Look11  日本人の持つ未来感と機能

Designer 吉田圭佑

日本人は未来をイメージすると機械のようなものを人が纏っている姿(人によっては機械に侵略されていると言うだろう)をイメージする。 そのイメージは昭和アニメ・漫画の時代から変わらず現在に至っている。 しかし、普遍的な考えでいえば機械のような服を纏うことはありえないことだろう。なぜなら重さといい、機能といい(飛行能力のような新機能を指すのでは無く、機械を纏う事の身体的機能面において)、現在の普遍的な私達の美意識(現在のそれの延長線上に衣服としての根本を覆す機械を纏うような着装革命は恐らく起きないだろう)といい、まずありえないと言い切れる。
人が空を自由に飛べる時代をイメージされていた21世紀。実際の私たちの衣服と言えば、デザイン>機能と言えるだろう。デザインを追求した結果として、機能は削がれる対象になっていった。今回、私はデザインの為に日常着としての機能(現在の日常着にある機能)を削ぎ、且つ人間が機械を着ている(人間が機械に組み込まれる)イメージのトータルデザイン(身体のラインを大きく出し、その上に固さのある服を着させる)にした。
トップスは、機械をイメージしつつ“入り交じり”も要素として加えた。エナメル、ウール、2色のフェルトを組み合わせ、フェルトのイントレチャートや、×のカタチの切り返しをする。時代の、ファッションの、価値観の入り交じりをイメージしたものをディテールとして配している。後ろ身頃のデザインに関しては機械的未来感があり、多少“エヴァンゲリオン”の初号機(単純に私の好みである)をモチーフにしている。このデザインはプロトスーツを着た綾波レイをミューズに描き始めた。トップスはレイがエヴァに搭載したようなイメージ(人間が機械に組み込まれる)がある。
立体スカートもまず、角形で機械的未来感をイメージ(角形であったり、エナメルの角の切り返しのデザインに未来感を感じるのはもしかしたら私だけの価値観かもしれないが)した。このスカートはデザインの為に機能性の排除をした。座れないカタチという点である。衣服というのは、デザインが重要と現在は捉えられているかもしれないが、最低限の生活に必要な身体的機能が使用できることは日常着には必要不可欠である。座るという日常動作ができないのは、この服の最大の欠点であり、デザイン性を高めるために手放した機能であると言える。