<プログラム(敬称略)>
司会:阿部治 立教大学ESD研究センター
1.発題:玉真之介(岩手大学)、末本誠(神戸大学)、阿部宏史(岡山大学)、鬼頭宏(上智大学)
2.パネル・ディスカッション(発題者がパネリスト)
<セミナー報告>
発題1:「教養教育の意味を問い直す―岩手大学「学びの銀河」プロジェクト」 PDF
玉真之介(岩手大学理事・副学長)
岩手大学の取り組みの特色の一つは、トップダウンで実施しているということである。大学の役員会で方針検討、決定し、それを通達しているという形である。協力を得るのに苦労しているものの、それを特色として打ち出している。
教養教育、以前の一般教養で、現在は全学共通教育となっているが、哲学からスポーツに至るまですべてESDを意識して行うよう全教員に要請している。大学教育については、社会からの強い要請により、学士課程の充実が急務である。学士課程、つまり学部の教育を大きく立て直す必要があるといわれている。学習成果、つまり汎用的な力、大学生であれば持っているべきであろう一定のコミュニケーション能力、文章力、適切な情報収集・分析能力といった力を学士力という言葉で表し、大学はそれを保証することが求められている。中教審では、教養教育ということについては立ち入らない、としている。様々な議論があるところであるが、という但し書き付きである。中教審の議論としては、学習成果を中心に大学改革をしろということであるが、品質保証は求めているものの、教養教育に関する一定の考えを提示するということはしていない。品質保証といったときの学士力、学生が身につけるべき能力とは何か、ということをふまえない限り、大学が付与すべき学習能力は定まらないのであるが、そこは大学が個々に考えざるを得ない状況である。高等教育の持つ社会性、公共性を考えると、どういう社会をめざすために、どういう教育が必要なのか、ということを中教審の段階で検討すべきだと思われる。岩手大学としては、学士力といったときに、幅広い教養と高い専門性の双方を兼ね備えた人間像をイメージしている。
北欧の教育は今、世界中で注目されているが、スウェーデン、フィンランドに調査にいった際に、アメリカやイギリスの競争原理を入れて教育を改革していこうという流れに対して対極的なのは、教育のベースは平等であるというフィンランドである。
次世代の育成を通じて民主的、平和的、持続可能な社会に寄与するのが大学の役割である。核心部分は価値観に基づいていろんな教育をつないでいこうとするところである。大学、学生のニーズに合わせるというよりは、大学教育において目指すべき社会とそれに見合う能力の養成であり、それを担うのが教養教育であるという旗印を掲げている。宮沢賢治の「世界全体が幸福にならなければ個人の幸福はありえない、個人の幸福が社会全体の幸福につながる」というメッセージを受け止め、銀河鉄道の夜の主人公であるジョバンニが、本当のみんなの幸いを探しにいくのだ、というように、みんなの幸いを追及していくのが本当の学問であると思う。
発題2:「ESD導入による環境学大学院のカリキュラム改革」 PDF
阿部宏史(岡山大学大学院環境学研究科)
岡山大学では、大学院を中心にESDに取り組んでいる。学部にも環境関連科目はあるが、特徴としては大学院中心ということである。2007年4月にESD分野のユネスコチェア(注1)に認定を受け、ESDの推進組織を立ち上げた。そこを拠点にESD事業を進めている。また、岡山が、国連大学によるイニシアティブのひとつRCE(Regional Centers of expertise on ESD:ESDに関する地域の拠点、岡山は世界で最初に認定された7か所のうちの一つ)にも指定されている関係で、RCE岡山との連携もある。岡山ではもともと地域のNGO、NPO、シンクタンクが熱心にESDを進めており、大学がそれに続く形である。
大学院教育の改革も進めている。専門性強化と、海外との連携を活発に行っている。
岡山大学は、11学部、7研究科があり、4000名ほどの学生数を持つ。1994年に設置された環境理工学部は、理系で最初に環境という名称がつけられたケースである。また、2005年4月に大学院の環境学研究科が設置されている。理系であることが特徴で、主には環境理工学部、農学部がある。外部資金の活用の必要性があり、21世紀COEプログラム、魅力ある大学院教育イニシアティブ、さらに大学院のGPといわれる文部科学省大学院教育改革支援プログラムの採択を受け、教育改革とESDを進めている。環境学研究科とユネスコチェアはこのプロセスの中で立ち上げたものである。
ESDの推進組織である岡山ESD推進協議会には、2007年4月に岡山大学がユネスコチェアに認定されたことを受けて組織的に大学が加わり、4つの機関がバランスよく連携するようになり、2005年RCE岡山の指定につながっている。
大学院教育におけるESDの導入、大学院GPにおけるアジア環境再生の人材養成プログラムの実施、ESD国際連携としてのPro.SPER NETへの参加、同済大学(上海市)との学生交流事業、フエ大学(ベトナム)との連携、パラオ共和国への協力事業など、多岐にわたる事業を展開している。
ユネスコ・チェアを基盤に大学院教育の改革と国際化を進めているわけだが、地方大学であることもあり、資金調達に苦労している。そのため、学外の協力者を確保し、継続的、持続的に進めてきたことは今の成果につながっていると考えられる。
