Tsutomu Kobayashi

私の研究について

研究上の興味は、インフレーションなど初期宇宙の物理、重力理論とその宇宙論的・天体物理学的な検証、ブラックホールなど強重力場の物理などにあります。

重力のより深い理解を目指して

重力は宇宙の進化史、ブラックホールや高密度天体において本質的に重要な役割を果たしています。重力の「標準理論」は一般相対論ですが、私は一般相対論の拡張理論に特に興味を持って研究しています。研究の背景となる動機は以下の通りです。

  • 何かを理解したいと思ったときに、自分なりに再構築したり改造したりすることは有用です。拡張理論を考えることは、重力理論・一般相対論を深く理解することにつながるはずです。
  • 一般相対論を実験的・観測的に検証するためには、一般相対論でなかったらどうなるのか、という予言を与え、比較検討することが必要です。精細な宇宙論的観測に加え、重力波観測まで実現された現在、この動機の重要性は増しています。
  • われわれは量子重力理論を知りません。
  • 観測とよく整合しているインフレーションモデルの代表例は、一般相対論の拡張理論により記述されています。
  • 現在の宇宙は加速膨張していることが確認されていますが、重力が引力であるにも関わらず宇宙が減速でなく加速膨張するのは不可解で、ダークエネルギーと呼ばれるその駆動源の正体はわかっていません。このようなときには、考えられる可能性をできる限りあげてその妥当性を検討することも重要です。つまり、ダークエネルギーなる未知の物質(?)があるのではなく、宇宙論的長距離スケールで重力理論が修正されているのかもしれません。

このような動機にもとづいておこなった研究のうち、いくつか代表的なものをあげます。

  • この論文では、拡張された重力理論の中でも、計量テンソルと1つのスカラー場からなり場の方程式が2階になる最も一般的な理論 (Horndeski理論) を考え、インフレーションに応用しました。たいして難しいことをやったわけではないのですが、この種の研究が流行するきっかけとなった論文であると自負しています。論文の中で、重力波の伝播速度に関する一般公式を与えましたが、2017年に連星中性子星合体からの重力波とガンマ線バーストの同時観測により重力波がほぼ光速で伝播することが明らかになった際、さまざまな修正重力理論を棄却するのにわれわれの結果が活用されました。
  • すでに一般相対論のさまざまな実験的・観測的検証がなされているので、そう易々と一般相対論を拡張することはできません。拡張理論には、一般相対論からのズレを小さく抑えるような機構を組み込む必要があります。この論文では、上記の一般的なHorndeski理論でその機構がどのようにはたらくのかを調べ、かなり「うまくできている」ことがわかりました。また、この論文では、Horndeski理論をさらに拡張したような理論では、例えば天体の外側では一般相対論からのズレが非常に小さく抑えられている一方、天体の内側ではその機構がうまくはたらかず、検証可能なほどのズレが生じる可能性を指摘しました。このような理論を実験・観測によって即座に棄却することはできないため、その後、多くの人々によって天文観測などによる検証方法のアイデアが提案されました。
  • この論文この論文 (連作) では、上記の一般的なHorndeski理論の枠組で球対称ブラックホールの線形摂動理論を構築しました。ブラックホールからの重力波により重力理論の検証をおこなう際に基礎となる研究です。

インフレーション・初期宇宙シナリオの探究

インフレーションとは、ビッグバン以前の宇宙の急激な膨張のことで、標準ビッグバン宇宙モデルの初期条件の不自然さにまつわる諸問題を自然に解決するだけでなく、密度のムラのもとになる原始密度揺らぎを量子論的に生み出すことができる、非常に魅力的なシナリオです。インフレーションは大筋として正しいシナリオであろうと考えられてはいますが、多くの研究者はインフレーションの決定的証拠となるものを探すための努力を続けています。

インフレーションは、原始密度揺らぎに加え原始重力波も生み出します。インフレーションを起源とする原始重力波がもし観測されれば、私たちは初期宇宙の姿にさらに一歩迫ることができるようになります。私は、すでに見えていることよりも見えていないことの方が好きなので、インフレーション起源の重力波に関心を持って以下のような研究をしました。

