〔現地報告〕 韓国の宗教系私立学校
- 公教育における位置づけ -
---------------------------
1 はじめに
2 韓国の公教育 : 概観
3 宗教系私立学校の事例
4 おわりに
---------------------------
1 はじめに
韓国の中等教育において独立後,「平準化」と呼ばれる教育改革が行われた。公立学校のみならず私立学校まで含めた学校群へ抽選で入学者を振り分けるというこの入試改革は,公教育のあり方をドラスティックに変容させ,耳目を集めた。日本でもすでに紹介されてきたが,1)本稿では,これまであまり注目されることのなかった宗教系私立学校に焦点をあて,そこでの宗教教育の実態をみてゆきたい。
宗教系私立学校が特に注目されるのは,平準化によって生徒の学校選択の自由が制限されたからである。いわば「準公立学校化」した宗教系私立学校において,どのような宗教教育が認められ,また実際に行われているのか,さらには宗教系私立学校が公教育全体のなかでどのような位置を占め,どのような役割を果たすようになったのか究明することは,比較教育学研究の重要テーマである公教育と宗教ならびに宗教教育の関係を考察するうえで,有益な知見と示唆をもたらすものとなろう。
本稿ではそのための手掛かりとして,限定的ではあるが釜山市で行った現地調査に基づき,宗教系私立学校の事例をみてゆきたい。いずれの学校でも,それぞれの宗派の教義に基づく宗教教育がさかんであり,生徒の入信・改宗や一部保護者からの反発などがみられ,興味深い。まず韓国の公教育と平準化について概観したのち(2章),順に各学校をみてゆくことにする(3章)。
2 韓国の公教育:概観
(1) 学校制度
1945年の独立後,韓国は6・3・3・4制の学校体系をとってきた。
6年制の初等段階は1953年に義務化され,1959年にはすでに就学率96%を達成した。このうち私立の占める割合は,学校数,生徒数ともに1%台にすぎず,この段階ではほとんどの者が公立学校に通っている。なお1995年の教育法改正により,日本植民地時代から使われていた「国民学校」という呼称が「初等学校」に改められた。
3年制の前期中等段階(中学校)への進学率は1983年には98%をこえており,実質的に全員就学が実現しているが,無償制を前提とする義務制の導入は,財政負担の問題もあり,段階的に進めざるを得なかった。1985年に島嶼や僻地から開始され,順次,全国への拡大が目指されている。私立の占める割合は,学校数で26%,生徒数で24%であり,初等段階と異なり私立学校が果たしている役割は小さくない。
これに続く3年制の後期中等段階(高等学校)への進学者は,1970年に当該年齢人口に占める比率が30%であったのが,その後急速に上昇し,1980年代前半に80%を突破,1994年には94%に達している。この段階では私立学校の役割はさらに大きく,全体の6割を占める。
高等教育(大学)の修業年限は一般に4年,医学など一部の専攻は6年である。大学数は約130(うち私立80%),学生数118万8千人(同75%),教員数4万5千人(同72%)である。首都ソウルへの集中度が高いことや,私立の占める比率が高く,大学大衆化において私立大学が大きな役割を果たしてきたこと,理科系は国立大学,文科系は私立大学という傾向などが特徴である。
なお中央の教育行政機構は,1996年の改組後,教育部の長官と次官の下に企画管理室,初中等教育室,高等教育室,教育政策企画局,地方教育行政局,平生教育局,教育情報管理局が置かれている。
(2) 受験競争の過熱と入試改革
韓国では高学歴志向とそれによる激しい受験競争がさまざまな弊害をもたらしている。独立後の主な教育改革は,こうした問題への対策としてなされたものであった。平準化も,その主要な対策の一つである。