(注1)UNITWIN/UNESCO Chairは,高等教育機関における教育・研究活動を大学間ネットワークの中で推進し,国境を越えた知識の交換を促すことを目的としたプログラムである。1992年第26回ユネスコ総会で採択された事業で、2007年10月末時点で125カ国760教育・研究機関において、630のユネスコチェアと67のUNITWIN(大学間連携)ネットワークが設立されている。ESDをテーマにしたチェアは10か所ほど。
発題3:「上智大学における環境リテラシー教育―持続可能な社会をになう人材養成をめざして」 PDF
鬼頭宏(上智大学地球環境研究所/経済学部)
上智大学は取り組み始めたばかりで、先行の大学事例を参照させていただきながら、独自のものを作り上げようとしている段階である。われわれの取り組みは、グローバル社会に向けた環境リテラシー教育ということで、文科省の現代GPから補助をいただいている。昨年10月スタートでようやく1年たったところである。支援期間(2年半)の2010年3月までに完成させなければいけないが、カリキュラム立ち上げ実施には時間がかかる。まず、理工学部が改組され、完成した。その後に全学共通教育を新しくする予定であるので、それにあわせて2012年度からの全面的な実施を念頭におきつつ徐々に新しい科目を加えている。
上智大学はボトムアップでESDに取り組んでいる。まず、全学共通教育の中に環境教育を取り込み、同時に上智はイエズス会というカソリック修道会により経営されているため、キリスト教ヒューマニズムを反映させていきたいと考えている(注1)。そこにESDを取り入れ、21世紀が直面する地球環境問題に取り組む人材の養成を目指す、それがまさに大学の教育理念を実践することだと考えた。ESDということを言わずに環境リテラシーを前面に出している。
中教審勧告で全学共通教育という名前に変わったが、学生が共通に持つべき力があると思う。すなわち、環境リテラシーが現代人にとって必要不可欠な新しい教養ではないかという考え方である。環境リテラシーとは、環境について知ること、配慮することであり、すでに小学校では環境教育が実践されているが、大学ではどのような環境教育を行ったらよいのであろうか?単に環境について知る、身近な環境改善に貢献するということにとどまらず、専門的な知識に裏付けられた、環境のことを配慮、考慮できる人材を養成する、能力、意欲とリーダーシップをそなえた人材を養成することが現代の大学の重要な使命であると考えている。課題としては、次の4点が挙げられる。
- 体系的なグローバル環境リテラシーの構築
- 演習、実習、インターンシップの充実(体験型学習)
- エコ・キャンパスの実現
- 地域社会(東京都千代田区)との連携
カリキュラムの体系化に関しては、名称の検討段階である。全学共通教育における導入、入門的な科目と、学科の専攻科目との連携をどのように強めていくのか、また、体験型、インターンシップ、リサーチ、地域社会貢献、ボランティアなどをどこまで実施できるか模索中である。学部学科と大学院との連携については、これまで環境と名のついた科目が100以上実施されてきたが、これらをつなぐことでかなり充実するのではないかと思う。
地球環境研究所には、様々な学部からスタッフが集まり、シンポジウム、講演会開催の他、科目の開講も行っている。大変ではあるが、あちこちに働きかけ、参加してもらうボトムアップのプロセスをたどっている。
(注1)上智大学の建学の精神は、「Men and Women for Others, with Others」を教育理念としている「キリスト教ヒューマニズム」である。
発題4:「アクション・リサーチ型ESDの開発と推進」 PDF
末本誠(神戸大学人間発達環境学研究科)
ESDをどのように捉えるか、大学の役割は何かを模索する中で、神戸大学はアクション・リサーチ型ESDを特色としている。
基本的な考え方は、持続可能な社会づくりは複雑な問題であり、求められる人材像として当事者意識、すなわち環境問題が自分の問題だとして、しっかりとした自覚を持ち、実践に関わることのできる人間を育てることが課題であると考えている。神戸大学では、3学部(文学部、経済学部、発達科学部)が新しい学問の創造を共通目標に協力するボトムアップの形をとっている。
コアとなっているのは発達科学部で、自己変革は可能であるという信念をもとに学問研究を進め、哲学、社会学をベースに新しい倫理の創造を試み、アスベスト問題を哲学の観点から考えている。これは地球環境が危機的状況を超えているということから、防災が重要課題であるという認識の下、地球社会を守るためのリスクマネジメントと捉えている。
ESDサブコースとは、実践者(プラクティショナー)が学士力ということを超えて、実践的に社会に出て活躍できる人材を育てることを目的としている。
ESDについて私たちがイメージしているのは、誰の目にも明らかなことだが、深刻な環境問題の解決である。しかし、持続可能な開発とは、社会の枠組みを変えるだけでは解決できない問題であり、開発、貧困など多様な切り口が必要である。いわゆる環境問題では狭いが、障害者問題の解決抜きに持続可能な社会は語れない。多様な入り口を用意することができるのが、大学や高等教育機関の役割だろう。