  • この論文で、G-インフレーションという新しいインフレーションモデルを提唱しました。これまで、インフレーションから生成される重力波は必ず低周波側が少し上がったようなスペクトルを持ち、逆に高周波側が上がったようなスペクトルは実現不可能であると考えられていましたが、G-インフレーションは後者が可能となる初のモデルとして注目されました。原稿準備中に似たアイデアの論文が出てしまい、徹夜で仕上げて1日違いで投稿した思い出深い論文です。
  • この論文で、原始重力波の3点相関関数として一般にどのような形があり得るのかを検討し、一般相対論から予言される1つの形に加え、もう1つの可能性があることを示しました。これらは、原理的には観測で区別することが可能です。

私は「非標準的なひねくれたこと」を考えるのが好きなので、インフレーション以外の非標準的な初期宇宙シナリオ、あるいは非標準的シナリオとインフレーションを合体させることでインフレーションの欠点を補完するようなシナリオも楽しいと思っています。例えば、

  • この論文この論文で、場の方程式が2階微分方程式になるような理論では、インフレーションの代替となる初期特異点のない宇宙モデルには必ず不安定生が生じてしまう (ので、代替モデルを構築するのであればより一般的な理論を考える必要がある) ことを証明しました。
  • この論文で、宇宙がミンコフスキー時空から始まり、やがてインフレーション宇宙が創発される、という新しい初期宇宙シナリオを提唱しました。

科研費等獲得実績

  • 特別研究員奨励費 [日本学術振興会外国人特別研究員] 研究課題: 「重力による余剰次元の自発的コンパクト化とその宇宙論的帰結」
    1,200,000 円 (2021年度) 1,100,000 円 (2022年度)
  • 科研費 学術変革領域研究(A) 研究課題:「極限宇宙の物理法則を創る - 量子情報で拓く時空と物質の新しいパラダイム」研究分担者 (代表者: 高柳匡 (京都大学))
    100,000 円 (2021年度) 100,000 円 (2022年度)
  • 科研費 学術変革領域研究(A) 研究課題:「量子情報を用いた量子宇宙の数理とその応用」研究分担者 (代表者: 白水徹也 (名古屋大学))
    300,000 円 (2021年度) 900,000 円 (2022年度)
  • 科学研究費補助金 新学術領域 (2020年度-2021年度) 研究課題: 「重力波観測と整合的な重力理論の探求」
    1,000,000 円 (2020年度) 1,000,000 円 (2021年度)
  • 科研費 基盤研究 (C) (2020年度-2024年度) 研究課題:「拡がる修正重力理論の地平とその妥当性の多角的検討」
    700,000円 (2020年度) 700,000円 (2021年度) 700,000円 (2022年度)
  • 科学研究費補助金 新学術領域研究 (平成30年度-平成31年度) 研究課題:「初期特異点のない宇宙創生シナリオの研究」
    1,000,000円 (平成30年度) 1,000,000 円 (平成31年度) [間接経費は含まない]
  • 科学研究費補助金 新学術領域研究 (平成28年度-平成29年度) 研究課題:「初期特異点のない新しい宇宙モデルとその観測的検証」
    800,000円 (平成28年度) 800,000円 (平成29年度) [間接経費は含まない]
  • 科研費 若手研究 (B) (平成28年度-平成31年度) 研究課題:「一般的なスカラー・テンソル理論にもとづく宇宙論・宇宙物理学の探究」
    800,000円 (平成28年度) 800,000円 (平成29年度) 700,000円 (平成30年度) 700,000円 (平成31年度) [間接経費は含まない]
  • 科研費 若手研究 (B) (平成24年度-平成27年度) 研究課題:「「最も一般的なインフレーション模型」による宇宙論の展開」
    900,000円 (平成24年度) 900,000円 (平成25年度) 900,000円 (平成26年度) 900,000円 (平成27年度) [間接経費は含まない]
  • 科学研究費補助金 研究活動スタート支援 (平成22年度-平成23年度) 研究課題:「拡張重力模型による加速膨張宇宙の研究」
    1,250,000円 (平成22年度) 1,150,000円 (平成23年度) [間接経費は含まない]
  • 特別研究員奨励費[日本学術振興会 特別研究員 (PD)] (平成19年度-平成21年度) 研究課題:「高次元宇宙モデルにおける揺らぎの進化と観測的検証の可能性」
    1,100,000円 (平成19年度) 1,100,000円 (平成20年度) 1,100,000円 (平成21年度)
  • 特別研究員奨励費[日本学術振興会 特別研究員 (DC2, PD)] (平成17年度-平成18年度) 研究課題:「ブレーン宇宙論における摂動の進化と観測に対する予言」
    1,000,000円 (平成17年度) 900,000円 (平成18年度)