宇宙グループでは、宇宙物理学・宇宙論といった研究分野において、理論的な手法を用いた研究が日々行われています。
私たちのグループの特徴は、一般相対性理論や修正重力理論といった重力の基礎理論に基づいて、宇宙物理学・宇宙論における研究対象へとアプローチしている点です。近年、こうした研究が推進できるグループとして、国内外でも有数の規模を誇るまでに成長しました。この強みを活かしながら、ブラックホールや初期宇宙に関する研究で世界をリードし、多くの研究成果が得られています。
また他大学の研究者との共同研究や研究交流が活発に行われています。
以下では、研究内容の紹介が見られます。
数値宇宙論(平松 尚志)
宇宙というと真っ暗な中にある星や銀河などを想像しますが、
これらが収まっている時空そのものを
「宇宙」といいます。
そして、その入れ物としての宇宙全体を研究対象とする学問分野を「宇宙論」と呼びます。
この30年ほどの間、宇宙論的観測の劇的な進化に伴い、
我々は宇宙の成り立ちに対する様々な知見を得るに至りました。
特に、約100年前にアインシュタインによって作られた「一般相対性理論」は、
ブラックホールのような極限的環境にある天体の存在を予言し、
こういった重力場が関わる様々な天体現象を説明するだけでなく、
宇宙そのもの膨張、さらには真空中を伝わる時空の微小な揺らぎである
「重力波」の予言をも残しました。
2015年になって、我々人類はこの「重力波」の検出に成功し、
「重力波」を使ってこの宇宙の姿を視るという究極的な観測手段を得ました。
とはいえ、これをもって宇宙の実体がすべて把握できた、というわけではありません。
様々な観測によって、「標準宇宙モデル」や「標準宇宙論」と呼ばれる
シナリオが構築されています。このシナリオは、我々の宇宙が
Friedmann-Lemaitre-Robertson-Walker 計量と呼ばれる
一般相対性理論の解に従った宇宙膨張を行っており、
宇宙誕生後から 1) インフレーション、
2) 宇宙再加熱(ビッグバン)、
3) ビッグバン元素合成、
4) 宇宙の晴れ上がり、
5) 宇宙再イオン化と初代星形成、
6) ダークエネルギーによる加速膨張期の開始、
という大きなイベントを経験してきたというものです。
この標準宇宙モデルでは、今の宇宙はダークマターとダークエネルギー(暗黒エネルギー)という
未知の物質やエネルギーが必要とされ、しかもそれらが宇宙の全エネルギーの95%を
占めているといいます。これさえ認めてさえしまえば、他のあらゆることが
説明できてしまうと捉えることもできますが、やはりその起源は明らかにしなければ
ならないというのが、現代の宇宙論の使命ともいえます。
また、宇宙の初期に焦点を移すと、A) インフレーションを引き起こす
スカラー場(インフラトン場)の性質はどういうものなのか、
B) 宇宙再加熱の最中にはどのような物理が働いていたのか、
C) そこからビッグバン元素合成に至るまでの間何が起こっていたのか、
というような現象論的側面が、まだ未解明のままになっています。
そして、これらの物理が、宇宙の晴れ上がりのころに放射された光子である「宇宙マイクロ波背景放射」(Cosmic Microwave Background、以下 CMB)の観測や、
重力波の観測によって明らかになると期待されています。
この A) 〜 C) にかけての時期に起こっていた物理を
数値シミュレーションを用いて解明するのが、私の研究の目的になります。
数値シミュレーションを行う理由は、この時期に起こる現象の多くが
「非線形現象」であり手計算による研究には限界があるということと、
具体的にどういった精度の観測で検証できるのかということを、
定量的に評価をしたいためです。
また、このころの宇宙は非常に高エネルギーになっており、
地上のあらゆる巨大な実験装置を用いても到達し得ないような
物理[1]を検証することができます。
そのため、私の研究は宇宙論と素粒子論の狭間に位置しており、
それぞれのコミュニティの人々と共同研究を行っています。
また最近は、CMB を使った
一般相対性理論を超える重力理論の検証も行っており、
宇宙論・素粒子論・重力理論の各分野と連携して研究を遂行しています。
以下で、研究の細かい分野についていくつか説明します。
再加熱期におけるソリトン形成と崩壊
インフレーションが終わると、インフレーションを引き起こしていたインフラトンが崩壊し、
宇宙が超高温のプラズマで満たされます。この「宇宙の再加熱現象(ビッグバン)」によって、
宇宙は宇宙史上の最高温度に達します。
そのさなか、インフラトンの性質(ポテンシャルの形)次第で、
スカラー場の塊(ソリトンの一種)が生み出されます。