ESDは答えがあるわけではない非常に複雑な問題を扱っている。つまり、総論から始まり各論へという体系的な方法だけでは足りない。現場の人と一緒になって問題を考える教育のスタイル、すなわちアクション・リサーチ型の方法で、初級から上級に徐々に向かうというらせん状のカリキュラムを取り入れようとしている。従来の大学のカリキュラムとは異なるものであり、そこに難しさがある。ツール・ド・ESD(注2)は、初年度から何もわからない学生を外に出し、肌で感じながら何を学ぶのか考えるプログラムである。社会との接点を提示しつつ、学生が積極的に関わる、しかも複数の場所へフィールドワークに出て、経験交流ができる仕掛けをしている。若者たちを現場=社会そのもの、企業や行政、NPOの方々と空気を共有し、共に考える教育の仕組みを、大学の中で作ろうと挑戦している。
発達科学部では、大学のサテライト施設(子育て支援拠点)、サイエンスショップ・カフェ、コウノトリプロジェクトなど、文学部では、公害問題をテーマにした尼崎患者家族の会やあおぞら財団との協働、経済学部ではごみ問題を切り口としたフィールドなどを用意している。コウノトリプロジェクトでは、トリが減った原因の一つに農薬の使用があることが分かり、トリが生きていくためには無農薬農業に地域ぐるみで取り組む必要があることが分かったなど、地域全体の問題への取り組みが行われている事例から学んでいる。
(注2)ツール・ド・フランスは自転車競技の名称がつく以前に、もともと19世紀フランスで同職組合、職人の徒弟教育の仕組みを指す言葉である。親方のもとで技を習得し、また次の親方のところへ行く、親方を訪ね歩きながら修業をするという現場教育の伝統である。正統的周辺参加の仕組み。
<パネルディスカッション>
司会:阿部治 立教大学ESD研究センター
パネルディスカッションでは、発題を受け、大学教育においてESDに取り組む際の課題がいくつか浮き彫りになった。
1)サステナビリティは普遍的な価値になりうるのか?
各発題では、大学カリキュラムにサステナビリティ、持続可能な社会という価値をどのようにして取り入れていくかという事例が報告された。ユネスコが2005年国際実施計画を作成した際に、「価値による牽引」という言葉を使っている。サステナビリティは普遍的な価値といえるのだろうか?
・多様性が大学のよいところである一方、共通目標が不明確であるという弱点もある。研究は多様であっても共通の「教養」が必要とされてきている。国連を基盤とした民主主義的な社会の創造の中で培われてきた価値は、地球サミットなどで提示された持続可能な開発であるといえる。日本の教育全体の方向付けとしてもそういったことがきちんと示されるべきではないだろうか。
・上智ではESDを前面に出す代わりに、環境リテラシーという言葉を使っている。人権、平和、ジェンダーなどのテーマは大学全体として以前から取り組んでいたので、ESDと結びつくことでカリキュラムの再編成が進んでいる。
・立教でもかねてから人権、平和などのテーマに取り組んでいる。目指すべき社会像ということでいうと、今春発表になった10年に1度の学習指導要領の改訂では、ESDを入れて欲しいということを中教審に提案していた。結果として学習指導要領では理科と社会のごく一部にしか入っていない。環境教育をめぐっては、2003年に環境教育推進法ができており、学校だけでなく地域でも適用されている。一方で、サステナビリティという概念は日本の教育の中では弱く、日本政府がサステナビリティのビジョンを持ち切れていないということがいえる。
2)連携の課題
・岡山の事例では、地域の公民館を中心として活発な住民がESDや環境活動を担ってきた。地域との橋渡しをするコーディネーター的な人を育てていくことが地域では重要課題である。また、大学関係者の研究分野や地域貢献の可能性などに関するデータが十分把握されていないので、人材バンク的なデータ整理を進める必要があると感じている。
・ESDが持つパワーは、連携の接着剤になる。
・企業はCSRとESDをつなげるときに、学生のアイディアを求めている。企業と共同で教育プログラムを開発する中で、大学が一定のリーダーシップをとれるのではないか。
・大学同士の連携ももうひとつの課題である。関心はあるがまだ取り組んでいない大学へサステナビリティ、持続可能性を広めていくためには、どのようなアプローチが有効か?個人の取り組みではなく、組織としての大学全体の取り組みにするにはどうしたらよいだろうか?
・大学にとって未経験なことであり、新しいことに取り組む時には困難が伴う。例えばESDでは教員が知識と答えをすべて持っているという前提は成り立たない。現場で当事者と一緒になって議論していくことが必要とされる。現場から見たとき、学問が無知であったというところに立ち返り、再創造する必要がある。
3)社会に人材を送り出す上での課題
・大学でESD人材を養成し、修了証などを発行したとして、社会がそれをどう受け止め、働くポジションを確保してくれるのか、という問題は大きい。
・社会の中で職業として雇用される必要がある。環境省によるコーディネーター養成もこのような試みの一環である。
最後に、ESDはプラットフォームであり多様なテーマの活動やステークホルダーがつながることのできる点が大きなメリットであり、今、まさに大学がESDをテーマにプラットフォームを目指しているということが確認され、セミナーは終了した。
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