立教大学文学部教授/ESD研究センターの田中治彦氏(2010年4月から上智大学所属)から、開催趣旨としてユネスコ成人教育会議の簡単な説明が行われた後、会議に参加したESD研究センターアジアチーム担当の湯本氏、シャンティ国際ボランティア会の三宅氏、教育協力NGOネットワーク(JNNE)の小荒井氏からの報告があった。
報告1
「国際成人教育会議の歴史と今回の会議の概要」
湯本浩之(立教大学文学部准教授、ESD研究センター研究協力員、DEAR副代表理事)
報告の冒頭に、開催地であるブラジル・べレン市や第6回国際成人教育会議(CONFINTEA IV)の会議場内の様子が、写真を通して紹介され、続いて、次のような会議報告が行われた。
国際成人教育会議の直前に、各国のCSOの関係者約300名が集まり、3日間にわたって「市民社会フォーラム(FISC)」が開かれた。基調講演をはじめ、地域別の現状報告や分科会、自主ワークショップなどが行われ、基調講演では、長く亡命生活を余儀なくされた故パウロ・フレイレに対して、ブラジル政府からの正式な謝罪があったことが併せて報告された。また、会議最終日に取りまとめられる合意文書に、CSOの意見を反映させるための政策提言の内容や各国代表団へのロビイングについての戦略会議が行われた。
12月1日から始まった国際成人教育会議の本会議には、156の加盟国、国連機関、NGO等から約1500名が参加。このうちCSO関係者は約500名であった。日本政府団は、文科省の担当企画官と国立政策研究所の統括研究官。オブザーバーとしてCSO側からは、日本社会教育学会、日本公民館学会、社会教育推進全国協議会(社全協)、教育協力NGOネットワークなどから14名が参加。事前に「草の根市民会議」を結成し、CSOレポートの作成や文科省との政策対話を実施した。
本会議冒頭の開会式では、前回のホスト国であったドイツのユネスコ国内委員会会長、ユネスコ事務局長、ブラジル教育大臣、パラ州知事、自らが非識字者であったというブラジル国会議員、ユネスコの識字大使であるオランダ皇太子妃、OAU議長、CSO代表からのスピーチが続いた。その中でも、COP15に関連して、気候変動がもたらす途上国での災害への対応や温室効果ガスの排出削減などの問題解決を図っていくためにも、成人教育が重要であることが強調された。なお、会議運営規則に関して、米国から「採決は投票ではなくコンセンサス」という修正案が出されたほか、最終文書の起草委員として、アジア地域からはインド・韓国・日本が選出された。また、同委員会にCSO代表として、ASPBAE(アジア南太平洋成人教育会議)とGCE(Global Campaign for Education)がオブザーバー資格で参加することとなった。
その他のプログラムとしては、ラウンドテーブル、グローバル・レポート報告、地域準備会合報告、ワークショップなどがあり、各国の国別報告と6地域の地域別報告書を基に作成されたグローバル・レポート(GRALE)では、成人教育の形態は多様であり、識字は「識字対非識字」という二項対立ではなく、Continuum(連続したもの・連続性)として認識すべきことが強調された。
2日目の午後には、「Policies and governance for adult education」というテーマで文科省がワークショップを主催。日本の公民館活動、ドイツの民衆学校、タイやカンボジアでの事例などが紹介され、最終日に「ベレン行動枠組み(Belem Framework for Action)」を採択して閉幕した。
今回で6回目の開催となった国際成人会議では、前回の会議で採択されたハンブルグ宣言に見られた理念や政策目的が新たに打ち出されることはなかった。むしろ、その理念や政策目的が十分に達成されていないことへの危機感や問題意識から、これまでの以上のコミットメントや政策合意が加盟各国に求められることとなり、本会議はそのための実務的な議論に終始したとの印象が強い。
また、本会議中、ESDに関する言及や議論はほとんど見られなかったが、ハンブルグ宣言に謳われている国際成人教育の理念や目的は、ESDとも大いに共有できるものであることから、ESDの研究実践において、国際成人教育との連携協力を強く意識する必要があると思われる。
【参考URL】
CONFINTEA IV http://www.unesco.org/en/confinteavi/
FISC http://www.fisc2009.org/eng/
草の根市民会議 http://prof.mt.tama.hosei.ac.jp/~yarai/
報告2
「CSO(市民社会組織)によるロビイングと成果文書の意義」
三宅隆史((社)シャンティ国際ボランティア会(SVA)企画調査室長、アジア南太平洋成人教育会議(JNNE)運営委員)