これを「オシロン (Oscillon) 」と呼びます。
オシロンの形成や崩壊に伴って、重力波が生成されます。
この重力波のスペクトル(波長ごとの強度を表したもの)は、
ある特徴を持ち、さらにそれが
インフラトンのポテンシャルの形にあまり依存しないことを示しました。
この重力波が観測できれば、オシロンの存在を検証することができ、
インフレーションモデル[2]の絞り込みに繋がると考えています。
相転移に伴う宇宙論的位相欠陥の形成と進化
再加熱が終わり、宇宙の温度が徐々に下がると、
特定の条件下で物質場が「真空の相転移」を起こします。
相転移とは、その物質が集団として持っている性質(相)が切り替わる現象で、
水が水蒸気や液体、氷と様相を変化させる現象と同じです。
いまの場合、物質場の最低エネルギー状態(真空と呼びます)が
環境の温度に伴って変化する現象のことを指し、
これによって「位相欠陥」が出現する場合があります。
位相欠陥とは、物質場の真空状態がある種の条件を満たした場合[3]、
相転移が完了せずに前の相として空間に残る高エネルギー領域のことをいいます。
特に、高エネルギー領域が紐のように一次元的な構造を持つものを「宇宙紐」、
面のように二次元的な構造を持つものを「ドメインウォール」と呼びます[4]。
これが形成・崩壊すると、重力波や CMB に影響を及ぼすため、
これらの観測から相転移現象の存在を検証、さらにはその背後にある物理の
検証を行うことができます。最近は特に、ダークマターの候補でもあり、
強い相互作用の CP 対称性の説明のために導入される、
アクシオンと呼ばれる擬スカラー場と関連した研究を行っています。
重力理論の検証
ビッグバンの名残りである CMB の時間進化は、
その背後にある重力相互作用を影響を大きく受けます。
重力相互作用は、重力理論によって異なるため、
一般相対性理論と他の理論では、CMB の
スペクトルが異なります。
これを使うことで、我々の宇宙の重力相互作用が一般相対性理論
で記述されているのか、それとも他の理論で記述されているのかが
わかります。一般相対性理論が少なくとも太陽近傍の重力物理を
非常に高い精度で記述していることは周知の事実であり、
さらには重力波の観測によって、少なくとも12億光年以内の重力理論は一般相対性理論でよいことがわかっています。
しかし、CMB は宇宙誕生からわずか38万年後の電磁波であり、
このような過去の宇宙でも、
宇宙の大きさに匹敵するスケールの重力相互作用が一般相対性理論で
正しく記述できているのかは未だに確定はしていません。
そこで、電磁波の運動を記述するボルツマン方程式、
ダークマターを含む物質場を記述する流体方程式と連続の式、
重力場の進化を記述する方程式をすべて連立して解いて
CMB の進化を調べる必要があります。
そのため、数値計算コード CMB2nd を作成し、この研究に取り組んでいます。
重力場については、縮退高階微分スカラー・テンソル理論
と呼ばれる、一般相対性理論を始めとする、
これまでに知られているほとんどの重力理論を内包する極めて一般的な
重力理論をコードに実装し、広い観点から重力理論の絞り込みを行っています。
背景重力波の検出可能性
インフレーションの時期の宇宙は量子の世界であり、
時空そのものが量子的に揺らいでいます。
この量子揺らぎの一部は重力ポテンシャルの非一様性として進化し、
CMB の非等方性や、銀河・銀河団などに代表される
宇宙大規模構造の種になりました。
また別の一部は、重力波として進化しました。
これが宇宙で最も古い重力波であり、「インフレーション起源の背景重力波」
と呼ばれています。これは宇宙で最も古い化石のようなものであり、
インフレーションや、その後の宇宙の情報のすべてを持っていると
考えられており、宇宙論の究極の観測対象となります。
背景重力波は、インフレーションだけでなく、他の機構でも生成されることがあります。
そのため、インフレーション起源であるかを決めるためには、
その性質を細かく調べ、互いの違いを明らかにする必要があります。
そこでまず、日本が中心となって進めている CMB の B-mode と呼ばれる偏光モードの
観測計画である LiteBIRD 衛星の観測を想定し、
それがどの程度の精度で背景重力波のスペクトルを決定できるかという
研究を行いました。さらに、インフレーション以外が起源の場合、
もともとの揺らぎが非等方的(到来方向によって強度が異なる)
である場合が考えられます。そこで、将来の地上での CMB 観測計画である
CMB-S4 を想定し、この非等方性の検出可能性についても評価を行いました。
- 【注釈】