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   立教大学理学部化学科    宮部研究室
 高校生諸君へ

分析化学とは?

 現在の私たちの生活や社会は、他の様々な科学技術と共に『化学』の成果がなければ成り立たないでしょう。自分自身の身体を始めとして、身の周りの全ての物品が化学物質でできています。さらに、自分自身の生命活動もまた体内での実に様々な化学反応により構成・維持されています。

「化学」は現代の科学技術の基盤となる学問分野の一つです。他の多くの学問領域や技術分野と幅広く関連し、その学術研究や技術開発の対象と内容は非常に多岐に亘ります。「化学」は現在その存在が知られている100余りの元素の化学的特性(個性)を活かして特異的な化学機能の発現とその高機能化を図る一方、それらが関わる化学反応や物理現象をその化学的特性の差によらず統一的かつ系統的に理解することを目指す学問です。「化学」では、この『個性』と『法則性』という一見すると相矛盾するように思われる異なる観点から物質変換や状態変化の特徴や機構を解明し、それらの情報を統合して化学現象の本質を究明します。

 化学現象が示す多様な側面を様々な角度から探求するため、「化学」はいろいろな分野に分類されます。その中でも、『無機化学』、『有機化学』、『物理化学』、及び『分析化学』が基礎的な化学領域と言えるでしょう。当研究室の研究活動の基盤となる専門分野は、この「分析化学」に属します。

「分析化学」は、英語の『Analytical Chemistry』に対応します。「分析化学」の目的は様々ですが、その一部は次の通りです。

(1)目的成分が何であるかを解明(同定)すること定性分析

(2)その量を測定すること定量分析

(3)その化学状態や形態を明らかにすること状態・形態分析

(4)その化学構造を決定すること構造解析

(5)その化学的、物理的特性を明らかにすること物性解析

これらの情報を正確かつ高精度で得るため(『正確さ』と『精度』は同じような意味の言葉として日常的にはよく使われますが、分析化学では両者の意味を明確に区別しています。その詳細は大学で学びます)、様々な化学反応や物理現象を前処理操作、誘導体化、及び検出手法等に利用して分析法を開発し、その体系化を図ります。従って、「無機化学」、「有機化学」や「物理化学」等の化学分野を始め、「数学」、「物理学」や「生命科学」等の理学、さらには工学系の「電子工学」、「情報工学」や「化学工学」等の各分野の研究成果を駆使します。

一方、理学や工学、また医学や薬学等の自然科学分野の実験系研究を行う場合、何等かの形での分析操作や計測作業は必要不可欠です。分析技術の進歩によって従来入手できなかった情報や知見が得られるようになることは科学技術の進展に大きく寄与します。そしてまた、様々な学問分野の進展が分析技術の更なる進歩につながります。すなわち次に示すように、様々な科学技術分野の研究成果に基づき分析化学がより一層進展し、さらにその分析化学の進展が科学技術の発展に寄与します。



結局、科学技術の進展は分析に始まり、分析に帰着すると言えます。この意味において、「分析化学」は様々な学問分野の進展や科学技術の発展を推進する原動力であり、いわば「エンジン」のような存在と言えるでしょう。自動車を外から見てもエンジンは直接見えません。しかし、その走りを左右する最も重要な要素の一つはエンジンです。外観からは直接見ることはできないけれどもその走りの本質を大きく左右するエンジンのように、学術研究や科学技術の進展を支えている重要な学問分野の一つが「分析化学」であると言えます。

 実験系の研究活動や技術開発を行う上で、実測データの測定と解析は必要不可欠です。「分析化学」では、実測データを正確かつ精度良く測定すること、そしてそのようにして測定したデータからより詳細かつ多角的に化学情報を読み取るための基盤や方法論を学びます。大学への進学とそこでの勉学は高校生諸君にとっては当面の目標かも知れません。しかし、それは諸君にとっての通過点に過ぎません。人生の本当の目標や目的は、多くの場合主に仕事を通しての個人の夢や希望の実現(自己実現)でしょう。ただ、大学(大学院)教育はそのための重要な基盤の一つとなります。その点で、大学(大学院)教育は非常に重要な意味を持っています。現在、専門分野の細分化が進む一方、学術研究や技術開発が各分野の複合領域や境界領域で行われることも多くなっています。将来の研究者や技術者を目指す高校生諸君にとって、大学での「分析化学」の教育研究を通して実験系学術研究(実測データの測定と解析)に関する基礎を先ずしっかりと修得し、その基盤に基づいて将来様々な分野や領域(勿論、「分析化学」を含めて)へと活躍の場を広げてゆく、そのようなキャリアアップのストーリーも考えられます(私自身、当にそのような経歴を辿ってきました)。