本会議に先立って、2008年以降、CSOは5地域で開かれた準備会合に参加し、市民の声を反映させる努力をしてきた。成人教育についての意義・役割、ビジョンは、1997年に開かれた第五回国際成人教育会議で合意された「ハンブルグ宣言」及び「未来のためのアジェンダ」で書きつくされているが、1997年のあと、成人教育の状況、成人識字状況の進展はほとんどなかった。よって、「レトリックから行動」へと、150カ国の政府代表が政策を実施に移すための予算措置、人的措置を合意することがCSOの目標であった。
本会議の前に開かれた「市民社会フォーラム」で、成果文書に盛り込まれるべき10の事項をまとめた提言書をCSOは作成した。NGOは成果文書案への修正案を提案できないので、各国の代表に修正案を提出したり、CSOの提案を指示する発言をしてもらう、というのがロビイングの方法であった。
本会議ではラウンドテーブルとワークショップがあるが、NGOが発言するスペースは限られている。大臣は発言権は大きく、次に副大臣、そして官僚に発言の機会が与えられる。NGOが発言できるのは、フロアーからの質問やコメントだけである。しかし、ユネスコの良き伝統である成果文書の起草委員会にオブザーバーとして2名(ASPBAEとActionAid)が入った。
3日目の修正案締め切り時には、222の修正案が提出された。36カ国の政府代表からNGO側の修正案はエンドース(保証)された。
成果文書は不十分な点も多いが、以下の5点で前進がみられた。①識字はこれまでのような単純な概念ではなく能力の連続性に留意すること、②法律に基づいた、十分な予算と目標設定を伴う計画を作成すること、③成人教育の進捗状況をモニターすること、④移住者の教育を改善すること、⑤EFAのための世界的な財政支援メカニズムであるファスト・トラック・イニシアティブが成人識字も支援すべきであること、である。
報告3
「識字の『連続性』と日本の国際教育協力への示唆」
小荒井理恵(教育協力NGOネットワーク(JNNE)運営委員)
第6回国際成人教育会議で採択された「ベレン行動枠組み」において、識字が「連続・継続するもの」という認識に基づいた調査やデータ収集の実施が明記されたことは大変意義深い。識字の「連続性」とは、国・地域、言語、生活の状況に応じて使用されるさまざまなレベルの識字力が必要であり、単に「非識字」と「識字」と二分できないという考え方である。現在、識字の定義や識字率をどのように測るかは国によって異なり難しい問題であるが、簡単な読み書きができるかどうかを国勢調査のときに尋ねたり(直接評価ではない)、識字教室や学校に通ったら自動的に識字者とみなす場合もあり、本当にどの程度の識字能力があるのかを測定することが難しいという課題がある。
識字の「連続性」の概念に基づき必要であると考えられることは、①多様な識字を図るアセスメント、②継続学習コース・制度の整備、③国際社会からの長期的な支援の3つである。
しかしながら、日本の二国間援助額を見てみると、教育分野の中でも識字を含む「青年および成人にとっての基本的生活技能」への支援の割合が0.4%と低く、G7諸国平均の半分以下である(2007年)。また、事業数としては2001年から2007年度までで26 事業と少ないのが現状である(JNNE調査)。特に識字能力の評価を実施(あるいは実施予定)の事業は少ないが、代表的なものでユネスコの支援事業がある。ユネスコ統計研究所の主導により近年開発された統計調査手法であるLiteracy Assessment and Monitoring Programme(LAMP)では、識字レベルをレベル1~5の5つに大きく規定し、評価することを試みている。
一般的に、統一的で国際比較可能な識字能力評価を行うにあたり難しいと思われる点は、その国の政府のキャパシティの程度や地方へのアクセス可能性、多様な文化・社会状況が挙げられる。また、識字教室に通う学習者の場合、修了時にどの程度の識字能力を身に着けたのかを測れたとしても、識字教室を離れ実際の生活や仕事の場でどの程度の識字力を使用し、維持、あるいは発展できているのか、追跡調査を実施するのも時間・コスト的にも課題である。また、知識・技能を統計調査では測るだけでなく、識字力の獲得によるエンパワメントや生活向上等への影響をどのように測れるか、という課題もある。
これらの課題を踏まえて、日本政府の識字・ノンフォーマル教育分野での協力において、次の3点を提言し、本報告をまとめる。
- 多角的なアセスメント(識字レベル、使用状況、エンパワメント)の実施
- 基礎教育および、特に若者・青年の識字への教育分野ODAの増額と長期的な支援
- 識字および職業訓練などを含む継続学習コースの支援、制度の構築
以上のような報告の後、参加者からの活発な質疑応答があった。 |