中絶と所有

2003.05.19
府内 岡村 若山 岡元

《堕胎と中絶》

堕胎

「堕胎」…自然の分娩期に先立って、人為的に胎児を母体外に分離、排出させること

堕胎行為に関する法律
刑法212条 自己堕胎罪
  213条 同意堕胎罪
  214条 業務上同意堕胎罪
  215条 不同意堕胎罪
→刑法は胎児の生命を保護するという建前にたっているが、実際堕胎罪で処罰される人は皆無。なぜか?
→母体保護法があるから

母体保護法

 1948年 優生保護法…合法的に優生手術や人工妊娠中絶ができる適用事由を規定。
       1条から優生思想に立脚していることがわかる。
→優生思想排除のために
1996年 母体保護法
→ではなぜ母体保護法があれば堕胎罪で処罰されないのか?
→経済条項

中絶

「中絶」…胎児が、母体外において、生命を保持することができない時期に、人工的に胎児およびその付属物を母体外に排出すること(母体保護法2条2項)
合法的に人工妊娠中絶を行うことができるのは
妊娠の継続または分娩が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるとき(母体保護法2条2項)
暴行や脅迫などによって拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したとき(同14条1項2号)
胎児が母体外で生命を保持できる前(妊娠22週未満)に限る。

経済条項が緩やかに解されて、望めば誰でも中絶できるという状態になった。
→外国から「中絶天国」と呼ばれるように


《中絶論争の展開》

*中絶反対派(カトリック)
・ 胎児の生命権〜胎児も受精の瞬間から人間
・ 女性にあるのは自己の生命を防衛する権利のみ
・ 中絶は自己決定権の範囲外

*中絶肯定派(を何らかの形で)−「胎児は人間である」といえない場合があり、その間の中絶を肯定する説
<接合子と人間を分ける境界線を考える> ←科学的事実から
・誕生
・子宮外での存在可能性
・胎動初感

パーソン論−生物学的意味の「ヒト」と固有の生命権を持った「人格」を分ける境界線を考える> ←道徳的次元から
・自己意識の存在(トゥーリー)
・社会的意味でのパーソン(エンゲルハート)

*中絶擁護派
ジュディス・トムソンの論文『中絶の擁護』より
「朝、目が覚めると、あなたは病院のベッドにいて、隣のベッドの意識不明の男と繋がれている。この男は有名なバイオリニストで、致命的な腎臓病であり、彼が生き続けるには彼の循環システムを誰か同じ血液型の人の循環システムに挿入するほかない。そこで音楽愛好家協会があらゆる調査をして、彼と血液型が適合するのはあなただけだとつきとめ、あなたを誘拐し、2人を繋いだのである。あなたの腎臓は自分の血液から毒素を除去する役目を果たしているが、それと同時に今、彼の腎臓から毒素を除去する役目も果たしている。彼をあなたと切り離せば、彼は死んでしまう。しかし9ヶ月繋がれていれば、彼は回復し、あなたと切り離して1人でも生きられるようになる。」
⇒「あなたがバイオリニストに腎臓を貸す義務は無い。もしあなたが彼にあなたの腎臓の利用を許すならそれは親切にすぎない。」
⇒他人の身体を使用する権利は、たとえ他人の身体を使用しなければ死んでしまうとしても、生きる権利には含まれない。 


《出生前診断》

・もともと、胎児の生理的、病的状態を判断し、妊娠中の母親と胎児の身体を守り、胎児が生後、重い病気にならないように予防するために行われていた。
・胎児由来の細胞、組織を子宮外に取り出し、その染色体、DNAの異常の有無を知る。

○主な診断方法
超音波診断、羊水検査、トリプルマーカーテストなど

☆出生前診断は中絶に至る可能性がある検査である。
母体保護法では胎児の障害を理由とした中絶は認められていない。しかし実際には、条文を拡大解釈して実施されている。

☆最近では、医療機関が積極的に映像診断装置を導入。
妊娠3ヶ月頃から診断を受けさせる体制をとっているところが増えている。
          ↓
このような受け皿の普及により、医療を受ける側にどういう問題が起きるのか?
 
