【趣旨】
フィールドを重んじる人類学にいま地殻変動が起きつつある。激震をもたらしたのは、ティム・インゴルドである(『人類学とは何か』)。フィールドからデータを持ち帰って民族誌にまとめ上げることは、盗撮まがいの他者の欺きになると、インゴルドは手厳しい。インゴルドにとって、フィールドでの参与観察とは、データ集めではなく、「人々とともに学ぶ方法」なのである。フィールドワークとは、「他者の生を書くことに関するものではなく、生きる方法を見つけるという共通任務に他者とともに加わることに関するもの」(前掲書19頁)である。
「フィールド科学の入り口」シリーズを進める赤坂憲雄は、一見フィールドと関係がないように思える文学研究に着目し、わが国における環境文学研究を牽引する野田研一の著作に出会った。小説や詩の言葉の中に、「生きることや食べることをめぐって、人間とほかの生き物とが交わしている対話のようなものに眼を凝らさずにはいられなかった」(『文学の環境を探る』194頁)という赤坂の直観は、インゴルド以後の人類学のフィールドの見方に照らせば、文学がフィールドに関係がないどころか、フィールドそのものでもあるように感じられるであろう。フィールドとは今日、「野外=フィールド」だけにあるのではない。文学テクストそのものが、私たちが学ぶためのフィールドでもあるのだ。
本研究会では、野田研一・赤坂憲雄編『フィールド科学の入口 文学の環境を探る』(玉川大学出版会、2020年)を取り上げて、本源的なフィールドとしての自然や環境に関わる文学テクストの研究から、私たちが何を学ぶことができるのかを考えてみたい。さらには、環境文学がいま自らを投げ入れようとしている、自然や環境をめぐるより大きな学際的領域「環境人文学」の可能性についても考えてみよう。
第1部では、本書の第II部と第III部に掲載された7本の論考を、トランスパーソナル心理学・妖怪研究の比較思想家・甲田烈、人間を大きく超えて宇宙を視野に入れて考えるビッグヒストリアン・辻村伸雄、アラスカ先住民のフィールドワークを行ってきた人類学者・近藤祉秋の3名が書評し、参加者とともに議論する。
第2部では、本書のI部に掲載された、野田研一・赤坂憲雄による対談をめぐって、環境文学研究者・小谷一明と人類学者・奥野克巳が、野田研一と赤坂憲雄に問いを投げかけるかたちでディスカッションを行う。
【プログラム】
◇第1部◇
第II部と第III部に掲載された7本の論考をめぐって
15:00~17:00
辻村伸雄(国際ビックヒストリー学会)
甲田烈(東洋大学 井上円了研究センター)
近藤祉秋(北海道大学 アイヌ・先住民研究センター)
◇第2部◇
第I部の対談をめぐって
17:10~18:30
野田研一(立教大学名誉教授)
赤坂憲雄(学習院大学)
小谷一明(新潟県立大学)
奥野克巳(立教大学)
野田研一・赤坂憲雄 編 『フィールド科学の入口 文学の環境を探る』 玉川大学出版部