第42回マルチスピーシーズ人類学研究会(オンライン研究会)


「COVID-19を分野横断的に考える」

 【6】隔離され、画像化された二つの「顔」、その「あいだ」で
――ハンセン病絶対隔離政策とオンラインの顔貌から考えるコロナの時代の生とコミュニケーション


日時 2020年5月21日(木)20:00~22:00
形式 オンライン研究会(Zoomによる)
申し込み ・受付 2020年5月18日(月)10:00~
・定員 30名
(定員に達しましたので、締め切りました)
以下のGoogle Formに記入の上、お申し込みください。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSclikZpXupxSlbd-aqbfnmZPZTRYY83Cdg0Cj9fi2D7ScyfVg/viewform

【趣旨】
「昭和期のハンセン病患者への差別・弾圧をみるようで、既視感しかない。安全・安心を求めるあまり理性を失い、患者を抹殺しようとする市民。初期段階からずっと懸念していたことがどんどん現実化していく。」

これはホーメイ歌手でありアーティストの山川冬樹さんが、三重県で新型コロナウイルス感染者の家に投石や落書きがなされたという報道のあった4月21日に、ツイッターに投稿した言葉です。

1931年に「癩予防ニ関スル件」から改正される形で成立した「癩予防法」は、ハンセン病を患った人たちを「ハンセン病絶対隔離政策」のもとに、全国各地の療養所へと強制的に収容することを定めた、著しい人権侵害を含む内容の法律でした。この法律下においては、1915年以来行われてきた患者たちが結婚する際の「断種」と呼ばれる避妊手術なども公然と行われ(法文にそれを義務付ける文言こそないものの)、また、この「癩予防法」を引き継ぐ形で1953年に制定された「らい予防法」においても、患者への偏見や差別を助長する強制隔離が旨とされ、制定当時より多くの批判が患者たち自身によってなされてきました。しかし、その法律がようやく廃止されることとなったのはわずか四半世紀前、1996年のことです。

島のほぼ全体がハンセン病の療養所である香川県の大島では、自由を求めた患者たちが対岸の庵治町へと海を泳いで渡ろうとし、そのうちの多くの人が潮に流されて絶命したと言います。山川さんが瀬戸内国際芸術祭2019において大島で展示した作品「海峡の歌」は、かかる大島の歴史に着想を得た映像インスタレーションであり、山川さんはその作品の制作にあたって、2016年よりハンセン病療養所でのフィールドワークを行ってきました。なぜこのような悲劇が招かれてしまったのか。ハンセン病問題は一般に日本という国家の政策的なあやまちとして反省されていますが、山川さんは「それだけではない」と言います。

「市民も、いや、市民こそが隔離に加担し、自分たちの安心のために患者を社会的に抹殺しようとていたんです」(山川冬樹)

ところで、このハンセン病という感染症において、最も特徴的だとされていた症状の一つに、顔面の変形があります。「顔」は、身体のあらゆる部位の中でも、社会的な役割が強い部位であるとされ、また個人を特定する際の識別に深く関わる部位であるともされています。それゆえ、ハンセン病患者に見られる顔面の変形が、患者への差別を助長する要因となったとも言われています。こうした「顔」という部位の持つ特質にフォーカスを当て、「顔」を存在論的に捉え直す作品を制作しているのが、現代美術家の村山悟郎さんです。

たとえば、村山さんがあいちトリエンナーレ2019に出品した作品「環世界とプログラムのための肖像」で提示した複数の抽象的なドローイングは、いずれもAIの顔検出プログラムにとっては「顔」として認識、分類されるものです。一方、それらのドローイングと並べて提示された「変顔」の写真群は、我々には「顔」として認識されるものの、AIには無意味な図像として処理されるものです。「顔」という社会的な部位をめぐる、人とAIの間のまなざしの差異をあぶり出すこうしたアプローチは、人とAIの環世界の重なり、そのコンタクトゾーンを探るという極めて多自然主義的なアプローチであり、マルチスピーシーズ人類学とも共鳴するもので。

また、村山さんは、COVID-19の感染拡大防止のための隔離政策下におけるオンラインミーティングの広がりが、私たちの「顔」に対する認識のありようを更新することになるのではないかという指摘も行なっており、現在生起しつつある状況を「コミュニケーションのポスト・アウラ的状況」と見立て、美術を通じた「顔」の再考、あるいは新しいコミュニケーションの可能性を模索しています。

「現代の顔は、もはや柔らかく弾力のある表情ではなく、高度に計算されたデジタルの顔貌である。顔が肉体を離れ、画像化する(あまつさえコンピュータによって偽装される)。一つの顔の固有性は喪失し、あるいはオンラインコミュニケーションにとって顔の固有性はさほど重要ではなくなる。私はこれを試しに、コミュニケーションの「ポスト・アウラ」的状況と呼んでみることにしたい」(村山悟郎)

国策と市民の迫害によって生きる権利を剥奪されながら、隔離の中を生き抜いたハンセン病患者たちの「顔」、ソーシャルディスタンシングの掛け声のもとに緩やかにオンラインへと幽閉されつつある今日の我々の「顔」。本研究会では、この二つの「顔」を通じて、コロナの時代の生の行方、さらにはこの時下におけるコミュニケーションの行方について、山川冬樹さん、村山悟郎さんの対話から学んでみたいと思います。


【プログラム】
対談:山川冬樹(東京芸術大学)×村山悟郎(東京芸術大学)
司会進行:辻陽介(HAGAZINE 編集者)




展示風景「あいちトリエンナーレ2019」撮影 怡土鉄夫
村山悟郎《環世界とプログラムのための肖像1.0》


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