「種の人類学的転回:マルチスピーシーズ研究の可能性」
科研費基盤研究(A)(一般)平成29年度~平成33年度


研究代表者: 奥野克巳(立教大学・異文化コミュニケーション学部・教授)
研究分担者: シンジルト(熊本大学・文学部・教授)
研究分担者: 近藤祉秋(北海道大学・アイヌ・先住民研究センター・助教)
研究分担者: 相馬拓也(早稲田大学・高等研究所・助教)



 今日、人間による人間のための「人間中心主義」的な自然改変の行き過ぎが改めて問われている。学問においても、21世紀に入って、「種」としての人間がここ数百年の間に地球生態系を激変させたことに着目し、完新世に代わる新たな地質年代として「人新世」が提唱され、議論されるようになった。こうした潮流を受け、文化人類学は、その主要な研究対象である「人間」の概念を再検討し、新たな人間観を構築する必要に迫られている。マルチスピーシーズ民族誌は近年、文化人類学の調査手法を駆使しつつ、人間を複数種との創発的な出会いによって生みだされる種と捉えなおし、そのあり方を探究する新たなジャンルとして登場してきた。本研究は、「人間」を再考する新しいマルチスピーシーズ研究の発展に寄与することを目的とする。



 19世紀半ば、ダーウィンは『種の起源』を公表し、「種」に明確な境界線などないことを示した。種が変種に、変種が別種に変化するのであれば、種とは絶えざる動態であり、種の完全な分類は不可能であることが示されたのである。進化論のアイデアは、人間は他の動物種とは異なる進化の段階にあることを明確にし、人間を対象とする文化人類学の興隆を促した。20世紀に入ると、文化人類学は、もっぱら人間行動の文化的多様性を記述する学問分野となった。文化人類学は、文化相対主義を掲げ、植民地主義が終焉した20世紀後半の世界で大きな影響力を持つようになる。その間、象徴人類学や生態人類学が他種に目を向けたが、1990年代以降、文化を書く自らのあり方を猛省する再帰人類学の隆盛を経て、近年、文化人類学は、他の生物種との関係において人間を取り上げようとしている。それは、「種の人類学的転回」というべき学問的潮流に他ならない。

 奥野克巳らは近年、「人間と動物の関係をめぐる比較民族誌研究」(H20~23年度、科研費基盤B(海外))、「動物殺しの比較民族誌研究」(H24~28年度、科研費基盤A(海外))を組織して、人間と動物の関係に着目しながら調査研究を行ってきた。その中で、人間は動物に対して主体として安定した立場にあるだけではなく、時には他種にとっての客体ともなり、種と種の相互の関係において人間は人間たり得るという事実に気づくようになった。それは、人間を含む種が他種と「ともに生存(living with)して」きたと捉え、人間と他の生物種との関係の新たな見方を提起したハラウェイらの「動物的転回」のアイデアに響きあう (ハラウェイ『伴侶種宣言』2013)。

 今日、人間を超えた広がりから人間について考える「人間以上の人類学」へと変貌しつつある文化人類学の中心に、異種間の創発的な出会いを取り上げる「マルチスピーシーズ民族誌」がある(Kirksey, S. & Helmreich, S. “The Emergence of Multispecies Ethnography”2010)。米Cultural Anthropology誌は2010年に4論文から成るマルチスピーシーズ民族誌特集を組み、2016年には、米Environmental Humanities 誌が8論文から成るマルチスピーシーズ研究特集を組んだ。同時期に、人間と他の生物種をともに思考する「自己」として捉えたコーンの民族誌(『森は考える』2016、原著2013)、グローバル資本主義による改変後の自然を構成する松茸と人間の関係を論じたツィンの研究(Tsing, A.L. The Mushroom at the End of the World. 2015)、意識を持つ存在としての養殖鮭を扱ったリーンの研究(Lien, M.E. Becoming Salmon. 2015)など、重要な研究が次々に発表され、近年、マルチスピーシーズ研究の成果が続々と世に問われてきている。日本では2016年5月に「マルチスピーシーズ人類学研究会」が発足したばかりである。

 一方、本研究では、文化人類学を理論的基礎としながら、複数種の絡まりあいに照準をあてるマルチスピーシーズ研究の枠組みの中で、人間を複数種の中の種と捉え、「人間であること/人間になること」とはいかなることかを記述・検討し、人間について再考する。


リンク
マルチスピーシーズ人類学研究会