賃金格差などに顕著な学歴優先の社会風潮や親の過剰期待によって,韓国では多くの生徒・児童が過度の受験競争に駆り立てられてきた。その結果起こった行き過ぎた詰め込み教育,小学校や中学校の予備校化,学校間格差の拡大と序列化,浪人の急増,挫折感や敗北感による非行や自殺,学院(塾)や家庭教師に要する家庭の過重な教育費負担といった現象は,日本の教育が経験してきた問題と似ている部分が多い。
しかしこれらの問題への対策のなかには,1980年からの「課外授業」(塾や家庭教師による授業)全面禁止のように,日本で講じられてきたよりはるかに直接的かつ大胆なものが少なくない。こうした教育政策は,大統領を中心とする中央集権制のもとではじめて実現できたと考えられる。たび重なる朝礼暮改式の改革が教育現場の混乱を招き,2)生徒や親が対応に苦慮してきたことも事実であるが,その一方で,中学校と高等学校の入試改革(平準化)に代表されるように,日本ではみられない画期的で総合的な教育改革が強力な徹底性をもって進められ,韓国教育のなかに定着して一定の役割を果たしてきたことも否定できない。
ここで中学校と高等学校での入試改革実施の過程を概観したい。中学校で比較的自由な競争試験による選抜が行われていた1960年代前半には,中学校が一流校から五流校まで序列化され,一流国民学校に生徒が集中しており,中学進学競争が過熱していた。これに対する教育当局の改革は,次のようなものであった。
・公立・私立をとわず総ての中学入試を撤廃し,「学校群」を設置して,抽選で入学者を決定する(1969年度にソウルで実施。順次拡大し1971年度から全国で実施)。
・公立・私立をとわずいわゆる一流校を廃校にし,その施設は高等学校に転用する。
この改革のねらいは,私立学校まで含めて生徒や両親の学校選択権を制限することによって学校間格差を是正し,ひいては国民学校教育を正常化することにあった。この中学入試撤廃・無試験抽選入学制は,その後曲折を経ながらも定着し,中等教育機会を国民に等しく配分する上で大きな契機となったといわれる。
しかしその一方で,過熱した受験競争は解消されることはなく,国民学校から中学校へ持ち込まれることになった。都市部の中学校では,無試験で入学してくる学力差のある生徒に対して能力別学級編成をとることが多く,生徒たちは学級編成のためのテストに備えて学院に通うようになった。また高校進学競争が過熱した。そこで教育当局は,上と類似の手法による高校入試改革を導入した。公立・私立をとわず総ての高校(実業系高校は除く)は一律に各市・道の数個の学校群に分けられ,生徒は自己の所属する学校群にしか志願できなくなるとともに,いわゆる「一流校」は各学校群に分散された。そのうえで統一試験が行われ,合格者は志願した学校群内の学校へ抽選で振り分けられることになった。これは高等学校の「平準化」と呼ばれ,1974年度にソウルで導入され,順次全国に拡大された。
これ以降都市部の学校間格差は解消に向かうとともに,高校進学率は順調な伸びを示しており,この入試改革は,中等教育改革において一定の役割を果たしてきたといわれる。3)ただしこのことは,過熱していた学歴志向の解消を意味しない。むしろ,いわゆる二流・三流校であった高校から名門大学への進学可能性が高まったことで,かえって大学入試競争の裾野が広がったともいわれる。またこれに加え,ドラスティックな改革にともなう問題も少なくなかった。特に宗教系を含む私立学校に関わる問題を,次にみていきたい。
(3) 平準化と宗教系私立学校
国民の総てに開かれているべき中等教育を格差のないものにしようとした平準化は,必然的に私立学校の「準公立学校化」をともない,さまざまな問題を招来した。その一つは学校財政である。授業料の公立並引き下げを求められたにもかかわらず,これに対する援助をほとんど保証されなかったため,財政難に陥る学校が少なくなかった。
