第6章 民事訴訟法の経済的効率性 第4節〜第6節

担当:岡、長沢、本田、山田 


4節 和解するべきかトライアルにいくべきか?

これまで見てきたのは、原告がどうして訴訟を提起するのか、ということであった。ところで、ほとんどの訴訟上の紛争はトライアル前に和解で終了している。にもかかわらず、裁判外で和解できずにトライアルまでいく事件が存在するのはどうしてであろうか?

ゲームの理論によって、合理的交渉者も紛争を和解できずにトライアルまでいってしまうことがある点を説明することができる。これにはいくつかの説明の仕方が考えられる。もっとも簡単なものは、両当事者にとってのトライアルの期待値の合計が和解の価値よりも大きいからトライアルが起きる、というものである。お互いの要求をどれだけ強硬にプッシュするかは、トライアルがどれだけ有利な判決を得られると考えているかによる。よってトライアルまでいってしまう原因の一つは、楽観主義であることになる。つまり、両当事者が共にトライアルで勝てると思っているなら、交渉でも両者は譲歩しようとしないであろう。

一般的に、楽観主義によってトライアルが起きるのは、楽観主義のためにトライアルの主観的期待値が大きくなって、協力による余剰が存在しなくなるからなのである。
このような考え方によってトライアルへいくという威嚇が、和解を勝ち取るために濫用されることを説明できる点については「トピックス<言いがかり訴訟>」を参照。

<トピックス> 言いがかり訴訟

ニューヨークの土地開発業者は裁判に訴えられて、建設の遅延を避けるためにいやいや和解することがある。このような訴訟が「言いがかり訴訟」の一例である。これらの訴訟の原告はトライアルまでいっても何か勝ち取れるとは期待していない。その意味では実体的利益はないが、それよりもむしろ原告は被告が自分たちを「金を払って追い払う」ことを期待して訴えを提起するのである。

では、言いがかり訴訟が可能となる条件はどのようなものであろうか?たとえば、トライアルの費用が、原告には1000ドル、被告にも1000ドルかかるとする。原告はトライアルまでいっても勝てる見込みがない。つまり期待判決額がゼロであるとする。
このような条件下では、和解せず、つまり原告になにも与えないことが合理的な解決である。(黒板でそれを示すことにする。)

では、数値を変更してみよう。トライアル費用が原告には1000ドルかかるが、被告には5000ドルかかるとする。原告の期待判決額は同じくゼロであるとする。被告にとってトライアル費用が大きいのは、先ほどのニューヨークの土地開発業者の例で考えると、トライアル費用5000ドルの中には、トライアル終了まで建設が遅延することによる間接費用や機会費用が含まれているからである。このような状況下では被告が合理的ならば、原告に金を支払ってこの言いがかり訴訟を和解で早期解決しようとするであろう。では、いったいいくら払うべきであろうか?(黒板にて解説する。)


5節 戦略

先ほどの説では非合理な楽観主義よって無駄なトライアルがおきてしまうことを説明した。しかし、不当に楽観的というわけではない当事者間でも無駄なトライアルが起きうる。そのような無駄なトライアルが起きるのは、交渉の戦略的性格に基づいている。これもゲームの理論によって説明できる。

交渉の戦略的側面を見るにはプレイヤーがハードとソフトの2つの戦略のいずれかを選択すると仮定するだけで十分である。ハードな戦略とは係争利益の60%を要求するような場合であり、ソフトな戦略とは40%しか要求しないような場合である。

原告と被告がどのような戦略をとるかで交渉の結果が決まってくる。当事者が和解するには、それぞれの要求を満足するように係争利益を分割することが可能でなければならない。これが可能となるのは、例えば、一方の当事者がハードな交渉をし、他方の当事者がソフトな交渉をする場合には、両方ともその要求を満たすことができる。

これについて利得行列を用いることで説明してみよう。(黒板にて)

