【第12回】セクシュアリティ概論






石田衣良『娼年』集英社文庫

 
 
普通で、見かけが憂鬱そうな、二十歳の大学生リョウは、御堂静香の経営するクラブパッションという女性向けの売春クラブにスカウトされ、娼夫となり、「女性たちが隠しもっている底知れぬ不思議」に魅了されながら、クラブのナンバーワンを争うまでになるが、リョウの仕事を思わしく感じていない大学のクラスメイト・メグミによる警察への垂れこみによって、御堂静香が逮捕されるというのが粗筋。
 
文章が、きびきびしている。
「子どもたちがいないラフォーレ原宿は東京という街の位牌のように、明るい夜空に黒くそびえている」
「夏を思わせる日ざしが青山一丁目の交差点にまっすぐ注いでいた」
「見知らぬ女性を待ち時間が、これほど濃厚なものとは思わなかった。高いガラス壁に反射する光りの鋭さや渦を巻く地下の風の気まぐれにびくびくと驚いたりする」
「美人ではないけれど、地下鉄で同じ車両にのりあわせたら、きっと目で追ってしまうような硬質な魅力がある」
「女性ひとりひとりのなかに隠されている原型的な欲望を見つけ、それを心の陰から実際の世界に引き出し実現する。それが娼夫の仕事だとぼくは考えるようになった」・・・

 この作品には、女性、場合によっては男性の不可思議、とりわけ性のもつ奥深さが、やさしげな文章のなかに描き出されている。

 仕事で日ごろ中年男に苛まれ続けて、ひと月に一回、若い男の先に視線を感じながら娼夫と羽目をはずすほどセックスをして、次のひと月を頑張って働こうとする気持ちを湧き立たせるOL。
 夫が不能だとか難病だとか、手の込んだストーリーをつくり上げて、妻に娼夫と激しいセックスをさせて、快感を高める夫婦。
 セックスに精神的な満足感を得られず、痛みを感じることの快感に浸るために、リョウに小指を折ってほしいという同僚の娼夫。

 「「あっ」ぼくとアズマの声は同時だった。アズマは口をおおきく開けたまま、眉を寄せて不可能な角度に曲がった小指を見ている。右指をとおして頭まで伝わった骨が折れる音は、ぼくの全身に鳥肌を立てた。アズマはうっとりという。「すごいよ、ありがとう。リョウさん」。



さて、

今日は、セックスの人類学の入門である。

セックスについては個人的には、気が狂いそうなほど関心あるけど、研究ってなると、親に知られるとヤバイ?!

この文化人類学の先生って、下ネタ連発でヤダわ、不快だわ!!

シカモ朝一ダシ。

まあ、言ってることは分からないではないけど、人間を研究する学問分野の人類学では、避けては通れない、かなり重要な課題。

逆に言うと、じつに多くの学生が、上で見たような社会通念に縛られていて、セックスを学問のテーマになんか値しないと敬遠している。

そんな馬鹿な!

自らの殻を打ち破った上で、自らを解き放った上で、セックスを人類学しよう。





なぜ生物はセックスするのか?





ボノボは、快楽のためにセックスをする?




"They tend to solve their problem using sex
rather than fighting each other".

"So that is why they have been
termed to be hippies.

(Sex) for fun yeah, they are the only ones.

And this brings them to us closer than
any other mammals".