さらに,それまで私立学校に関して保証されていた,生徒(両親)の学校選択の自由と,独自に入学者を選抜・決定する学校の権利とが奪われた。このことは,宗教系私立学校の場合,特に注目すべきことといえる。入学者の振り分けは機械的に行われ,生徒の宗教は考慮されないため,宗教系私立学校に,宗派の異なる生徒も振り分けらることになるからである。実際にキリスト教系学校に仏教の生徒が入学するケースや,その逆のケースが少なくない。
このように,異なる宗派の者も含め,選択の余地なく入学してくる生徒に対し,キリスト教系や仏教系の中学や高校の多くは,その教義に基づく宗教教育を,日本の宗教系学校と同等かそれ以上に熱心に行っている。次章でみるように,そうした学校での宗教教育の結果,入信・改宗する生徒も少なくない。しかもこうした入信・改宗を主要な教育目標としている学校もある。その一方で,宗教教育を行うことやその内容についての苦情や批判が,両親や保護者から学校に寄せられることも珍しくない。次に,現地調査を行った釜山市の事例のなかに,こうした宗教系私立学校の実態をみてゆきたい。4)
3 宗教系私立学校の事例
(1) プニエル高等学校
プニエル高等学校は1958年に,ロスアンゼルスに本部をおく長老派の宣教組織"Voice of China and Asia"によって設立された。5)同校は男子高等学校であるが,同じ敷地内に「プニエル女子高等学校」「芸術高等学校」「芸術中学校」の3校が併設されており,講堂などの施設を共有している。
教員は全員が熱心なキリスト教信徒である。また4校に8人の専属牧師がおり,後述する「宗教」の授業や生徒指導,礼拝その他の宗教的行事などに携わっている。牧師の部屋の隣には,カウンセリングのための部屋が置かれている。また校舎の最上階に祈祷室がある。
金容達校長は,生徒に「信仰を吹き込むこと」がプニアル高校の教育目標であると述べた。6)そのために行われている宗教教育活動には次のようなものがある。
全学年に週1回「宗教」の授業が行われ,牧師が担当している。受験準備のため,宗教系学校であっても高3の時間割からは「宗教」をはずす学校が多いなかで,プニエル高校は釜山市内でも有数の進学校でありながら,あえて高3にも「宗教」の授業を行っている。しかもこの「宗教」は「教養選択科目」であり,規定では他の科目も用意し生徒が選択できるようにしなければならない7)ところを,プニエル高校はこれに従わず,「宗教」以外の科目は用意していない。このため生徒全員が「宗教」を履修することになっている。
授業以外の宗教的活動としては,毎朝10分間の礼拝が行われる。司式は教員や牧師が行い,生徒は各教室で,ビデオのモニターを通じて礼拝に参加する。年間行事としては,復活祭,クリスマス,感謝祭のほか,布教を目的とした集会が5月頃に3日間にわたって開かれる。これは "Born Again" と呼ばれ,内外から講師を招いた講演会などが行われる。毎年この集会の後には,「キリスト教徒になりたい」「牧師になりたい」「社会に出てボランティアをしたい」と言う生徒が出るようになる。この集会はプニエル高校が特に力を入れている宗教的活動とみられ,卒業生から「最も思い出深い」「また参加したい」という声がしばしば聞かれるという。
有志の活動としては,毎水曜の昼休に講堂で賛美歌を歌う集まりがある。また各クラスから一人ずつ「宗教長」という役割の生徒が選ばれており,年1回研修を受けている。
上述のような授業や行事など一連の宗教的活動の結果,生徒は問題に直面したときに祈祷や礼拝に向かうようになると金校長は述べた。また1クラス50人の生徒のなかで,入学時にはキリスト教の信徒は平均7人程度であるが,卒業時には50%が信徒になるという。この数字を信頼するなら,入学時には仏教などキリスト教以外の信徒であった者が,プニエル高校の宗教教育を通じてキリスト教へ改宗するケースが毎年一定数あると考えられる。
