監訳者による解説とあとがき

 チェズレイ・サレンバーガーといえば、エンジンが停止した旅客機を巧みな操縦でハドソン川に不時着させて、一躍「ハドソン川の英雄」と称えられたUSエアウェイズ1549便の機長である。1549便のクルーにブルームバーグ市長から「ニューヨーク市の鍵」が贈呈されたという記事の中に、次のような記述を見つけた(2009年2月9日付ウォールストリートジャーナルBLOGS)。

鍵のほか、サレンバーガー機長への称賛のしるしとして、ブルームバーグ市長は機長が着水の際に失った図書館の本を1冊進呈した。それはシドニー・デッカー著の『ジャスト・カルチャー』である。この本は(中略)パイロットにとって魅力的な読み物である。パイロットのエラーを犯罪として扱う最近の動きを考えると、とりわけそう言える。

 サレンバーガー機長が図書館から借りた『ジャスト・カルチャー』を、たまたま事故当日に持って搭乗したという偶然のできごとに過ぎないのかもしれない。しかし、ちょうどこの頃、翻訳作業に精を出していたわれわれ共訳者一同は、このような英雄的機長が本書を愛読していたというニュースに奮い立ったものである。(厳密には、愛読していたかどうか、ニュースからは読みとれないのだが、愛読していたと信じよう)。

 そう、『ジャスト・カルチャー』(Just Culture)が本書の原題である。「安全性と説明責任のバランスをとって」(Balancing Safety and Accountability)という副題がついている。この「ジャスト」をどう訳すかは大変難しい問題だった。「公平な」、「公正な」、「正義の」という意味の形容詞であり、派生語の「ジャスティス」(justice)には公平、公正、正義のほか、「裁き」、「裁判」、「司法」という意味もある。  たとえば、プロローグのマーラ看護師が、弁護士から病院や医師や他の看護師の問題を持ち出さないよう言われた場面で、デッカーは次のように書いている。

裁判(ジャスティス)とは、真実の物語、実際に起きた出来事を引き出す場ではないのか。それが正義(ジャスト)だ。裁判(ジャスティス)とは、間違いをただし、その再発を防ぐためのものだ。それも正義(ジャスト)だ。(4頁、カッコ書きは本文にはない)

 この例では「正義」と訳したが、他の大部分では「公正な」と訳した。イギリスの心理学者でヒューマンエラーの研究で名高いジェームズ・リーズンは、『組織事故(注1)』という著書の中で、安全文化を構築するために達成すべき4つの要素を上げている。そのうちの一つが「ジャスト・カルチャー」であった。私はその内容を拙著『失敗のメカニズム』で次のように紹介した。

「正義の文化」とは、叱るべきは叱る、罰するべきは罰するという規律である。安全規則違反や不安全行動を放置してはならない(注2)。

 ここでもジャストを「正義」と訳したのは、信賞必罰や規律という側面が強調されていたからである。(ちなみに,『組織事故』の邦訳(注3)でも「正義の文化」と訳されている)。  しかし、本書を読んでいただければおわかりのとおり、デッカーが説くジャスト・カルチャーは、もっと柔軟なものである。起きてしまったことから最大限の学習をし、それによって安全性を高めるための対策を行うことと同時に、事故の被害者や社会に対して最大限の説明責任を果たすこと。この二つの目的を実現するための挑戦を続ける組織文化が「ジャスト・カルチャー」なのだ。  それで、さんざん悩んだ末に、本書では「公正な文化」と表現することに決めた。デッカーは、「公正な文化には、オープンさ、法令遵守、より安全な実務の遂行、批判的な自己点検が備わるものと期待されている」、そして「安全性を向上させ続ける続けるために、失敗から学ぶことと、失敗に関する説明責任を果たすことの両方をどうやって満足させるかが本書の論点である」(46頁)と述べている。

 公正な文化を構築するうえで、大きな障害となるのが司法システムの介入である。医師、看護師、航空パイロット、管制官、警察官、ソーシャルワーカーなど、高度な専門性を持った実務者(本書では「専門家」(professionals)とも呼ぶ)がエラーをおかして被害が生じた場合、刑事責任を問われて裁判にかけられることがあるのは日本だけではない。デッカーは数多くの具体例を引きながら、このような司法システムの介入が、実務者たちの報告意欲を削ぎ、実務者と組織、組織と規制当局の間の信頼を壊し、実務者も組織も安全性向上より自己防衛の方策に力を入れるようになると警告する。また、裁判を通して真実を明らかにしたいという被害者の期待も叶えられないことが多いという。なぜなら、裁判においては、自分に不利になる証言はしなくていいことが権利として認められているし、裁判の争点となっている問題以外は論じられることがないし、対立する事故についての説明のどれが正しいかが決定され、他はすべて間違っていると却下されるからである。しかし、高度で複雑なシステムの中で起きた事故の説明は、様々な視点からの複数の説明があり得て、そのうちどれか一つだけが「真実」というような単純なものではない。複数の説明のそれぞれに一理あることを認め、対策を多角的に進めていくことが安全性の向上に必要なのだ。
 もちろん、だからといって、専門家のエラーがすべて免責にされるべきだと主張しているわけではない。許容されるエラーと許容されない(すなわち罰すべき)エラーの間の境界線をどう引くかという問題も、本書の重要な論点となっている。詳しくは本文を読んでいただきたいが、デッカーの主張は以下のように要約できるだろう。

