Mitsui Laboratory66■ 研究背景 分子は普段、エネルギー的に最も安定な基底状態(S0状態)で存在しています。その分子が光エネルギーや化学エネルギーなどのエネルギーを外部から獲得すると、励起状態とよばれる高エネルギー状態に変化し、発光・エネルギー移動・電荷移動などの様々な興味深い現象を示します。太陽光が降り注ぐ自然界では、はるか昔から分子の励起状態を光合成の初期過程で巧みに活用し、生物にとって欠かせない酸素や有機物を産み出してきました。一方、人類による励起状態の活用は現在急速な発展を続けており、LEDやレーザーなどのオプトエレクトロニクス、太陽電池や光触媒、フォトンアップコンバージョンなどの光エネルギー変換材料、光免疫療法による癌治療や細胞活動の光機能操作など、人類にとって非常に有用な多岐にわたる用途で活用されています。 当研究室では、π電子系有機分子や金属クラスター、そしてこれらを融合させた革新的な機能性ナノ物質を研究対象とし、それらの「光物性や励起状態(励起子)過程の解明」に取り組んでいます。また、それらの物質を「低エネルギーな光子(長波長の光)をそれよりも高エネルギーな光子(短波長の光)へと変換するフォトンアップコンバージョンへと応用」し、太陽光の利用効率を向上させることにも挑戦しています。そのような基礎研究を通じて、エネルギー・環境問題の解決に理学的な立場から貢献したいと考えています。配位子保護金属クラスターとよばれるナノ物質を主な研究対象とし、それらの“励起状態の化学”の解明に取り組んでいます。また、それらを“フォトンアップコンバージョン”へと応用し、太陽光の活用効率を大幅に向上させることに挑戦しています。そのような基礎研究を通じて、エネルギー・環境問題の解決に理学的な立場から貢献したいと考えています。■アップコンバージョン三重項―三重項消滅(TTA=Triplet-Triplet Annihilation)に基づくフォトンアップコンバージョン(TTA-UC)は、分子の励起三重項状態(T1状態)を効率よく生成する物質(=増感剤)と蛍光を強く発する物質(=発光体)を組合せ、長波長の光をそれよりも短波長な光に変換する手法です。現状では、TTA-UCは太陽光程度の光強度で機能する唯一のアップコンバージョン機構であり、例えば、TTA-UCによって太陽光に豊富に含まれる近赤外領域(>700 nm)の光を可視光に効率よく変換できれば、太陽電池や光触媒などの光エネルギー変換材料の効率の大幅な向上につながることが期待されます。 溶液中におけるTTA-UCのメカニズムは次のように説明されます。まずS0状態にある増感剤が長波長の入射光(hνa)を吸収することにより増感剤の励起一重項状態(S1状態)が生成し、その後、項間交差(ISC)を経てT1状態になります。このT1状態の増感剤とS0状態の発光体の間で三重項エネルギー移動(TET=Triplet EnergyTransfer)が起こり、発光体のT1状態が生成します(=三重項増感)。このT1状態の寿命はマイクロ秒(10-6s)〜ミリ秒(10-3s)と励起状態の寿命としてはかなり長いため、それらは拡散を通じて出会い、TTAを起こして片方がエネルギーの高いS1状態、もう片方がS0状態に戻ります。このようにして生成したS1状態の発光体が入射光(hνa)よりも短波長の蛍光光子(hνf)を放出し、フォトンアップコンバージョン(=より高エネルギーな光子への変換)が達成されます。波長の長い(低エネルギーな)近赤外光を波長の短い(高エネルギーな)紫外・可視光へ変換するためには、S0状態からT1状態への遷移(スピン禁制遷移)を起こしやすい増感剤を利用してISC過程におけるエネルギーロスを抑制することが有効ですが、このような特性を有する増感剤は、一部の重金属錯体や有害元素を含む半導体ナノ粒子に限られていました。三井研究室
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