アンデス民族宗教

筆者がアンデス民族宗教の調査を始めたのは1997年のことである。この年の暮れに初めてペルー・クスコ地域、ティティカカ湖地域、ボリビア・アルティプラーノ(高原地帯)を歩き、アンデス高地文化の実態を目の当たりにした。

その後、1997年から2003年まで、足掛け7年にわたり、中央アンデス高地の主要な地域に滞在し、アンデス地域のシャーマニズムに関する調査を行った。この間に調査したシャーマンは数十人に及ぶ。ペルーにおける主な調査地は、首都リマ、インカ文明の古都クスコ、その近郊の聖地ワサオ、聖なる谷、ラレス、キキハナ、そしてティティカカ湖岸の都市プーノ、タキーレ島、またペルー中央部のチャビン・デ・ワンタール、そしてペルー北方の聖地ワンカバンバ等である。ペルーのシャーマンは通常クランデーロと呼ばれる。しかしクスコ周辺では他にブルホ、アグリクルトゥール、ミスティコが存在する。

ボリビアにおいては、古代文明の聖地ティワナク、ティティカカ湖のコパカバーナ、太陽の島、アンデスの秘境チャラサニ等を調査した。ボリビアのシャーマンは一般にヤティリと呼ばれるが、チャラサニにはカジャワヤという独特なシャーマンが存在する。

研究のテーマはアンデスのシャーマニズム、古代からの宗教的伝統であるが、非常に豊かで複雑な伝統であるため、調査項目は多岐にわたった。アンデスの大地母神パチャママと霊山の山の神アプー(ペルー)、アチャチーラ(ボリビア)、独特な供物メサ、またシンボルとしてのアンデスの十字架(チャカーナ)、そしてその本質を成すパチャの哲学、及びアンデスの宇宙観である。

これはアンデス地域にもまた、マヤ地域と同じく、かつて古代文明が栄えたことと関係している。その伝統を受け継ぐ二大先住民族、ケチュア族、アイマラ族は非常に複雑で高度な宗教文化を持っている。すなわちケチュア族はインカ帝国の末裔であり、またアイマラ族はさらに古いティワナク文明の末裔である。

アンデスの民族思想はマヤと同じく二元論であり、ヤヤママと呼ばれる。その根底にはアンデス独特の自然観、自然哲学が存在するが、それはアンデス高地の豊饒、かつ厳しい自然環境の中から生まれたものだ。例えばティワナクのシャーマン、ヤティリは宗教儀式の際、自然の精霊、パチャママ、アチャチーラにメサ(供物)を捧げるが、その根底にあるのは、極めて理にかなったエコロジーの思想である。

アンデス宗教思想は神秘的な側面もあるが、同時に非常に理知的な傾向を持っていて、かつて存在した古代文明の「科学」を彷彿とさせる。

20世紀末~21世紀初頭にかけて筆者は頻繁に中央アンデスの各地を訪れ、アンデス民族宗教のフィールドワークを行った。しかしアンデスは中央部分に限っても広大な地域であり、その伝統の全貌を知るには長い時間が必要である。またそこは海抜4,000メートルもの高地であり、高山病による身体の負担は大きい。この過酷な自然環境のため筆者はとうとう健康を損なってしまい、いったんは調査を中断せざるを得なかった。(しかし諦めたわけではなく、その後も断続的に調査は続いたのであるが。)

参考

『アンデス・シャーマンとの対話―宗教人類学者が見たアンデスの宇宙観』現代書館2005年
聖なる自然:アンデスの宗教と文化