こうしたプニエル高校のキリスト教布教への積極的な取り組みは,釜山市内の高校のなかでも際立ってはいるが,それでも平準化や近年の教育部の指導の結果,以前よりもキリスト教的な特色は抑えられるようになったという。例えば上述の"Born Again"という行事は,以前は3日間を通して全日行われていたが,キリスト教徒でない父兄からの反発や教育部からの指導などに対応して,午前中には通常の授業を数時間行うようになった。生徒全員への参加強制にも抵抗があるが,現在は100 %参加させているという。また「宗教」の授業についても,規定に従った選択制をとるように教育部から指導を受けているという。
ところでプニエル高校はかつて共学校であり,平準化後に男子校へと転換した。これは,女子校への進学を希望していた女子生徒や父兄から入学後に不満がでるのを回避するためであった。平準化は,私立学校であるプニアル高校に,宗教以外の面でも影響を及ぼしたということができよう。
(2) 海東高等学校
海東高等学校は,曹渓宗の教団によって設立された男子高等学校である。生徒数約1400人,教員は約40人(女性は4人)である。60年以上の歴史をもち,戦前に日本人学校として設立されたことから,現在も日本との交流がさかんである。剣道部があり,日本人卒業生が指導に訪れたり,柔道部が日本の高校と親善試合を行っている。
海東高校では1~2年生に週1時間,(3年生は,受験勉強を優先した科目編成のため行わない)仏教に基づく宗教教育の授業が行われる。これは上述のように,「教養選択科目」として行われるもので,本来は「宗教」だけでなく複数の科目を用意し,そのなかから生徒に自由に選ばせる選択制をとらなければならない。しかし海東高校では,生徒全員に同一の仏教教育を行うために,この授業に「宗教」と「哲学」という2通りの科目名をつけ,生徒には科目名だけを選択させるという方策をとっている。このため履修記録の「教養選択教科」の欄に「宗教」が記載される生徒と,「哲学」が記載される生徒がいることになり,書類上は選択制の形式が装われているが,実際には,仏教に基づく宗教教育が生徒全員に必修となっている。学期末に行う試験の問題は「宗教」と「哲学」で異なるが,成績評価はなく,合・否のみ記される。「宗教」の試験には,般若心経を暗記させるための穴埋めテストなどもあるという。
「宗教」の授業を担当する教員は,女性1人で,仏教系大学で「宗教」の教員免許を取得している。この教員のほかに,「布教師」と呼ばれ,主に生活指導を担当する者が5人いる。これらの布教師は教員免許を持っておらず,授業は担当していない。
観察した授業では,「宗教儀式」をテーマに,仏教式の挨拶の仕方が,教員の実演や生徒自信の練習を交えて教えられていた。また曹渓宗が作成したビデオ(一般信者向け)が教材として用いられていた。
授業以外の宗教的な行事としては,灌仏会と成道会の行事,受験の合格祈願などがある。また始業式や終業式などの式典も,総て仏教に基づいて行われる。これらは学校行事であり,生徒の参加は義務であるが,式典のなかでの祈祷などは強制しておらず,実際に,祈祷をしない生徒もいるという。この他にも,毎朝7時40分から礼拝が自由参加の形で行われている。
水曜の朝には教職員のための礼拝が行われるが,参加しない者が少数おり,40人前後が参列している。また夏期休暇中には他の曹渓宗系学校と合同で3泊4日の教職員研修が行われており,8)宗教の教員のためには別な研修も行われる。
学校が生徒を対象に行っているアンケート調査によると,入学時には,宗教に無関心な世代的傾向を反映し,家族がいずれかの宗教をもっているにもかかわらず,本人は「無宗教」という回答が少なくない。しかし3年後の卒業時には,そうした生徒の多くが「仏教に近くなった」と回答するようになる。金明培校長は「それが海東高等学校の目的である」と述べた。プニエル高校の金校長ほどには明言していないが,海東高校でも仏教でない生徒への布教を目的とした宗教教育が,学校の主要な目的の一つと位置づけられ,実際に一定の成果をあげているものと推察される。
