過誤のゆえに変更することはない。

これはどの責任ルールにも妥当する

⇒「期待費用最小化を追求する加害者は、いかなる責任の下であれ、賠償額の算定や予測についてのランダムな過誤に対して自己の予防のレベルを変化させることはない」

 

A法的基準設定における過誤

→過失責任ルールの下では自己の予防のレベルを変化

理由:加害者がある特定の予防のレベルを採用した時、その予防レベルでは裁判所が過失として事故の法的責任があると認めるか無過失として責任を否定するか不確実だから

裁判所が予防レベル法的基準以上と判断→結果的には不必要な予防をしてしまった(しかし余分な費用はそれほど多くない)

                   以下と判断→法的責任発生、損害賠償を負う(費用大)→大きめの予防を講じるインセンティヴが生じる

⇒「過失責任ルールにおける法的基準設定のランダムな小さい過誤が存在する場合、加害者は予防レベルを引き上げるようになる」

問題5.9

問題5.10

 

I 運用費用と注文仕立てのルール

不法行為責任制度の経済的目標「不法行為責任ルールは、事故の社会的費用を最小化するように構築されなければならない。ここで事故の社会的費用とは予防の費用、事故損害の費用、および、運用費用の合計として定義される」

運用費用:事故の損害の費用を分配するために生じる費用

 

運用費用の分析

◎三つのルールにおける運用費用の比較

・責任なしのルール→事故損害の費用はそれを最初に被った者に負担させ、再分配することはない→運用費用はかからない

・厳格責任ルール、過失責任ルール→事故損害の費用を一定の条件の下に再分配する

→運用費用がかかる

⇒「無過失責任制度は運用費用を節約する反面、加害者の予防へのインセンティヴを阻害してしまう」

◎厳格責任ルールと過失責任ルールの運用費用の比較

・厳格責任ルール→原告は損害と原因だけを証明→運用費用安い

・過失責任ルール→原告は損害、原因、および過失のすべてを証明→運用費用高い

⇒「厳格責任ルールは裁判所の仕事を簡単化するので、過失責任ルールに比較して運用費用が少なくて済む」

しかし、厳格責任は加害者の行為によって損害をうけた被害者のすべてに対して損害賠償の権利を与える。過失責任は加害者の過失によって損害を受けた被害者だけある。

⇒「過失責任ルールは損害の費用を再分配する事件の範囲が厳格責任より狭いので、厳格責任ルールに比較して運用費用が少なくて済む」 

 

運用費用に影響するもう一つの要素

◎ルールが単純か複雑かの点とルール適用範囲の広狭

・単純なルール…簡単に主張立証できる事実を要件にするルール

・広範なルール…多くの異なる事件にまとめて適用されるルール

→十把ひとからげのルール

 メリット:コストがあまりかからない デメリット:インセンティヴを歪める

・複雑なルール…主張立証が困難な事実を要件とするルール

・狭いルール…限られた類似の事件にのみ適用されるルール

→事件ごとの判断ルール

 メリット:理想的な法的基準が得られる デメリット:コストがかかる

⇒「十把ひとからげのルールは運用費用を節約できるが、予防の限界費用と損害の限界減少(=限界利益)との関係を歪めてしまう。これに対し事件ごとの判断ルールはそれとちょうど逆の効果を有する。」

 

*法は事故損害の費用を分配するだけでなく、運用費用も分配する→第6章

問題5.11

問題5.12

 

J 保険

不法行為法の目的は、予防の費用、事故損害の費用、運用費用の総額を最小化すること

完備な保険は事故損害の費用と運用費用をカバーする

⇒「完備で完全競争的な保険市場においては、不法行為責任ルールは、予防の費用と保険の費用の合計を最小化するように構築されなければならない」

 

K 製造物による消費者事故:不法行為と契約の谷間

不法行為法…高い取引費用が惹起する外部性を内部化するもの

⇒事故発生以前には加害者と被害者が交渉して取引することができないほど取引費用が高い場合にあてはまるモデル

 

当事者間に市場が介在する場合、このモデルをどう修正するべきか。

生産者は消費者事故発生の確率を予測し、それを価格に反映させる。

一方で消費者の行動は、その所持する情報、賠償責任法制、市場によって決まる。

 

「責任なしのルール」の下の消費者の行動

単位あたりの生産費用と価格が一致

<消費者が完全情報を有する場合>

…最も効率的な製品を選択

<消費者が不完全な情報しか持たない場合>

…事故の期待費用を過大評価

→最も効率的な製品を選択するとは限らない

 

「厳格責任ルール」の下での消費者の行動

<消費者が不完全な情報しか持たない場合>

消費者が危険を過大評価しようと。過小評価しようと、あるいは無視しようと単位あたりの総費用の安い方を選択←厳格責任と完全競争のため

 

厳格責任を適用すると賠償責任の費用は価格に織り込まれている。

よって、消費者は情報が不完全でも効率的な選択をすることが可能。

 

問題点:運用費用の無視

被害者の側で予防を講じるインセンティヴが生じないこと

生産者が過剰に保険を購入してしまうこと    etc...

問題5.13

 

L 懲罰的損害賠償

定義:被告を罰するために原告に認められる賠償額

 

1いかなる要件の下に懲罰的損害賠償は認められるべきか?

被告の行動が悪意による場合、虐待といえる場合、重過失にあたる場合、故意の安全無視と言える場合、詐欺にあたる場合

 

2懲罰的損害賠償の額はいかにして算定されるべきか?

例)製造業者に対して補償的損害賠償をする厳格責任を課せば、効率的結果を実現できるか?で考える。

不法行為責任システムが完全→効率的結果実現

          不完全(強制の過誤があるとき)→実現しない

強制の過誤:被害者総数に対する補償を受けた被害者数の割合

→もし強制の過誤が二分の一だったなら、高レベルの品質管理から低レベルの品質管理に変更した方が生産費用を節約できるので、利潤最大化を求める製造業者は非効率な低レベルの品質管理を選択してしまう

⇒が、しかし懲罰的損害賠償付きの補償的損害賠償を採用することで帳消しにすることが出来る。

補償的損害賠償額を超える部分の賠償のこと…懲罰的損害賠償

強制の過誤を帳消しにするために補償的損害額にかけあわせる係数…懲罰係数

 

それを数学的に定式化してみます。

x=予防、その費用は単位当たりwドル

p=予防xの関数としての事故の確率、なお、p`<0かつp``>0

A=事故によって惹起される損害

L=事故が現実に生起した場合の加害者の責任額

M=懲罰係数

e=強制過誤

(黒板で説明します)


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