情報処理アプローチに基づいて,人間の認知過程や知識構造について研究するモデル指向的な実験心理学をさす.
1920年代以降の行動主義心理学に対する「認知革命」として,1960年代に,情報科学,計算機科学,言語学等の影響のもとに,認知心理学のパラダイムは形成された.第一に,系時的・段階的な情報処理アプローチの基礎は,人間の情報処理容量について検討したミラー(Miller, G. A.)の研究と,入力情報が選択されて記憶に至る過程を明確にモデル化したブロードベント(Broadbent, D. E.)らの研究の中で確立され,記憶システムを中心とした認知過程の研究に深く浸透している.第二の計算機科学,特にニューエルとサイモン(Newell, A., & Simon, H. A.)らの研究に始まり,現在,人工知能とよばれる領域の成果は,認知心理学における知識構造の研究と,記号操作によって実現されると仮定される高次精神過程の研究に大きな影響を及ぼしている.第三に,言語学の領域における,チョムスキー(Chomsky, N.)の生成文法理論とフィルモア(Fillmore, C. J.)の格文法理論は,言語研究の基本的な枠組みとして様々な側面から検討されている.
1967年に出版されたナイサー(Neisser, U.)の著書“Cognitive Psychology”と1970年に創刊された同名の学界誌は,認知心理学の分野に定義を下す上で,重要な役割を果たした.ナイサーの著書は,知覚と注意に関する6つの章と,記憶,言語,思考に関する4章で構成されている.これとは対照的に,1985年に出版された,アンダーソン(Anderson, J. R.)による概説書は,神経生理学,知覚,注意に関する2つの章と知識表象,記憶,技能,問題解決,演繹的推理,帰納的推理,言語理解,言語生成,認知発達に関する12の章で構成されており,現代の認知心理学の広がりを示している.認知心理学に寄与した他の要因として,測定方法の洗練と統計解析技法の普及をあげることができる.特に,刺激を瞬間提示し,高精度で測定する実験装置の普及によって,単なる遂行成績に加えて,1ms.単位で測定された反応時間データが,認知心理学の諸問題に対する重要な知見を生み出してきた.
近年,社会心理学の領域においても,認知心理学の理論的枠組みや実験パラダイムを用いて,対人認知の基礎となる対人記憶(person memory)や認知構造に関する研究が行われている.
個人と社会との間の相互作用過程を研究する心理学の一分野をさす。研究領域は,個人過程,対人過程,集団内行動,集団間行動,集合行動などに大別できる。個人過程としては,対人認知,自己,帰属過程,態度変容などがあり,対人過程としては,コミュニケーション,説得,対人魅力,攻撃と援助などをあげることができる。集団内行動と関連して,集団の構造や機能,リーダーシップなどが,集団間行動に関しては,差別と偏見,競争協力などが研究されている。集合行動と関連して,流言,普及過程,消費・購買行動などをあげることができる。
近年では,マーケティングと関連した消費者行動研究や,情報通信機器の発展によるメディア・コミュニケーション,さらには,インターネットの普及にともなうCMC(Computer- Mediated Communication)の研究も盛んである。
サイモン(Simon, H. A.)の定義によれば,認知科学は,知的システムと知能の性質を理解しようとする研究領域である.
人間の認知システムにおいては,神経生理学的レベルから社会文化的レベル至る多様な要因が,緊密に関連し合っている.1960年代後半から,心理学, 人工知能(Artificial Intelligence),言語学,神経科学,文化人類学,哲学等の近接領域における研究成果や方法論が相互に影響し合う傾向が顕著になり,学際的研究の必要性から,学界誌である“Cognitive Science"が1977年に創刊され,同名の国際学会が1979年に発足した.第1回認知科学会議の招待論文のなかで,ノーマン(Norman,D.A.)は認知科学で扱うべき12の主題として,信念システム,意識,発達,感情,相互作用(社会的,あるいは人間−機械),言語,学習,記憶,知覚,行為実行,技能,思考をあげているが,実際の研究は,記憶,言語,思考といった人間の知識の機能,構造,処理過程に関連した領域に集中している.
一般に認知科学では,心理学的データから構成された,認知過程の複雑な相互作用に関する理論を,プログラミング言語を用いて明確にモデル化し,コンピュータ・シミュレーションの実行によって,モデルの論理的整合性と心理学的妥当性の検証が行われる.このように認知科学では,人間の認知システムとシミュレーション・モデルとの間の単なる機能的等価性だけではなく,機能を生み出す一定の抽象的レベルでの構造的等価性が追求される.従って,主に機能的等価性のみを実現しようとする人工知能研究とは区別されるが,現時点では両者は密接に関連しており,現実的な応用を強く志向する人工知能研究は,特に,知識工学(Knowledge Engineering)と呼ばれる.
典型的な認知科学的態度によれば,人間の認知過程は記号で表現可能な知識表象に対する複雑な形式的操作(computation)であるとみなされている.これに対して,1986年以降,脳神経系から抽象化されたニューラル・ネットワークに基礎をおくPDP(Parallel Distributed Processing:並列分散処理)と呼ばれるパラダイムが注目されてきている.PDPモデルでは,相互に結合された多数の単純な処理ユニットのネットワークが活性化の伝播を介して並列に作動し,全体としてまとまった情報処理を実行する.そして,知識は局所的学習規則によって更新される結合ウェイトの集合として表現できると主張され,認知科学の新しい流れを形成している.