なぜ、自然の世界に飛び込んだのか
講師の大竹英洋氏は、小学生の頃より東京都世田谷区で育つ。大学時代に山登りをはじめ、そこから自然の世界に魅了されるようになった。都市から離れ、初めて見た満天の星空―その景色を見たとき、自分が暮らしているこの星について知りたいと思うようになった。
「狼の遠吠えを聞いたことがありますか?」
日本にもかつて狼が生息していた。が、1905年に確認されたのを最後に姿を消した。食物連鎖のひとつの鍵がなくなったせいで、獲物である鹿が増えすぎ、山が荒れてきている。また、個人的にも、狼のいない森に寂しさを感じたこともあり、“野生の狼”をテーマにすることにした。狼は世界中にいるが、撮影地を北米「ノースウッズ」に絞ることにしており、現在、その過程を『ナショナル ジオグラフィック日本版』のWEB上に連載している。
ノースウッズはカナダ中央部とアメリカ・ミネソタ州、ウィスコンシン州の北部にまたがる湖水地方。ワーキングホリデーで年間約5000人の日本の若者がカナダにきて、その多くは大陸を横断するが、この地域はほとんど知られておらず、旅の途中寝ている間に通り過ぎてしまうような場所。公共交通も発展していないので、車がないと移動ができないことも日本人が訪れない大きな理由。
ノースウッズには山がほとんどなく、たくさんの湖が点在している。植生は北方林で、トウヒ、松、白樺など、日本であれば北海道や標高の高い場所の木が生えている。冬は、-25℃や寒いときは-50℃にもなる。湖は凍りつき、上を歩けるようになるほど厚い氷で覆われる。厳しい自然ではあるが、ここには、いまもたくさんの野生動物がいる。12年前、知り合った探検家に小屋を借り、ノースウッズに通いはじめた。1回に3ヶ月の滞在で、たまに町まで30~40分かけて買出しに行く。最初の3年間にノースウッズで体験したことをまとめた写真絵本『ノースウッズの森で』を2005年に出版する。
本に収められた内容以降の9年間に、どんな自然に出会ってきたのかについて、また何を感じてきたのかについて、今日は紹介したいと思う。
スライドショー
(スクリーンで投影のため、省略させていただきます。)
質疑応答
質問1:温暖化などの環境問題を、森を歩いていて感じることはありますか?
大竹氏:通い始めて12年という期間で、温暖化の変化を肌で感じるのは難しい。地球規模の変化は人間の時間の感覚とは違うので、長期的にデータを取り続ける必要がある。南の植生が北にゆっくり移動していたり、北の地でも樫の木が大きくなっているという研究者の話を聞いたことはある。
質問2:自然の怖さについては、どのように感じていますか。例えば、サルの観察をしていた女性の博士が襲われたり、シャチに食べられたり…。自然の中で生きながら、自分をどうやって守っていますか。
大竹氏:野生動物の危険性については注意するようにしている。経験豊かな地元の人の話を良く聞き、注意点を教わっている。野生動物なので何がおこるかはわからない。また、決しておごってはいけない。しかし、基本的には狼のメニューに人間は載っていないと思っている。狼の方も人間と出会うのは嫌だろう。これまで罠で捕まったり、銃で撃たれたりしてきたので。狼は、バイソンやムースを襲うときも危険をあえて冒さず弱った個体や子どもをねらっている。万一人間を襲うとしたら、命をかけるだけの理由がある時だろう(自分の子どもを守るなど)。野生との距離感は大事にしなければならない。
阿部氏:動物と対峙したとき、同じ空間を共有するそのときの感覚は?
大竹氏:対峙しているときは、なるべく無心で動かない。動物を驚かして去られては困る。静かに冷静に見て、目の前の光景、その瞬間に集中している。
阿部氏:鹿と熊の研究を学生時代にしていて、出会うまでのプロセスと出会ってからの時間、つまり同じ場面と空間に、ある意味の立体感を感じる。日本にも、そのような感覚を味わえる機会はあるので、皆さんにもぜひ感じてもらいたい。
質問3:6,7年前に大竹さんが個展をひらいた時にノースウッズの写真を拝見した。ノースウッズは寒いし、危険だし、なぜそこまでしてノースウッズで撮り続けることができるのですか、何に魅せられているのですか?そして、今後の活動についても教えてください。
大竹氏:夢中になっている時は、なぜ行くかなんて理由は考えもしない。最近になって人に聞かれることが多くなり、考え始めた。『ナショナル ジオグラフィック日本版』のウェブサイトで、その過程を書いているのでご参考に。いま答えを言おうとすれば、挙げることもできるけれど、それではうまく伝わらない。生きているうちに自分が暮らす星の本当の姿を見ておきたいという思いが一番の原動力。いかに寒くても、きちんとした知識と装備を身につけていれば、結構ゆったりと暮らすことができる。厳しく、辛い思いばかりしてノースウッズを旅しているわけではない。危険を冒すことに意味を見いだしているわけでもない。壮大な景色…というわけではないが、心が落ち着く―そういった気持ちを感じることができる場所。かえがたい豊かな時間がある。さらに、旅が好きというのも原動力のひとつ。ノースウッズは先住民が昔から暮らしてきた場所であり、カヌー、スノーシュー、ソリなど旅をする道具が存在する。そういうものを使って旅をすると、自然をより近くに感じることができる。一番苦しいのは、そこまで行く資金(笑)。ノースウッズの文化的な側面の撮影も続けている。例えば、ワイルドライスというノースウッズ特有の野生の穀物があり、昨年の夏に収穫の様子を撮影した。夢は、写真集や著作でノースウッズを表現し、魅力的な世界を立ち上げること。いつか『ナショナル ジオグラフィック』にも写真を載せたい。
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