立教大学 心理学研究科

都築研究室

認知 Cognition (都築,1992)

 生体が,生得的ないしは学習によって獲得された既存のシステムや知識との相互作用を通して,外界からの情報を受容し,選択し,変形し,対象の相互関係や一貫性に関する新しい知識を体制下し,適切な行為のためにそれを運用する活動をさす.従って,認知という用語は,一般に生体の情報収集・処理活動の総称であり,知覚,注意,記憶,推論,問題解決,言語理解と言語生成といった,生体の知的諸過程をさす包括的な構成概念である.情動や意志などの主観的体験と対立する概念とみなされ,狭義には,感覚,知覚過程と区別された高次の心的過程をさす.

 人間の知を解明しようとする認知科学的アプローチは,記号計算主義,あるいは単に計算主義(computationalism)とよばれる.この立場は,ニューエル(Newell, A.)の物理記号系(physical symbol system)仮説に典型的に表明されている.それによれば,人間知能の柔軟性,合理性といった特徴はある種の記号操作によって実現されていると仮定できる.従って,計算可能な関数の最大クラスを表現しうる現在の記号処理言語によって,人間の認知過程のモデルをシミュレーション・プログラムの形式で実現できるはずであると主張される.

 人間の認知過程における,表象(representation)の問題−つまり,知識の表現,保持,利用,獲得−は最も重要な研究テーマであり,記憶システムは重要なサブシステムであると仮定されている.人間の記憶システムの代表的なモデルとして,アトキンソンとシフリン(Atkinson, R. L., & Shiffrin, R. M.)の「二重貯蔵モデル」をあげることができる.このモデルでは,限られた情報を一時的に保持する短期記憶と,膨大な知識をほぼ永続的に保持する長期記憶という2つの構造が仮定され,入力情報はリハーサルによって,短期記憶に維持され,さらに長期記憶に転送されると主張される.

 一方,情報を貯蔵の観点からではなく,使用の観点からみた場合,人間の知識は,事実や命題に関する宣言的知識(declarative knowledge)と,操作手順に係わる手続き的知識(procedural knowledge)に分類される.モデル的には,宣言的知識に対しては,ノードとリンクから構成された意味ネットワーク(semanteic network)が用いられ,手続き的知識に対しては,条件部と行為部の対からなる処理規則(プロダクシュン)の集合からなるプロダクション・システム(production system)が用いられることが多い.

 アンダーソン(Anderson, J. R.)のACT(Adaptive Control of Thought)モデルは,認知心理学による知見をふまえた,人間の高次の認知過程の統合的なシミュレーション・モデルであり,言語理解,言語生成,推論,知識獲得を扱うことができる.ACTモデルは,意味ネットワークで表現されたデータベース部,プロダクションの集合と,各プロダクションの条件とデータの照合,プロダクションの選択・起動を制御するインタプリタ部の3つから構成されている.ACTモデルでは,長期記憶に対応する意味ネットワークの活性化された部分をいわゆる作業記憶とみなし,活性化された知識に対して,プロダクションの条件部の照合が行われる.ACTモデルでは,活性化の制御メカニズムが,人間の連想記憶や注意のしくみをシミュレートした重要な部分を構成している.

 これに対して,フォーダー(Foder, J.)は,あらゆる関連情報を参照した処理を必要とする中央系と,記憶の呼び出しを必要としない周辺系とを明確に区別し,後者の性質をモジュール性(modularity)と名付けている.つまり,視覚,聴覚,さらには言語処理系といった各モジュールは,作動が強制的かつ高速であり,領域特異的であって,情報的に遮蔽されおり他のモジュールと干渉しないと主張される.マー(Marr, D.)の視覚研究の成果をふまえた,フォーダーの理論的仮定は,中央系に至る前にかなりの処理が,様々な拘束条件を活用してボトムアップ的になされているというものであり,トップダウン的な関連知識の呼び出し機構自体を積極的に研究する立場(ACT,スクリプト,フレーム等のモデルがこの範中に属する)と対置される.一方,ナイサー(Neisser, U.)は,環境と人間の認知構造との間の相互作用を強調し,生態学的妥当性(ecological validity)をもつ認知研究の必要性を提唱している.さらに,コールとスクリブナー(Cole, M., & Scribner, S.)は,文化的相対主義の観点から,認知心理学の方法論を用いて,固有の文化の中に位置づけられた認知過程について報告している.

 認知科学における計算主義とは異なり,社会心理学における認知的志向とは,行動を説明する際に,態度,観念,期待といった中枢過程の機能と認知構造を強調する立場であり,刺激−反応変数という末梢要因を強調する行動主義と対比される.認知志向的な社会心理学的研究の代表例として,認知的斉合性理論,帰属理論,社会的認知研究などをあげることができる.

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