なおキリスト教などほかの宗教の生徒への配慮として,これらの生徒には「自分の宗教を理解するには,他の宗教も理解する必要がある」と教えており,宗教教育の授業のときには仏教以外の宗教にも対比の形で言及しているという。また上述のように,祈祷などは強制していない。しかしキリスト教など他の宗教の保護者からは,仏教に基づく「宗教」の授業や行事に対する苦情があるという。
(3) 金井中学校
海東高校と同じ曹渓宗系の男子校である金井中学校は,韓国五大古刹の一つ梵魚寺の学林(1916年設立)を前身として1946年に開校した。梵魚寺の建つ金井山の麓に位置し,生徒数は約1200人,校長と教頭を除き教員数は53人(女性は14人)である。学林時代を含め,日本の植民地当局によって2度廃校された歴史をもつ。
金井中学では全学年に週1時間,仏教に基づく「宗教」の授業が行われる。授業は黙想から始まり,般若心経を中心に教える。2回の学期末には試験が行われるが,合・否のみで成績評価はない。
授業以外の,全生徒を対象とした宗教的な活動としては,隔週で月曜の朝礼時に三帰文を唱えるほか,毎月曜に放送を通じて全校一斉に3~5分間の黙想が行われる。また冬期休暇中にも成道会が行われ,全生徒が登校する。このほか2月には,卒業前の3年生のための法会が梵魚寺で行われる。
希望者を対象とした活動としては,出家節と涅槃節に校内の法堂で懺悔と祈祷が行われる。また夏期休暇中の7月には,100名を対象に仏教修錬のための3日間の合宿が行われ,10月には350人を対象に,梵魚寺の僧侶による受戒式が行われる。模範的な仏教徒であることを選考基準とした奨学金制度もある。また課外活動の一つに「仏教班」があり,約100人が参加している。主な活動は,月1回の法会と,年2回ずつの野外法会と修錬法会である。
教職員は,毎日朝礼の礼拝のほか,月例法会に参加し,夏期休暇中の7月に修錬法会に参加しなければならない。また父母のために月1回の法会と文化講座が開かれ,平均50人程度の参加がある。
(4) 高神大学
最後に,調査期間中に訪問した高神大学について言及したい。高等教育段階でも,上でみてきた中等段階学校と同等かそれ以上に宗教教育に積極的に取り組む教育機関のあることが分かる。
高神大学は,韓国で成立した高麗教会によって設立された。高麗教会は,日本統治時代の神社参拝に反対した長老派の教会人グループが1946年に創始し,このとき高神大学の前身である高麗神学校が設立された。その後,神学以外の学部が開設され,現在は医学部と自然科学部も擁する総合大学であり,神学部と医学部には大学院課程が開設されている。生徒数は1学年平均850人,学生数は約4000人である。神学部は,神学科のほかキリスト教教育,幼児教育,宗教音楽の各学科によって構成され,大学院は牧師養成専門の課程である。9)
高神大学は,教育や研究の面で,他のキリスト教系大学にない特徴を持っている。その一つは,非信徒を信徒とすることではなく,キリスト教の指導者養成を目指していることである。このため高神大学は,教職員が総て熱心な信徒であるだけでなく,学生についても,キリスト教の信徒にしか入学を認めていない。10)非信徒を信徒にしたうえで,さらにキリスト教の指導者へと養成するには在学期間が短すぎるため,すでに信徒である者だけを入学させ,在学中に指導者として養成するという方針をとっているためである。これは布教(非信徒の学生のキリスト教化など)の方を目標とする他のキリスト教系大学と大きく異なる。実際に,高神大学はこれまで多数の牧師や宣教師を輩出してきた。医学部も医療宣教師の育成を目指しており,実際に第三世界に医師や看護婦として赴任する卒業生がいる。
また高神大学では,神学だけでなく,総ての学問にキリスト教の観点から取り組むことを目指している。一般に,キリスト教信徒である研究者の多くは,研究方法やアプローチが非信徒の研究者と何ら変わるところがないのに対し,高神大学ではキリスト教独自の方法やアプローチによる研究が目指されているという。宗教教育の責任者である李象奎は,こうした研究者像を「Christian and Scholar ではなく Christian Scholar」と端的に表現した。具体的な研究テーマや方法を網羅的に把握することはできなかったが,自然科学部では「創造科学」が必修である一方,「進化論」は教えておらず,生物学科も創造論に基づいているという。11)