セックスは、生殖のためにあるのではない。
進化過程で、それ以外の用途を得た
(快楽、社会調節)。



『セックス・アンド・ザ・シティ』

ニューヨーク在住の4人の女性
の恋愛とセックスライフ。







【1】民俗生殖理論


人類学者が地球上に出かけるようになって関心をひいたのは、世界には、様々な生殖理論があることであった。

これを、
民俗生殖理論という。


【ニューギニア東部のトロブリアンド諸島民】

トロブリアンド諸島民は、死後の世界にいた祖霊(バロマ)が、
この世に再帰するために精霊児(ワイワイア)に生まれ変わり、女性の頭から胎内に宿ると信じていた。

女性の子宮内に入った精霊児は、胎児となって母胎で月経によって発育し、やがて出産をむかえる。

男性の役割といえば、性交によって精霊児が降臨する通路を整えることで、

精液は妊娠させる上で何も関係しない
という。



【ニューギニアのバルヤ社会】


子供は男性の精液によってつくられる


一度女性の身体のなかに固定され、女性の液体とまざる。

胎児は
精液のほうが優ったならば男性に、その逆ならば、女性になる。

しかし男性は、子供を満足させるだけ充分な精液を与えられない。

繰り返し性交することで子供を精液によって「養い」、そうすることで女性の胎内で子供は成長する。

かといって男は一人で女性の胎内で子供を育てられるのではない。

それぞれの子供は
精液を与えた父と、もう一人、
すなわち超自然的な人類の父、太陽
をもっていると考えられている。

いずれにしてもこの社会では、女性は男性の精液によって胎児を形成し、やがて出産する。

すなわち、女性は養育する男性の精液を伝える媒介物にすぎず、
母親から子供に与えられる母乳も精液から作られたものと考えられている。



【ボルネオ島のプナン社会】



セックスと出産の因果について説明しようとするのは、ふつう、30歳代以上の人たち。

アニェ(
40代男性)は、繰り返しセックスすると、精液が女性の卵と混ざって子どもになると語った。

その話を聞いていたイリ(
30代男性)は、卵はニワトリなどにしかなく、
人間にはないので、その説明は間違っていると述べた。

彼は、精液は血の一種で、その血が女性の経血と混ざり合って、子どもになると言い張った。

アジャン(
30代男性)は、女性の愛液(be ape ukin)が、
精液と混ざり合って、やがて、子どもになると述べた。

一般に、プナン社会には、
安定的な生殖理論はない

しかしながら、プナン人たちは、神話で語られるように、
木々の揺れのようにセックスすることで、子どもが生まれることを知っている。




【2】性肯定社会と性否定社会

ヒトの性の多様性の見取り図は、ベッカーによって示されている。

ベッカーは、性的志向性を、性行動に寛容な
<性肯定社会>と、
性行動に否定的な
<性否定社会>に分けている。

<性肯定社会>         <性否定社会>

<性肯定社会>とは、
性行動を高揚させることに重点をおき、それを奨励するような規範や態度をもつ社会
である。

<性否定社会>とは、

セックスが心身の衰弱をもたらすだけでなく、精神的エネルギーを喪失させ、
経済活動をも阻害させると考えられているような社会
である。

 

性肯定社会

 

性否定社会

 
・性的活動を高揚させることに高い価値をおき、それを奨励助長するような規範、信念と態度をもつ社会。

 ・性的行動は恥辱行為であり、それを阻止し抑制させるような価値と規範をもつ社会。
 
・性それ自体に目的があり、再生産だけでなく快楽でありかつ元気を取り戻す行為とみなしている。

・性交が心身の衰弱をもたらし、創造的エネルギーを喪失し、経済的活動を阻害すると考えられている。 
 ・性的営みが長寿、繁栄につながり、種々の技巧が発達し、複数の相手との関係をも多めに見るような社会。


・性への嫌悪感に基づく種々の規制が存在し、たとえばある種の体位、マスターベーション、ある期間の性交が禁止される。
 


個々の社会は、こうした両極の社会の間のどこかに位置づけられる。
(様々な中間形態がある)

人の性行動の社会的態度の
見取り図が示すのは、ヒトのセックスの多様性である。

そうした比較を進める基礎資料としての性行動をめぐる民族誌が必要である。


【性肯定社会】

(例1)

ポリネシアのマガイア社会

性的に自由放任
的な社会である。

性的に積極的になれない人は、肉体を害するという信念すらあるほどである。

男性のあいだでは、さまざまな方法をもちいて自分のパートナーに快楽を味あわせ、
性交の時間を長くし、自分がオルガスムに達するまでに女性には何度もオルガスムに達してもらい、
そして最後にお互いにオーガズムに至らねばない、という義務がある。

そして多くのパートナーと性的関係を持ち、
婚前の性交渉、
婚外の性交に関しても寛容な態度をとる。


【性肯定社会】

(例2)


サタワルやトラックなどの
ミクロネシアの母系社会




思春期の自由な男女の性行動が認められている。

結婚後、男性は妻以外と秘密裡に性関係を持つ。


他方で、
たくさんの禁忌があるものの性肯定社会である。

夜這い棒を使って、男女の駆け引きが行われる。

女性の
性器変工が行われる。

小陰唇を伸展させ、「ひらひら」の状態が理想

性交渉には前戯はなく、直接的な交接による性交渉。

口唇性交は前戯ではない。

<体位>
側臥位
ハンマー式
ヘリコプター式


男性は訪問した島で歓待され、島の女性と自由に性関係を持つことができる
(ただし、既婚女性とは慎重に)

他方で、性に関する言葉を日常的に発することはタブー

愛人関係は秘密裡であることが原則であり、逢引を目撃された場合には、当事者に対する制裁がある。

須藤健一
『母系社会の構造:
サンゴ礁の島々の民族誌』
紀伊國屋書店



ミクロネシアの伝統舞踊





【性否定社会】

(例1)


