サイモン(Simon, H. A.)の定義によれば,認知科学は,知的システムと知能の性質を理解しようとする研究領域である.
人間の認知システムにおいては,神経生理学的レベルから社会文化的レベル至る多様な要因が,緊密に関連し合っている.1960年代後半から,心理学, 人工知能(Artificial Intelligence),言語学,神経科学,文化人類学,哲学等の近接領域における研究成果や方法論が相互に影響し合う傾向が顕著になり,学際的研究の必要性から,学界誌である“Cognitive Science"が1977年に創刊され,同名の国際学会が1979年に発足した.第1回認知科学会議の招待論文のなかで,ノーマン(Norman, D. A.)は認知科学で扱うべき12の主題として,信念システム,意識,発達,感情,相互作用(社会的,あるいは人間−機械),言語,学習,記憶,知覚,行為実行,技能,思考をあげているが,実際の研究は,記憶,言語,思考といった人間の知識の機能,構造,処理過程に関連した領域に集中している.
一般に認知科学では,心理学的データから構成された,認知過程の複雑な相互作用に関する理論を,プログラミング言語を用いて明確にモデル化し,コンピュータ・シミュレーションの実行によって,モデルの論理的整合性と心理学的妥当性の検証が行われる.このように認知科学では,人間の認知システムとシミュレーション・モデルとの間の単なる機能的等価性だけではなく,機能を生み出す一定の抽象的レベルでの構造的等価性が追求される.従って,主に機能的等価性のみを実現しようとする人工知能研究とは区別されるが,現時点では両者は密接に関連しており,現実的な応用を強く志向する人工知能研究は,特に,知識工学(Knowledge Engineering)と呼ばれる.
典型的な認知科学的態度によれば,人間の認知過程は記号で表現可能な知識表象に対する複雑な形式的操作(computation)であるとみなされている.これに対して,1986年以降,脳神経系から抽象化されたニューラル・ネットワークに基礎をおくPDP(Parallel Distributed Processing:並列分散処理)と呼ばれるパラダイムが注目されてきている.PDPモデルでは,相互に結合された多数の単純な処理ユニットのネットワークが活性化の伝播を介して並列に作動し,全体としてまとまった情報処理を実行する.そして,知識は局所的学習規則によって更新される結合ウェイトの集合として表現できると主張され,認知科学の新しい流れを形成している.