以上のような議論から、交渉術の一つに、自分の手を自分で縛って譲歩できなくしてしまい、それによって相手方が合理的に自己利益を追求するなら譲歩するしかなくなるように持って行くという戦略があることが分かる。ここで重要な点は、当事者の一方が先に選択してハード戦略にコミットすることができれば、それによって次に選択する当事者にソフト戦略を無理やり押し付けることができる点である。ゆえに、2番目に選択する当事者が合理的である限り、トライアルは決して起きない。

しかしここでは、撤回不能なコミットメントが可能であることを前提としている。現実世界では、撤回不能なコミットメントが不可能である場合も多い。特定の戦略に撤回不能な形でコミットする方法が法で禁止されている場合が多いのである。

撤回不能なコミットメントが不可能なら、当事者は相手がどのような戦略を選択するかについて不確実である。そこで、この不確実性の状況をモデル化するために、各当事者は相手方のとる戦略を知ることなく、自分の戦略を選択するものと仮定する。ここには不確実性が存在する。

両当事者が同時に戦略を選択するゲームでは、どちらの当事者も相手のとる戦略を確実には知ることはできない。こうして、当事者が戦略を同時に選択すると仮定すれば、不確実性をモデル化することができる。

ゲームの理論によって当事者が同時に選択する場合の最適戦略を探求することができる。そして、この交渉ゲームの「解」を求めることもできる。しかも、和解とトライアルの頻度を計算することもできる。当事者のとりうる戦略はハードとソフトの2つだけである。そこでハード戦略を採用する原告の割合をpで表すことにする。したがって、ソフト戦略を採用する割合は(1−p)となる。また、この紛争では原告も被告と同様の状況に置かれている。そこで、被告のハード戦略を採用する確率をqと表す。したがって、ソフト戦略を採用する確率は(1−q)となる。利得行列と係争利得1000ドルとして、計算してみることにしよう。(以下の説明ならびに問題6.5をまたまた黒板で説明します)

問題6.5

まず、被告の期待値を求める。被告がハード戦略をとる確率をpと置く。したがって、ソフト戦略をとる確率は(1−p)となる。ハード戦略選択についての被告の期待値は、
0p+800(1-p)・・・@

次にソフト戦略採用の被告の期待値は
200p+500(1-p)・・・A
そして、ハード戦略の期待値とソフト戦略の期待値とが等しいなら、プレイヤーは戦略を変更しようとしないであろう。つまり、両方の戦略の期待値が全てのプレイヤーについて等しくなったときが均衡の達成されるときである。よって、被告にとってのハード戦略の期待値とソフト戦略の期待値とが等しいのは、式@とAとが等しいときである。

0p+800(1-p)=200p+500(1-p)
これを解くと、p=0.6 

同じように原告の期待値を求める。
ハード戦略をとる確率をq、ソフト戦略をとる確率を(1−q)とする。
ハード戦略選択についての原告の期待値は
0q+800(1-q)・・・B

ソフト戦略選択についての原告の期待値は
200q+500(1-q)・・・C

よって、0q+800(1-q)=200q+500(1-q)
これを解くとq=0.6 となる。
よって、トライアルが起きるのは両当事者がハード戦略を選択した場合であり、その確率は、
pq=0.6×0.6=0.36
である。よって、この新たな状況下では、先ほどの4%から36%に上昇する。

(b)この状況におけるトライアルの頻度はどのように変化するのであろうか。
被告のハード戦略採用の確率
   100p+600(1-p)
ソフト戦略採用の確率
   400p+500(1-p)
よってこれを解くと、p=0.25

原告のハード戦略採用の確率
   100p+600(1-p)
ソフト戦略採用の確率
   400q+500(1-q)
よってこれを解くと、q=0.25

したがってトライアルが起きる確率は、0.25×0.25=0.0625
である。よって、トライアルの頻度は4%から6.25%に上昇する。

(c)この利得行列について、均衡におけるpとqの値をs(係争利益の価値)、t(各プレイヤーにとっての訴訟費用)の関数として解く。

被告がハード戦略採用の確率は
   (0.5s-t)p+0.6s(1-p)
ソフト戦略採用の確率は
   0.4sp+0.5s(1-p)
よって、(0.5s-t)p+0.6s(1-p)=0.4sp+0.5s(1-p) より、p=0.1