パプアニューギニアのマヌス社会

マヌスでは、
抑圧的な性規範が顕著にみられた。

マヌスの人びとは性的な事柄はすべて恥や罪とみなすので、
性的な前戯、さらには、夫が妻の胸にふれるといった行為ですら禁じられる。

女性は子供の頃から、けっして愛情や優しさを夫から期待しないように、
性交とは痛いもので恐れと罪の意識を伴うと教えられる。


【性否定社会】

(例2)

アイルランドのイニスビーグ社会(仮称)

性行動は、気が咎める罪深い行為

夫婦間だけで許され、子をなすために女性は我慢して行わなければならないとされる。

性交は虐待の一種であるとも考えられている。


始原人類の婚姻制 @原始婚と性習俗



【3】ホモ・セクシュアリティー


フレディ・マーキュリーに捧ぐ




三島由紀夫
『禁色』
新潮文庫





川端康成をモデルにしたとも言われる頽齢の小説家・檜俊輔は、母に愛されず、三度の結婚に失敗し、すでに女に絶望している。
彼を慕う娘・康子を追ううちに現れた、希臘彫刻のような精悍な美青年・南悠一。
悠一は、自分が女を愛することができない男であることを俊輔に告白する。

俊輔に芽生えた目論見。
それは、悠一を自らの分身として、自分を愛すことがなかった女たちに復讐をすることであった。
俊輔は悠一に50万円を与え、女を愛せない悠一に、その美貌を用いて、女たちに不幸を与えるというはかりごとを画策したのである。

俊輔の言いつけどおりに、悠一は康子と結婚する。
しかし、康子は、夫に愛されることがない。

悠一は、そのことで、康子が、夫の男色にすでに気づいているのではないかと疑うようになる。

悠一は、ますます、男色の深みへとのめりこんでいく。

「・・・もし彼が、青年に合意の徴笑を示す。二人は夜おそくまで落ち着いて酌み交わすだろう。二人は店が看板になるとそこを出るだろう。酩酊を装って、ホテルの玄関先に立つだろう。日本では、通例、男同士の泊り客もさほど怪しまれない。二人は深夜の貨物列車の汽笛を間近に聴く二階の一室に鍵をかけるだろう。挨拶の代わりの永い接吻、脱衣、消された灯を裏切って窓の摺硝子を明るくする広告灯、老朽したスプリングがいたいたしい叫びをあげるダブル・ベッド、抱擁とせっかちな接吻、汗が乾いたあとの裸の肌の最初の冷たい触れ合い、ポマードと肉の匂い、はてしれぬ焦燥にみちた同じ肉体の満足の模索、男の虚栄心を裏切る小さな叫び、髪油に濡れた手、・・・そしていたたましい仮装の満足、おびただしい汗の蒸発、枕もとに手さぐる煙草と燐寸、かすかに光っているおたがいの潤んだ白目、堰を切ったようにはじまる埒もない長話、それから欲望をしばらくして失くしてただの男同士になった二人の子どもらしい戯れ、深夜の力較べ、レスリングのまねごと、そのほかさまざまの莫迦らしいこと・・・」(408ページ)。

男たちの情欲とその果て。
それらがまざまざと浮かび上がるような描写である。

悠一と出会った青年・稔の心中。

「『この人もアレだな』と稔は思っていた。『でもこんなにきれいな人が、アレだということは、なんて嬉しいんだろう。この人の声も、笑い方も、体の動かし方も、体全体も、匂いもみんな好きだ、早く一緒に寝てみたいな。こんな人になら、何でもさせてやるし、なんでもしてやろう。僕のお臍を、きっとこの人も可愛いと思うだろう。』--彼はズボンのポケットに手を入れて、突っ張って痛くなったものを、うまく向きをかえて、楽にした・・・」(448-9ページ)。

稔と悠一の関係に嫉妬した、やはり男色家である稔の養父は、悠一の妻・康子と悠一の母の元に、悠一が男色であることを密告する手紙を送る。

悠一の母は、その手紙が真実であるのかどうかを、実地に確かめようとする。

「彼女は目をつぶって、この二晩に見た地獄の光景を思いうかべた。一通の拙い手紙のほかには、かつて彼女が予備知識をもたなかった現象がそこに在った。たとえようもない気味の悪さ、怖ろしさ、いやらしさ、醜さ、ぞっとする不快、嘔吐をもよおすような違和感、あらゆる感覚上の嫌悪をそそる現象がそこに在った。しかも店の人たち客たちも、人間のふだんの表情、日常茶飯事を行うときに平然たる表情を崩さぬことが、まことに不快な対比を形づくる。『あの人たちは当たり前だと思ってやっているんだわ』と彼女は腹立たしく考えた。『さかさまの世界の醜さはどうでしょう!ああいう変態どもがどう思ってやっていようと、正しいのは私のほうだし、私の目に狂いはないんだ』」(475ページ)。

