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2009年度全学カリキュラム総合B科目:
 「ESD-持続可能な開発と教育 <持続可能な世界はいかにして可能か>」

 

【第4回 貧困】
 2009年5月13日(水)  担当:小貫 仁

1.導入

 授業の前提として、前回までの授業内容について(特に「もしも世界が100人の村だったら」のワークショップをふまえて)の感想を問う。
-「日本は恵まれている」
-「日本と比べて全然違う」
-「所得の格差が大きくてかわいそうだと思った」

 ワークショップ「もしも世界が100人の村だったら」で提示されていた、「100人のうち20人が栄養不足」ということについて、数値を図で表してイメージを作る。最上位6%の所得が全体の59%を占め、下位20%が2%を分け合っているという図は、〔ワイングラスの図〕(p.83)とも呼ばれ、所得の格差を如実に表している。日本はこの図のトップ部分に位置している。このような現実を知り問題意識を持ち、その原因を追究するということが重要である。この授業では、問題意識を共有し、仮説検証ののち、その後私たちはどうしたらよいのだろうかという行動について考える。


2.貧困の原因

 貧困の原因を、経済的視点で考えていく。
 まず、貧困とは、「経済的活動の結果必然的に起きてくること」である。工業化が進むことによって、農村の人口が都市へ移動する。これを出稼ぎと言う(海外に出れば移民である)。この都市へ移動した人々の数が過剰になると、都市の生活場や仕事が不足し、スラムを形成したりストリートチルドレンとなったりする。このような流れを世界的・歴史的に考えると、植民地下を背景とした工業化(=産業革命)からグローバル化が進み、利潤の極大化が目的となっている裏で貧困という問題が起きているとみることができる。経済のあり方をとらえるには、このように、経済原則である利潤極大化とともに貧困・格差等のリスク極小化の視点が必要である。この利潤の裏側にあるリスクについて、考えていきたい。


3.日本の貧困とは?

 ここで、具体的な例を出しながら日本の「貧困」について考える。
補足:貧困は、所得水準によって考える。世界では1日1ドル以下の所得の人が約10億人いる。また、2ドル以下でみると約30億人いる。この約40億人程度がいわゆる貧困層である。

  [コメントシートに各自「日本の貧困」と考えられるものを記述し、隣人と話し合う]

-ホームレス
-非正規社員・派遣社員
-交通手段(満員電車:わびしい生活、ゆとりがない)
-地価が高い(一戸建てがもてない)
-生活保護(ワーキングプアー)
-精神的な貧しさ

 ジニ係数(p.81、p.89-90)を用いて日本の所得の分布をみてみると、社会保障等の所得分配政策によって調整され、世界基準として求められている0.3台になっている。しかし、より精緻な数字でみると0.39であり厳しい状況である。これは貧困とどのような関係があるのだろうか。日本にも貧困の要素はあると思われるが、絶対的貧困とは少し違う。日本の政府も「日本に貧困はない」としているし、したがってその対策もしていない。けれども所得は重要であるが、所得だけで終わらないことも同じように重要なのである。では、日本と世界の「貧困」の共通点とは何であろうか。


4. 日本と世界の「貧困」の共通点

 これまでの意見では、「金銭的欠乏」「精神的貧しさ」が出された。ここに、「やりたいことができないこと」「社会的つながりや関係性へのアクセスが閉ざされていること」、つまり、為したいことの自由や選択の幅が閉ざされている「剥奪としての貧困」を加えることができる。これこそが重要な共通点である。(p.84-91)
 貧困への対策として、単純にお金を与えればよいということではない。金銭的な欠乏だけではない貧困が存在していることを理解することは、社会の問題をどう解決するかということを考え行動する際に不可欠な視点なのである。

 

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