*出生前診断を否定する理由
・ 出生前診断により、発育状態をみるといっても結果として障害の有無を調べる。障害児が産まれないようにすることは、現存する障害者の否定につながる。
・ 誤診の可能性がある。
・ 効率主義(育てて展望の無い生命は医療の対象から外していく)につながってしまう。
・ インフォームド・コンセントが不充分である。私達は「可能性、確率が高い」という言葉に弱い。また医者の障害への知識量は充分でない場合が多い。

*出生前診断を肯定する理由
・ 出生前診断の否定は、女性の検査を受ける権利・自由を奪い、女性自身の自己決定権を否定している。
・ 自分が負う負担を知る権利はある。
・ 出生前診断を否定しても障害者に対する差別が無くなるわけではなく、ほかの方法で差別や偏見を取り除くことを目指すべき。

⇒どこまでが自らの意思で決定できる問題か見極めが重要。


《胎児条項について》

母体保護法を改正しようという動きがあり、その案に「胎児条項」を設けるというものがある。

胎児条項を設ける”とは・・・
 胎児に重い障害や病気がある場合に人工中絶してもよいということを、法律の中に明記すること。
                    ↓
つまり、中絶の理由の条件に、「胎児にその時代の医療水準で不治または致死的と認められる著しい疾患にかかっている可能性が高いもの」という条項を加えること。

*賛成意見
・ 重い疾患のある胎児の中絶は、母親の幸福追求権の範疇に入る。
・ この場合の中絶をする時、経済的理由という名目に依存するべきでない。

*反対意見
・ 出生前診断とその後の中絶についてガイドラインは必要だが、胎児条項まで必要だというのは、議論のすり替えだ。
・ 胎児に異常があるから中絶が当然、と法律で保護する必要はない。
・ 国家による障害者への差別だ。
・ 国家レベルの間引き(優性)である。障害者をケアするための福祉にかかる税金の節約が、行政側の目的だ。

○外国における胎児条項
・ フランス;生命倫理法で厳しく規制。特別に重い病気の検査に限定。実施には保健                       省の認可が必要。
・ イギリス&アメリカ;法的規制を行っていない。インフォームド・コンセントと患   者自身の意思決定を重視。
・ ドイツ;1994年に胎児条項廃止。障害者差別に配慮するという理由で。

⇒先進諸国の法律に胎児条項があるというのは間違いである。


《今回の論点》

@ 胎児は私のものか
A 母体保護法に胎児条項を加えるべきか
B 中絶は認められるべきか


《参考資料》

* 中絶費用と方法
妊娠週 
費用
手術方法

〜12週6日まで
(初期中絶)
8〜10万円
子宮内容除去術
・ 掻爬法(器具で胎児を掻き出す)
・ 吸引法(胎児を子宮内膜ごと吸引する)
手術自体は5〜10分程度。
日帰りも可能。

13〜20週6日
(中期中絶)
30〜60万円
3〜4日の入院が必要。
人工的に陣痛を起こさせ出産させる。
(時間を決めて劇薬扱いの薬を挿入。1日の使用量は決められており、2日に及ぶこともある。)
役所に死産届を出し、処置費用とは別に埋葬(火葬)費用も必要。
▼中期中絶は母体への負担が大きく、危険が伴う。


《参考文献》

大谷實『いのちの法律学』(悠々社、1999年)
石原明『法と生命倫理20講』(日本評論社、2000年)
荻野美穂『中絶論争とアメリカ社会 身体をめぐる戦争』(岩波書店、2001年)
ロナルド・ドゥオーキン『ライフズ・ドミニオン』(信山社、1998年)

《参考ホームページ》
刑法における胎児の生命権保護と中絶の問題
 http://www5d.biglobe.ne.jp/~chirubak/zemiron.html
出生前診断 http://www.premama.jp/dbs/exam/law.html
胎児条項Q&A http://www.arsvi.com/0w/tm01/kodo.html


Copyright (C) 2000-2005 大阪市立大学法哲学ゼミ
http://www42.tok2.com/home/takizemi/

2003年度スケジュールに戻る