男色の世界を驚愕のまなざしでもって眺める悠一の母の思いが、閃光のごとく表現されている。

悠一に恋心を寄せながら、彼の男色行為を覗き見して、ショックで京都に遁走していた鏑木夫人が、上京して、その窮地を救ったのである。

最後に、俊輔の身代わりであることを拒むために、俊輔と会った悠一は、俊輔の自殺に立ち会うことになる。
俊輔は、悠一に、1千万円という財産を残したのであった。

同性愛が「感覚上の嫌悪をそそる現象」であるかどうかは別にして、ある意味で、身近な他者の現象であるならば、性行動の記述にあたって、『禁色』は、性の人類学が目指すべき叙述のある型を示しているのではないか。



ホモセクシュアルもまた、生物進化の産物
であると考えられる。
(フロイトの「性の逸脱」説に対抗)
オランウータンやゴリラのメスは、発情徴候を示さない。

それらは、オス同士の性的興奮を伴う同性同士の交渉を行うように進化した。

やがて、性的な魅力を感じる相手は、「声」や「しぐさ」や「身体の部分」になり、異性という枠を超えるようになった。

しかし、ヒトの社会を見た場合、ホモセクシュアリティを、「生物学上の同性同士による性交渉」として理解することは単純すぎる

ヒトの諸社会を眺めてみれば、ホモセクシュアリティの多彩な相貌に出会う。

以下では、ニューギニアのホモセクシュアリティのあり方を見てみよう。



制度化された性行動
儀礼化されたホモセクシュアリティー


Institutionalized Sexual Behavior
Ritualized Homosexuality


ギルバート・ハート



ニューギニア高地諸社会

生まれながらに持つ女性性を、儀礼の介入によって取り除いて、少年は男性性を獲得する





サンビア社会
(仮名)


人は、
生まれながら母性を持っていて、穢れている。

そのため、
母性=血を取り除く儀礼を行う。

その後、少年たちは男になるための儀礼に向かう。

青年期の男性は同性愛の行為を儀礼的に行う


少年期から青年期に達する
若者が男性的な身体を獲得するためには、
年長の男性から精液を分けてもらわねばならない
と考えられている。

***************

少年の儀礼の第一段階は、少年の身体に蓄積し、「ケガレている」
とされる女性的なもの(血液や母乳)を取り除く洗浄儀礼である。

鼻孔、ペニス、舌などに傷をつけて血を絞り出す瀉血、吐瀉などが行われる。

そうして中性の状態になったうえで、より男らしくなるために
男性の身体を強くする活力源である精液を得なければならない。

身体に精液を充満させることによって、判断力や理解力も増し、
性欲や怒りという感情を持ち、戦争、狩猟、祭祀などにおいて
男性的な活動を充分に遂行する能力を持ち得る

少年は自ら男性としての活力源である精液を生産できない

年長の者から分け与えてもらわねばならない。

その授受には
直接的なもの、間接的なものがある。

フェラチオや肛門性交によって精液を少年の体内に摂取する方法や、
精液を少年の身体に塗布する、また精液の含まれている食べ物を
少年に食べさせるといった方法
である。

こうした授受は繰り返し行なうことで、少年は男らしくなる。

サンビア社会の男性のセクシュアリティは、
少年期には、精液の<受け手>として同性愛で始まり、
やがて、精液の<与え手>に変わり、そして、次には結婚して、一時、
両性愛となり、
最後には、
異性愛へと変化していく。

こうした社会の男性とは、男性の活力の源である精液の身体への充満によって成長し、
精液の喪失によって年を取っていくと考えられている。

サンビアには、
ホモセクシュアリティという人の属性は存在しない

サンビア人は、私たちのホモやゲイの概念を理解できなかった。

そこでは、
ホモセクシュアリティは、儀礼的プロセスであり、より大きな社会的背景から独立して存在しえない。

ホモセクシュアリティもまた、人類社会においては多様なのである。





【参考図書紹介】

奥野克巳・椎野若菜・竹ノ下祐二共編著

 『セックスの人類学』春風社




ジョナサン・マーゴリス、奥原由希子訳
『みんな気持ちよかった!:人類10万年のセックス史』
ヴィレッジ・ブックス




田中雅一
『癒しとイヤラシ:エロスの文化人類学』
筑摩書房




裸の大陸チャリティープロジェクト





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