ところで、英語の「Analytical Chemistry」は日本語では『解析化学』と訳すこともできます。上記のように「分析化学」では目的物質や分析対象成分に関する多様な化学情報を得るために様々な化学反応や物理現象を利用しますが、このことは逆に分析化学の方法論の詳細な研究を通していろいろな化学反応や物理現象の特徴や機構を研究できる、すなわちそれらの真の姿に迫ることができることを意味しています。「分析化学」の目的は先に示したような目的成分の定性・定量分析や状態・構造・物性解析だけではありません。分析技術が関わる化学反応や物理現象の特徴や機構の解明を通して新たな化学情報を集積すること、そしてそれを多角的に解析して化学の本質的理解を図ることが「分析化学」の重要な研究目的なのです。

当研究室の研究概要
 当研究室では、精密分離分析法の一つとして様々な分野で幅広く利用されている高速液体クロマトグラフィーHPLC)を取り上げ、上記のようにその特徴や分離機構の解明を通して分子間相互作用(化学反応)や物質移動現象(物理現象)の本質的な理解に資する基礎的研究を行っています
 高速液体クロマトグラフ(HPLC装置)の概略図(最も基本的な装置構成)を図1に示します。




移動相溶媒をポンプでカラムに送液します(通常のHPLC装置の場合、送液圧は最大で数十 MPa程度)。カラムは分離剤を充填した内径数 mm × 長さ5〜15 cm程のステンレス製あるいはプラスチック製の円筒容器です。試料注入器から導入された混合試料中の各成分はカラム内で分離され、保持が小さい(分離剤との相互作用が弱い)成分から順にカラム出口から溶出します。その様子を検出器で検出してクロマトグラム(分離の様子を記録したチャート)を出力します。クロマトグラムに記録されるデジタル情報をパソコンで数値処理し、各成分に対応するピークの特徴(溶出位置や分散等)をモーメント解析します。当研究室では様々な化学情報(例えば、平衡定数、拡散係数、物質移動係数、及び速度定数等)を測定してその数値を定量的に解析・議論するため、恒温水槽を使用して実験温度条件を厳密に制御しています。
 次に、カラム内での分離過程の模式図を図2に示します。カラムに注入された混合試料中の各成分(赤丸青三角)はカラム内の分離剤(固定相)との相互作用の差に基づき分離されます。移動相溶媒はこの固定相−試料分子間相互作用の他にも、カラム内の各分離過程に影響を及ぼしクロマトグラフィー挙動を左右します。図2では、赤丸より青三角がより強く固定相に保持(吸着)されるため、赤丸が先にカラムから溶出し、青三角はその後溶出しています。その様子をクロマトグラムとして記録します。ところで、カラム内におけるクロマトグラフィー挙動に関する様々な平衡論的及び速度論的な化学情報は全てクロマトグラム上のピーク形状に表れています。



上記のように当研究室では、クロマトグラム上に記録されるピーク形状の特徴、すなわち、溶出位置(一次絶対モーメント)及び分散(二次中央モーメント)に基づき分離系の化学特性や分離機構を定量的かつ詳細に解析し、それを通して関連する様々な化学反応や物理現象の本質を理解するための「解析化学的研究」を行っています。例えば、高速液体クロマトグラフィー
挙動を解析して、「分子間相互作用」や「物質移動現象」の特徴や機構の解明に関する研究を行っています。

当研究室の特徴と位置付け
 「化学」は物質変換(化学反応)や状態変化を研究する学問です。様々な方向からのアプローチが可能ですが、化学現象の解明に関わる研究に取り組む際の基本的な観点として、原子間化学結合分子間相互作用化学熱力学等が挙げられるでしょう。当研究室では、分析化学に基づく分子間相互作用の解析研究を通して「化学」の本質的理解に資する基礎的研究を行っています。勿論それは極めて大きな研究課題であり、当研究室が行えるのはほんの限られた方向からのアプローチに過ぎません。しかし、様々な方向からの情報や知見を組み合わせ、総合的に考察して「化学」の真実に迫ることができます。立教大学理学部化学科には様々な方向からこの「化学」の本質にアプローチしようとする研究室があります。当研究室はその一つとして、「分析化学を基盤としてこれに取り組もうとしています。