はじめに
私たちは、毎日、多くの失敗を重ねながら生きている。家を出るとき財布を忘れたり、電車に飛び乗ったら行き先違いだったり、間違い電話をかけたり、会議に遅刻したり、机の角に腰をぶつけたり、料理を焦がしたり。読者の中には、酒を飲んで失敗したという知人を持っている人や、結婚相手の選択に失敗したと後悔している人もいるかもしれない。私はなぜか犬の糞をよく踏んづける。
失敗が人の命を奪うこともある。日本では交通事故で毎年一万人くらいが死んでいるが、その最大の要因は「ヒューマンエラー」(人間の失敗)である。悲惨な航空機事故、原発事故、科学プラント事故、仕事中に怪我をしたり死んだりする労働災害、意外と多い家庭内の事故の大部分もヒューマンエラーによって起きる。病院で手術をする患者を取り違えたり、薬の代わりに消毒液を点滴されて亡くなった人もいる。
日常のちょっとしたミスと、事故原因となるエラーは本質的には同じものである。
本書は、人間の失敗(ヒューマンエラー)について理解する手がかりと、対策を考えるためのヒントを提供することを目的に書かれたものである。対象とする読者は、企業の安全担当者、デザイナー、経営者、勤労者、医師、看護婦、主婦、家事手伝いのお嬢さん、母親、父親、自動車ドライバー、歩行者、鉄道・航空機・船舶・バスの運転・運行に関わる人と乗客になる人、普段からミスが多くて何とかしたいと思っている人、自分は決してミスをしないと誤解している人、ようするに「すべての人」である。
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