・多くの論者は悪質なエラー、著しい怠慢、意図的な違反は許容できないと言うが、「悪質」、「怠慢」、「意図的」などを客観的に定義することは難しい。
・したがって、どこに境界線を引くかという問題を議論するのをやめて、誰が境界線を引くかということを議論すべきである。
・司法システムが境界線を引く(すなわち、有罪か無罪かを決める)のは弊害が多い。
・したがって、同じ職種の専門家や外部有識者によって構成される機関などが、権威と専門性を持って線引きをし、当事者、被害者、社会がその決定を受け入れる仕組みを作る必要がある。

 この意見には、危険と安全が紙一重の仕事をしている専門家の大半が賛同するだろう。しかし、そうでない人々にとっては、専門家に甘すぎると感じるかもしれない。いくら悪意がなかったとしても、過失により人を傷つけたり、死なせたりした者は罰せられるべきだ、そしてエラーをおかした専門家が罰せられることによって、他の専門家がもっと注意して仕事をするようになるだろうと思うかもしれない。実際には業務上過失致死罪に対する刑事罰は軽く、執行猶予も付きやすい。職能団体による資格停止などの処分の方が、専門家にとっては重いものとなる可能性がある。また、注意をしていてもおかしてしまうのがヒューマンエラーであって、「一罰百戒」の原理は成り立たないと私は考えている。むしろ、刑事罰を恐れて報告を上げなかったり、失敗を隠すことの弊害が大きいと私は思う。
 ただし、デッカーの主張が日本社会に受け入れられるためには、次の3つの条件が満たされる必要があるだろう。

1 事故を調査し、それにかかわった専門家の行動が許容できるかできないかを判断し、許容できない場合には資格にかかわる処分を決定するための、厳正で、能力の高い、その領域の実務者からも社会からも信頼される自律的組織が存在すること。
2 事故調査から得られた教訓に基づいて、安全性向上策が確実に実行される保証があること。
3 事故被害者が経済的・精神的支援を受けるしくみを作ること。

 この問題について、本書の出版をきっかけとして広範な社会的議論が起きることを期待している。

 シドニー・デッカーはオランダのナイメーゲン大学で1991年に産業組織心理学の修士号、翌年、同じくオランダのライデン大学で実験心理学の修士号を得てからアメリカに渡り、1996年にオハイオ州立大学で認知システム工学の博士号を授与された。その後1997年から2004年まで、スウェーデンのリンチェピング大学に在籍して、助教から准教授、さらに教授へと昇進し、現在は同国のルンド大学で、ヒューマンファクターズ(人間工学)を担当する教授である。その間に、イギリス、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポールでも大学や航空関係機関と仕事をしている。また、航空パイロットの免許も持っていて、航空学校で教官をしているそうである。ヒューマンエラー、システム安全、失敗に対する刑事罰の可否などに関する多くの論文と著書がある。

 韓国のソウルにあるヨンセイ(延世)大学の博士課程の大学院生ユン・ヨンシク君に、本書を紹介してくれたお礼を言いたい。彼は2007年10月から2009年3月まで日本に留学して私のゼミに在籍したが、ある日、大学院のゼミで本書の第1章の内容を紹介してくれたのである。その授業を彼と一緒に受けていたのが、本書の共訳者である大谷華、増田貴之、榎本隆司の3人であり、彼らが続きをぜひ読みたいと言って、次の週から自主的に何章かずつゼミで内容を報告してくれた。私はこの本の内容をできるだけ早く日本語で公刊すべきだと思い、産業安全、医療安全に関心を持っている若い心理学者の友人たち、大橋智樹、山浦一保、藤村まことを誘って翻訳作業を開始した。さらに、航空、医療、裁判の事例や概念の説明に正確を期すため、日頃から安全問題を一緒に研究している仲間である、元日航機長で日本ヒューマンファクター研究所の本江彰さん、札幌中央病院の佐々木潤医師、そして、東海大学法学部の池田良彦教授にお願いして、専門用語の監修をしてもらった。最後には、初校のゲラを全員に送って、訳語の不統一や分かりにくい表現をチェックした。とはいえ、最終判断は私が行ったので、もし誤訳や不正確な文章が残っているとしたら私の責任である。
 本書をできるだけ早く出版することの意義を理解してくれて、タイトな編集スケジュールを組み、精力的に作業をしてくださった東大出版の小室まどかさんに心から感謝します。

<注1>James Reason, Managing the Risks of Organizational Accidents, Ashgate, 1997
<注2>芳賀繁『失敗のメカニズム』日本出版サービス、2000年,189ページ
<注3>塩見弘(監訳)『組織事故』日科技連出版社、1999年

2009年9月 芳賀 繁

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