同様にして原告がハード戦略採用の確率は
(0.5s-t)q+0.6s(1-q)
ソフト戦略採用の確率は
0.4sq+0.5s(1-q)

よって、(0.5s-t)p+0.6(1-q)=0.4sq+0.5s(1-q) より、 q=0.1
したがって、p=q=0.1となる。

また、訴訟費用を当事者間でどのように分担させるかのルールによって、トライアルにいくかどうかの意思決定が影響を受ける点についての簡単な議論について、次のトピックスで説明することにする。

<トピックス>訴訟費用敗訴者負担の方がよいか?

イギリスの訴訟では、紛争がトライアルにいたる割合が合衆国でよりも小さい。イギリスの手続ルールでは、敗訴者が勝訴者の訴訟費用も負担しなければならない。これに対し、アメリカ合衆国では各当事者が自分の訴訟費用を自分で負担しなければならない。

アメリカ合衆国の多くの裁判所では、「和解の提案」と呼ばれるものが採用されている。これは、実質的には上記のイギリス流のルールを採用したものに他ならない。そして、この制度は結局のところ、ハードな交渉に対して制裁を課そうとするものである。

問題6.6

トライアルの起きる理由が、当事者が勝訴について楽観的過ぎるからである場合、お互いが勝訴できると思っており、勝訴した場合により高額の価値を獲得できる方のルールがトライアルに至りやすい、と思われる。

よって、イギリスのルールでは勝訴した場合には訴訟費用はかからず、さらに勝訴による価値ももちろん獲得できる。よって、イギリス流のルールの方がトライアルに至りやすい。

問題6.7

被告の方が原告よりトライアル費用が大きい場合のみ言いがかり訴訟は可能となる。よって、訴訟費用を訴訟の敗訴者が全て負担する、と始めから決まっているイギリス流のルールの方が言いがかり訴訟をもたらしやすい。

問題6.8

問題文にある、戦略的行動、とは当事者がハード戦略をとるかソフト戦略をとるか、ということである。イギリスのルールによると、訴訟費用を敗訴者が全て負担する。一方アメリカのルールでは、訴訟費用は自己負担である。これが戦略的行動にどう影響をあたえるであろうか。

戦略的行動をとろうとする当事者にとっては、「和解の制度」を制度として定められているアメリカ流のルールは、和解に向けてのよい指針になるであろうし、戦略的に行動しようとする際に有効な制度となりうる。一方イギリスの制度は訴訟費用を敗訴者が負担する、ということであり、戦略的行動をとろうとする当事者にとってはそれほど影響がないように思われる。よって、アメリカ流のルールの方が訴訟を減少させると思われる。


6節 訴訟と情報

A 情報の交換

法的紛争の当事者たちは、法が要求しない場合にも、自分の持つ情報を自発的に交換し合うものである。交換された情報は「共有の情報」となる。

情報の共有については、それが強制による場合と自発的な場合との関係について2つの点が問題となる。第一の問題点は「自発的な情報の共有は訴訟外の和解を促進するか?」、第二の問題点は、「強制的な情報の共有は、自発的な情報共有で達成される以上の和解を促進するか?」、である。

まず、自発的な情報の共有についてである。一般的に言って、「当事者は相手方の相対的な楽観主義を是正するために、トライアル前に自発的に情報を開示する傾向にあり、それによって和解を促すことになる」のである。