上述のような目標を実現していく過程で高神大学は教育部からの反対に直面してきた。特に宗教による入学制限に関しては,これを撤廃するよう指導されてきたが,高神大学はこの指導を拒否してきた。教育部が「総ての人に教育を受ける権利がある」と主張するのに対し,大学側は「私学には建学の理念があり,学生を選ぶ権利がある。例えば女子大学は女子のみ入学させており,士官学校は体格検査がある」(姜勇元教務部長)と反論してきた。こうして教育部の指導を受け容れなかったことから,高神大学は私立学校を対象とした助成金を受けることができず,入学定員の増加や学部・学科の新設も容易には認められなかった。このため医学部では開設当初は宗教による入学制限を断念せざるを得ず,開設後,年数をかけて入学制限を導入していった。12)高神大学の目標実現への道のりは平坦なものではなかったのである。
最後に,具体的な宗教教育活動の内容をみておく。全学部に共通な宗教的教育活動としては,1~3年次の全学期に必修で週2時間の「宗教教育」を,牧師の資格をもつ13人の教員が交替で教えるほか,「聖書」「改革主義の思想」「キリスト教の教理と倫理」「キリスト教大学と学問」の4科目が必修である。これらの必修科目は神学部のみ開設されていたときには開講されておらず,神学部以外の学部開設にともない,各専門分野の課程をもっぱら学ぶ学生に対して特別に宗教教育を行う必要性が生じたことで導入された。またこの他に,キリスト教系の課外学生活動が推奨されている。また,教職員のための研修も行われる。
4 おわりに
日本においても,宗教系私立学校における宗教教育に関しては,特に非信徒に対する宗教教育をめぐり,私立学校と生徒双方の信教の自由との関係で議論がある。私立学校は建学の精神に基づく独自の校風や教育方針によって社会的存在意義が認められ,生徒(保護者)がそうした校風と教育方針を希望して入学している以上,私立学校の自由は生徒の信教の自由より原則的に優位にあると考えられる。しかしもう一方で,私立学校もまた「公の性質をもつもの」(教育基本法第6条)であることや,学校選択の主たる動機が進学率など宗教以外のところにある場合が少なくないことへの配慮も求められる。13)
韓国の場合は,「準公立学校化」された私立学校の「公共性」は日本よりもはるかに高く,また生徒の学校選択権も制限されている。このため日本を基準に考えると,生徒の信教の自由に対し一層の配慮が望まれ,宗教教育もより制限されるべきであるように思われる。しかし実際には,宗教教育への取り組みは日本以上に熱心であり,生徒の入信・改宗が目標とされ,これが一定程度まで達成されていることは,上でみたとおりである。
こうした実態は,公教育のあり方や,そこでの宗教ならびに宗教教育の役割が,日本の場合と異なる仕方で規定されていることを示すと考えられ,比較教育学研究として興味深い。今後は宗教系私立学校の事例研究の蓄積に加え,それらの学校のあり方を実際に規定している諸条件や,現在のあり方が抱える矛盾や問題を究明するとともに,韓国において公教育と宗教の関係をめぐりどのような議論が展開されてきたかを検討することが肝要と思われる。
注
1) 馬越徹「韓国 -教育先進国への道- 」馬越徹(編)『現代アジアの教育 -その伝統と革新- 』東信堂,1989年;稲葉継雄「『先生様』の国の学校 -韓国」二宮皓(編著)『世界の学校 -比較教育文化論の視点にたって」福村出版,1995年;全玖楽「韓国 -儒教の国の現代教育- 」石附実(編)『比較・国際教育学』東信堂,1996年,文部省大臣官房調査統計企画課『諸外国の学校教育(アジア・オセアニア・アフリカ編)』1996年:白石淳「韓国 -伝統的に教育熱心な国- 」田原恭蔵他(編著)『かわる世界の学校』法律文化社,1997年など。韓国の公教育や平準化に関する本稿2章の記述は,これらに基づいている。
