【第9回】血のつながりと親子

親子とは?
「血がつながっている」から親子なのだろうか?
地球上の社会から、親子関係について探ってみよう。
すると、「血のつながり」が親子であるという私たちの考えはひっくり返される。


目玉おやじ鬼太郎の父子は、
「血がつながっている」から情が通じているだろうか?



「私の家族」
(NHKヒューマンドキュメンタリー)


家族構成
お父さん(47歳)
お母さん(47歳)
食いしん坊の長男・優一くん(14歳)
しっかりモノの妹・智香ちゃん(12歳)
おませな末っ子・ひかりちゃん(7歳)

一見普通の家族にみえるが、ひとつ違うことがある。

それは、この家族には「血のつながり」がないという点。

3人の子どもたちは、
それぞれ幼い頃に
特別養子縁組というカタチで、この一家に養子として迎えられた。
特別養子縁組は法律上実の子どもとなり、戸籍上でも養子の表記はない。

自らの子を授かることができなかった夫婦の選択...
「とにかく子育てがしたかった...どんなカタチでも」





そして父になる
6歳になるまで育てた子は、病院で取り違えられた他人の子だった





いったい親子関係とは何だろうか?

異文化の事例、つまり、地球上の親子関係のあり方を手がかりとして考えてみよう。

pp.65-6

あらかじめ、以下で取り上げる用語を整理しておきたい。

ジェニター(genitor)
それぞれの文化の生殖理論によって
女性の妊娠に関わった男性
生物学的父親
ジェニトリックス
(genitorix)

出産した女性
生物学的母親
ペイター(pater)
社会的承認を受けた上で父親となり、
その子供に対して、父親として法的・社会的認知をした者
社会学的父親
メイター(mater)
社会的に承認され、
母親となった者
社会学的母親



地球上の諸社会の親子関係の多様なあり方


@
トロブリアンド諸島

の母系社会




結婚後、夫方居住

子どもが生まれて成長すれば、子どもは父親のもとを離れて、
母親の兄弟が住む村に移り住む。

性交渉とは、ワイワイア(精霊児)が入る道を整えること。

精液は妊娠に関係ないと考えられていた。
<民俗生殖理論>

子どもと父親の間には、血のつながりは認められていない。


父親が子どもを抱いて世話をすることで、子は父に似る。



この社会には、
ジェニターは存在しない。
ペイターのみ存在。

私たちは、性交渉の結果が妊娠と出産であり、
親子は「血のつながり」といった肉体的連続性を持ち、親愛の情が沸くと考える。

しかし、これは全ての社会にとって、親子の情愛の妥当な説明とはならない。

この社会には、
父と子の「血のつながり」はない。


しかし、彼らは、父親として愛情を持って子どもを育てる。



マリノウスキー『未開人の性生活』新泉社



A
スーダンの
ヌアー社会





(1)亡霊婚

Ghost Marriage




結婚時、夫側から妻側に婚資として牛が支払われる。

結婚後、夫が死んだ場合(あるいは牛を支払わずに死んだ場合)、
親族が牛を支払って、
夫の兄弟が死者の名によって未亡人と結婚する(性関係を持つ)。

生まれた子どもは、
死者の子どもとされる。



(2)女性婚

Woman Marriage




子どもを産まない女性が男性(ペイター)として妻をめとって夫としての役割を果たす。

女性は子どもから
父親と呼ばれる。



ヌアー社会では、父親になるのは、死者である。

日本社会では、
生殖(性交渉して、子どもを生むこと)と親子関係は、直結しなければならない。

ヌアー社会では、
生殖と親子関係は必ずしも一致しない。

*血のつながりという肉体的なつながりは、
父と子の関係を本質的に成立させない。





E.E.エヴァンズ=プリチャード

『ヌアー族――ナイル系一民族の
生業形態と政治制度の調査記録』





B
エチオピアの
ボラナ社会




結婚して子どもをつくること=名前が消えることを防ぐ

ボル・リーバン・・・
本人・父親・祖父・曾祖父・・・

子どもがいない場合、養子をとる 

自分の名前を残す

婚姻外の性交渉の結果、女性が生んだ子どもの父は、
女の夫(ペーター=社会的父)

父子関係は、肉体的なものではなく、父系の系譜の連続性

<民俗生殖理論>
子どもに女性の物質が伝えられることを否定

父性の強調


ボラナの既婚女性

結婚した父系集団に愛人関係を持ち込み、子を産む。

その子どもの父親はあくまでも女性の夫である。

既婚女性の婚外性交渉の相手と、その結果生まれた子どもは、
「アッベーラ」と呼び合う関係になる。

父親は子を名づけ、養育する。
アッベーラは子に援助することもある。


子どもの父親は母親の夫。
たとえアッベーラがいたとしても親子関係にとってはなんでもない


「性=生殖=愛情」という三位一体の近代家族観とは異なる。



C
メラネシアのモタ社会



出産した女性の夫
が助産婦への支払いをしなければならない。

=夫は支払いを済ませて初めて、
父親(ペイター)となる。

出産した女性(ジェニトリックス)も、そうしなければ、
母親(メイター)になれない。

金持ちで子どもが欲しい男(ペイター)が、
貧しい夫(ジェニター)にさきがけて支払いを済ませた場合、
その男が父親(ペイター)となる。

*親子関係は、社会的な取り決めを守って初めて成立する。



上の4つの社会の親子のあり方から何を知ることができるか?

私たちは「血のつながり」という言葉で親子の関係を語る。

そこには肉体的なつながりがあり、従って自然な情として愛情も湧くと考える。

私たちは、親子の間に、肉体的な連続性を見出してきた。

奇妙にも、そのことが、逆に親子関係の根拠づけに使われている。

「性=生殖=愛情」の三位一体となった近代家族では、
さらに凝縮して家族の親密さが語られる。

私たちは、こうした縛りから抜け出すことは難しい。

上記の諸事例は、私たちの親子の語り方に異なる様相を加えてくれる。



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