トライアルが起きるのは両当事者が訴訟結果についてお互いに楽観的で、相手の呑める内容の和解をするくらいならトライアルにいく方を選考するからである。両当事者がお互いに楽観的な場合、どちらかが誤った情報を持っていることになる。トライアル前に情報を共有することで、楽観主義を是正でき、その結果和解を促進することになる。さらに、自分の持つ情報を開示することで、当事者は和解内容をより有利にする可能性をも大きくできる。このように、効率性(トライアル費用の節約)と再分配(交渉における立場の強化)の両方が、相手方の誤った楽観主義を是正するような事実を自発的に開示するインセンティブをもたらすのである。

また、同様に「当事者は相手方の相対的な悲観主義を是正するような情報の開示は差し控えるものであり、そのこともまた和解を促進する機能がある」のである。両当事者がお互いに悲観的な場合、少なくともどちらか一方は誤った情報ないし不十分な情報をもっていることになる。自分の持っている情報を開示し相手方の誤った悲観主義を是正すると、開示した方は、相手が受諾するであろう訴訟外の和解の内容よりも不利になってしまう。このことから、相手方の誤った悲観主義を是正するような情報の開示を差し控える強いインセンティブが存在するのである。

以上、自発的な情報の共有は、誤った楽観主義を是正する傾向はあるが、誤った悲観主義は是正しない傾向にあること、および、この2つの傾向は共に訴訟外の和解を促進されることを説明してきた。

次は、強制的情報開示を検討する。ここで強制的情報開示とは、一方当事者が秘匿していた情報を他方の当事者が何らかの方法で無理に発見する場合のことである。そして、当事者が秘匿する情報は、相手方の誤った悲観主義を是正するような情報である。

合衆国で用いられる「ディスカバリー」とは、相手方の持つ情報を強制的に開示させるトライアル前の手続きのことである。(ここではディスカバリーは相手方の持つ情報を無理に開示させることである、とする。)

誤った悲観主義を是正すれば、交渉の際に不必要な譲歩をしてしまう確率を減少させることができる。一般化すれば、当事者たちは自分の側の悲観主義を是正するような情報をディスカッションによって発見しようとするものであり、それを通じて訴訟外の和解の内容をより有利にすることができるようになる、ということである。

当事者が相手方の秘匿している情報をディスカバリーで発見できれば、それによってもたらされる情報の共有が不確実性と疑心暗鬼を減少させ、その結果訴訟外の和解の可能性が高まる。反面、より有利な和解内容を要求するように仕向ける情報をディスカバリーで発見する場合には、訴訟外の和解の可能性が減少する。

よって、自発的開示が到達するであろう和解以上にディスカバリーが訴訟外の和解を促進するか否かは一概に言えないことである。

B 社会的費用の最小化

これまで論じてきた情報の自発的共有と強制的共有の対比を、運用費用と過誤の費用の合計の最小化を図るという社会的目標に関連付けてみよう。情報の自発的共有はトライアルを回避させ、それにより運用費用を節約し、さらに自発的な情報交換はトライアルの期待判決額と和解内容とを乖離させるような計算の過誤を是正し、その乖離が小さくできれば、過誤の費用も小さくなる。よって、「情報の自発的共有は通常、運用費用と過誤の費用という社会的費用の要素の両方ともを減少させることができる」のである。

一方、情報の強制的共有は、上記のようにゲームの理論からはディスカバリーが和解を促進するか阻害するかについて一般的な形では予見できない。トライアルにまで至る場合には、トライアル前のディスカバリーで争点が絞られるので、トライアルは簡易迅速となる。しかしながら、ディスカバリー自身の費用を相殺して余りあるほどトライアルの費用をディスカバリーが減少させるかどうかは定かではない。つまり、運用費用を減少させるか否かは結論を出すことができない。

次に、過誤の費用について、ディスカバリーは和解内容を期待判決額から乖離させるような計算の過誤のいくつかを是正することができる。ディスカバリーは和解内容と期待判決額との間の乖離を小さくするので、「ディスカバリーは過誤を通常は減少させる」と結論することができる。以上をまとめると、情報の強制的共有は社会的費用の一つの要素(過誤の費用)を減少させるが、もう一つの要素(運用費用)を減少させるかどうかは分からないのである。


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