2) 課外授業の禁止措置も,その後の厳しい取り締まりにもかかわらず不法課外が後をたたず,かえって(不法)課外の高額化を招き,1989年に大学生の家庭教師や休暇中の在学生の学院受講が認められ,1992年には在学生の学期中の学院受講が認められて,課外授業の禁止は事実上解除された。
3) 馬越,1989年,117-120頁。
4) 調査の詳細は以下の通りである。ただしこの調査以降も,法令や課程の改変を含め,学校の実態に何らかの変化があった可能性を念頭におく必要がある。特に近年は,平準化政策からの軌道修正がみられるようになったという。馬越徹「韓国 -二一世紀に向けた「世界化」戦略- 」佐藤三郎(編)『世界の教育改革 -21世紀への架ヶ橋』東信堂,1999年。
1.インタビュー:いずれも孫于正(東京大学大学院博士課程)の通訳による。
姜勇元(高神大学教務部長)1999年3月25日,於高神大学;李象奎(高神大学神学科)1999年3月25日,於高神大学;金明培(海東高等学校長)1999年3月26日,於海東高等学校;徐廷洛(金井中学校長)1999年3月26日,於金井中学校;金容達(プニエル高等学校長)1999年3月26日,於プニエル高等学校。
2.授業観察
海東高等学校,1999年3月26日;金井中学校,1999年3月26日。
5) "Voice of China and Asia" は韓国だけでなく中国でも学校を開設していたが,中華人民共和国の成立とともに撤退し,現在開校しているのは釜山の学校だけである。
6) その一方で「進学準備教育も重視しており,釜山で上位の進学率を維持している」とも金校長は述べた。
7) 高等学校の選択科目に「宗教」が加わったのは1984年度施行の課程改訂からで,キリスト教系と仏教系の学校団体からの働きかけによった。このときは学校が選択科目を0単位とする(行わない)ことも認められており,大学入試競争の実情から,広く実施されたとは言い難い。次の1990年度施行の課程改訂で選択科目が2単位以上と定められたことで,宗教の授業がさかんになった。(尹以欽『韓国宗教研究1』ソウル,集文堂,1991年,326-335 頁の孫于正による抄訳)
8) 全国に18校の曹渓宗系高等学校がある。中学校はもっと多い。
9) "Kosin College Bulletin" (no date). 訪問した釜山以外にも2つのキャンパスがあり,神学大学院と医学部,附属病院はこれらのキャンパスにある。なおキャンパスは禁酒禁煙となっている。
10) キリスト教のなかでも,カトリックの信徒の入学は認めていない。またプロテスタントでも安息日再臨派などいくつかの宗派は認めていない。
12) 李象奎は進化論を教えないことについて,「進化論を否定することはしない。すでに高校までに習ったことであり,大学の授業での言及は不要と考えている」と述べた。
12) 今回の訪問の前年に,学科(広告学科と産業デザイン学科)新設と私学助成が教育部から認められた。
13) 下村哲夫(編)『学校の中の宗教 -教育大国のタブーを解読する- 』時事通信社,1996年,50-52,106-107,119-121頁。
〔付記〕本稿は,国学院大学日本文化研究所のプロジェクト「宗教教育の国際比較」による韓国調査(1999年3月24日~30日)に基づいている。
---------------------------
以上は,立教大学キリスト教教育研究所 編 『 キリスト教教育研究 』 第17号 (2000年3月) のための最終ドラフトにもとづき,ウェッブ上での掲載のために若干の加筆・修正を行ったものです。刊行された論文とは異なるところがあります。
市 川 誠 必ずお読みください